シンクから闘争心が完全に消えた事を確認して、クロは油断なく構えていた剣をようやく降ろして鞘に戻した。息を詰めて成り行きを見守っていたアッシュとルークも、ほっと胸をなでおろす。一人立ちつくしたまま三人のレプリカイオンを見つめるシロの隣に立ったクロは、一度だけその頭を優しく叩いた。
「残された時間は、そう残ってないぞ」
「……うん、分かってる」
こくりと頷いたシロは、振り返って大きく手を振った。反応したのは、物陰からこちらの様子を窺っていたギンジとノエルだった。
「ギンジ、ノエル!二人はアルビオールの準備をしててくれ!」
「はっはい!」
「分かりました!」
「おい、話し込むのは後回しだ。まずはここを脱出するぞ」
その間にクロがイオン達の元へ歩み寄る。こちらへ振り返る三つの顔の真ん中へビシッと指を突きつけると、突きつけられたシンクが苦い顔になった。
「まず何をすればいいか、分かっているな」
「はいはい、自分の不始末は自分で処理するよ。まったく、僕が潜んでいるのは始めから分かってた事でしょ、それなのに大事な譜陣消させるって何なのさ。計画性無さすぎ、信じられないね」
「シンク自分で消したくせに偉そうー」
「そうでした、アルビオールでここから脱出するには、ここにあった譜陣の力も必要でしたね。早く元に戻さなければ」
慌ててデッキの上から消された譜陣の修復に取りかかる緑髪三人組。綺麗に消して見せたのだから再びなぞり出す事だって出来るだろう。これで、ここから脱出する準備が程なく整う事になる。
そんな慌ただしい様子をぐるりと見回したシロが、張り切る様に腕を振り回してルークとアッシュの元へやってきた。
「さて!俺たちは俺たちの仕事をやろう!」
「へ?俺たちの仕事?タルタロスはこのまま残せば良いんだろ?」
「他に何かあるのか?聞いていないぞ」
「ローレライとコンタクトを取る」
後からクロもやってきた。ローレライ、と聞いてアッシュが眉を寄せる。
「あいつとはこちらから自由に連絡は取れないはずだが」
「奴が今現在閉じ込められている場所はどこだ?」
「えっと、地核……ああ、そういやここが地核だっけか!」
ポンと手を叩いて納得するルーク。アッシュも納得顔で頷いた。そう、ここは事実上オールドラント中最もローレライに近い場所になるだろう。ここならこちらからでも連絡が取れる可能性が高い。
「けど、連絡取って何するんだ?連絡取るだけじゃ直接殴れないぞ」
「いや殴りたいのは山々だけどそのための連絡じゃないんだ。ローレライの鍵をもうここで受け取っておけないかと思って」
「ローレライの、鍵?」
聞きなれない言葉にルークが首をかしげる。それはそうだろう、ユリアが使っていたとされる、実在するかも分からないほとんど伝説級のアイテムという位置づけだからだ。しかしそれが本当に存在している事をシロとクロは知っている。
「前」は大地を降下させた際にプラネットストームを通じて受け取ったが(宝珠を誰かさんが自覚無しに隠し持つというトラブルもあった)、ローレライに限りなく近いこの地核であれば、それよりもスムーズに、かつ早めに入手できるのではないかと考えたのである。
「ローレライの鍵っていうのは、第七音素を操ったりプラネットストームを閉じたり他にも色々使える便利な物なんだよ。どっちみちそれがないとローレライの解放は出来ないし、それなら早めに手に入れておいた方が楽だからな!」
「実際に今ここで受け取れるかはまだ分からないが、出来ない時はまたその時だ。とにかくローレライと話が出来るか、試すぞ」
ローレライと話す、つまり回線をつなげるという事だ。あの頭痛を思い出してとっさにびくりと反応するルークを見て、ちょっぴり黙り込んだクロがちらっとシロを見る。
「……おい、奴に繋ぐだけなら俺一人で出来る、お前達はやらなくても」
「こんな所で親馬鹿発揮すんなよ!駄目!全員で繋ぐって言っただろ。4人のパワーでローレライに向けて電波飛ばすんだから」
「電波じゃねえフォンスロットだ。……お前の体力だって、あまり無いだろう」
「回線ぐらいどうって事無いっつーの!ほら、やるぞ!」
実際にローレライへのチャネリングを行うのはクロになるが、一人で勝手に繋いだら承知しないという気持ちがシロの目からふつふつと沸き上がっている。ふと隣を見ればルークとアッシュまで同じような目で見ているので、もう逃げられないだろう。観念したクロは一つため息をついて、瞳を閉じた。近くにいるはずのローレライへ呼びかけるためだ。
自分の中の最も深い場所、あるいは最も遠い場所で、何かにカチリと嵌ったような感覚がした。それと同時に四人の回線が繋がって、約二名から悲鳴が上がった。
「いってええええやっぱりいってえええ慣れない!これ絶対慣れないぞシロ!」
「へ、平気平気、ずっとこの頭痛味わっているとむしろ気持ち良くなってくる、かも……」
「嫌だーこんな痛みに気持ちよくなんてなりたくないー!」
「お前らちょっと黙れ!我慢しろ!が、頑張れ!」
苦痛の声を上げ続けるルークとシロに注意をしながらも、それがどんな痛みなのか想像もつかないアッシュの語尾は弱い。少々気の毒に思いながらも、さっさと用を済ませるのが先だと思いなおしたクロが、空中に呼びかける。先ほどの感覚、おそらくローレライとの連絡網は繋がっているだろう。
「おい、聞こえるかローレライ」
『おお……そちらから呼びかけて……とは……思わなかっ……ぞ……』
「?な、何か、ローレライの声聞こえにくくないか?」
痛みに耐えながらシロが首をかしげる。最初は頭痛のせいかと思ったが、クロとアッシュの表情も微妙なものだったので、すぐに違うと分かった。まるで電波が途切れ途切れのラジオのようにノイズが入っていて、ローレライの声が遥か遠くに聞こえるのだ。いくらなんでも、これはおかしい。
「回線を繋ぐの失敗したのか?こんなに痛いのに!」
「いや、こっちからは繋がっているはずだ、おそらくな……」
「と言う事は、ローレライ側に問題があるという事か?」
頭を押さえながら呻くルークを支えてやりながらアッシュが辺りを見回す。薄ぼんやりと発光するこの景色の中のどこかにローレライがいるのだろうか。いくら目を凝らしても、それらしき塊を見つけ出す事は出来ない。
こちらの声が向こうにはっきりと届いているのかさえも分からないが、聞こえにくいながらもローレライは何かを伝えたがっているようだった。懸命にこちらに呼びかけてくる声がかろうじて届いてくる。
『聞け……何者……が私た……の邪魔……している……だ……』
「何だ……邪魔……?」
『何者……が私……捕えよう……ているの……』
「捕える……捕える?!ローレライを?」
ハッと声を上げるシロ。ローレライのこの言葉を、以前もどこかで聞いた事があったのだ。そう、「前」にも、これよりははっきりと、こうやってローレライが回線を通じて伝えてきた言葉。あれは確か、大地を降下させた時だ。ユリアの契約の歌の力で、ローレライを取り込み、乗っ取ってしまった人物が、いたではないか。その時の助けを求める声と、今のローレライの声が重なる。
「ローレライどうしたんだ?まさか、師匠か?!」
「何、ヴァンだと?」
『我が同位……プラネッ……ームより鍵……送る……その……で私を解放……して……』
「ローレライ!」
ローレライの声はさらに途切れ、とうとう何も聞こえなくなってしまった。
「何だ、一体何が起こってるんだ?!」
「ううーっ何も聞こえないのに痛いよー」
「ローレライ……くそ、もしかしたらローレライの奴、ヴァン師匠に取り込まれそうなのか……も……」
「っおい!」
言葉の途中でシロの身体が傾ぐ。それを慌てて引っ張り上げながら、クロはすぐさま回線を切った。耳障りなノイズと頭痛はすぐにどこかへと消えてしまったが、シロの顔色は優れないままだった。
「ちっ、だから言っただろうがこの屑!」
「シロ大丈夫か?!確かに倒れそうになるぐらい痛かったけど!」
「だ、大丈夫、ちょっと目眩がしただけ、マジでマジで」
「ただの目眩とは思えないがな」
心配そうにシロの顔を覗きこむルークの隣で、アッシュがクロを睨む。お前は理由を知っているんだろうという視線だ。その痛い視線をさりげなく逸らして、クロは周りを確認する。甲板上には譜陣がすでに復元されていて、イオン達がこちらへと駆け寄ってくる所であった。奥の方ではアルビオールの準備も済んでいるようで、昇降口から顔をのぞかせたノエルが手を振っている。
脱出の準備は、整っていた。
「時間だな……。準備も出来た、脱出するぞ」
「クロ、でも……」
「お前は黙って休んでろ。鍵を受け取る機会は他にもある、これ以上ここにいてもローレライとの回線は絶望的だ。違うか」
「……ああ、そうだな……」
至極残念そうにシロが頷くのを確認して、クロはその身体を抱えて立ちあがった。
「よし、全員アルビオールに走れ、地核から脱出だ」
「お、おおっ!ローレライと上手く話せなかったのは残念だけどなー」
「仕方ねえだろ、ローレライの奴が何かしでかしやがったんだ絶対。そうに違いねえ」
ぶつくさ言いながらも駆け出すルークとアッシュ。緑組と合流してアルビオールを目指すのを確認して、クロもそのまま歩き出した。体調がすぐれないのもあるのだろう、しばらくぼーっとしていたシロだったが、ようやく自分の今の状態に気付いたようだった。
「は?!あっえっちょっクロ降ろせよ!もう立ちくらみもしないし、自分で歩けるから!」
「うるさい大人しくしとけ。回線の痛みにへばるような体力無しは黙って抱かれてればいいんだよ」
「何だよ!前は俺がお姫様だっこしてやったのに!」
「黙れ二度とその事は口にするな屑が」
「まだ根に持ってるしー!嫌だー降ろせー!」
いくらシロが大声あげて暴れてみせても、クロは意地でも降ろそうとしなかった。それはクロの、密かな復讐だったのかもしれない。
もうひとつの結末 50
10/09/23
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