シェリダンを出発した改造タルタロスは、もうすぐ地殻へ突入するための場所アクゼリュス跡へと到着する所だった。そんな、これからのこの世界の運命を決する重大な瞬間が訪れようとしている、今この時。タルタロス内では。
楽しく美味しいご飯の時間を満喫していた。
「美味しいっ!これすごく美味しいよ!アニスの料理も美味しいけどルークの料理も美味しい!」
「本当ですね、ルークは料理が上手なんですね。羨ましいです」
「俺なんかまだまだだよ。クロに色々教えてもらったけど、まだ経験は浅いし……」
「でも味付けもしっかりしてますよ。私が習いたいぐらいです!」
「ノエルはアルビオールの操縦ばっかりかまけて女の子らしい事が何も出来ないってこの間嘆いてたからちょうど良いかもな!あっでもそうなるとおいらが味見役として散々な目に合いそ……いてっ!」
「お前ら……呑気に飯食ってんじゃねえ!」
美味しそうに料理を食べ作り手を褒めるフローリアンとイオン、照れながら謙遜するルーク、そして余計な事を言ってノエルに小突かれるギンジ。そんな和み全開な空気を、アッシュの怒号が吹っ飛ばした。びっくりしたルークが、その口元にすかさず唐揚げを持ってくる。
「アッシュどうした?そんなに怒らなくてもアッシュの分もちゃんとあるんだからな」
「ん……これは確かに美味いな、良い嫁になる……ってそうじゃねえよ!」
うっかり本音を零しそうになったアッシュが慌てて振りほどく。
「もうすぐ地殻へと乗り込む所だぞ、そんな緊張感無くてどうする!」
「えーでも腹が減っては何とやらって言うじゃないか」
「確かにそうだが!」
「まあまあアッシュ、少し落ちついて唐揚げ食えよ美味いぞ。気張ってばっかりいると疲れちゃうからな」
「今まで誰よりも気張った状態だったシロにだけは言われたくねえ……」
唐揚げをもぐもぐしながらのシロに肩を叩かれて、さすがにアッシュも脱力した。あんなに一人で追い詰められたようにせかせかしていたシロは、タルタロスに乗り込んでからは嘘のように大人しくなっている。十中八九、その前に行われたクロとの会話のお陰だろう。当のクロはと言うと、適度にシロの皿に料理を放り込んではタルタロスの動作を気にしたり自分も食べたりと忙しそうだった。
こうして見るとアッシュばかりが一人で慌てているようで、少々むなしくなってくる。同時に込み上げてきた怒りを指先にありったけ込めて、アッシュはクロをビシリと指差した。
「てめえも!せっせと世話ばっかりしてないでこれからの事をだなあ!」
「目的のポイントについたようだ。これから地殻への降下を開始する。譜術障壁を発動させるから手伝える者は手伝ってくれ」
「「はーい」」
「何っ!」
急にテキパキと動き始めたクロに倣う一同。戸惑うアッシュの腕を、ルークが笑顔で引っ張る。
「アッシュ、頑張ろうな!」
「……ああ」
何となく納得がいかないアッシュだったが、結局ルークの笑顔に絆されて後に倣うのだった。
さて、障壁を発動させて目の前の大地に空いた穴から地殻へ突入しよう、としたその時、艦内に警報がけたたましく鳴り響いた。
「な、何だ!」
「これは、侵入者のようです!」
「侵入者?!まさか、シェリダンからずっとここまで潜んでいたとか?」
「ルークさんの美味しそうなご飯の匂いにつられて出てきたんですかねえ」
混乱の中、妙に落ち着きはらっているシロをクロが見た。確認するような視線に、シロはこくりと頷く。
「今は地殻に突入する事だけを考えよう。侵入者の事は、その後だ」
「……分かった、お前ら行くぞ、席につけ」
クロの声に、ざわめいていた皆が慌てて席に座る。そうしてタルタロスは、発動した譜術障壁の上に乗っかる形で、ゆっくりと地殻へ降りて行くのだった。
タルタロスがどうやら地殻へ辿り着いたのは、それからしばらくしてからだった。艦体の微妙な振動がそれを伝えてくれた。
「つ、着いたのか?」
「どうやらそのようだ。……よし、全員デッキに移動しろ、アルビオールで脱出するぞ」
「タルタロスともこれでお別れかー、頑張ってね」
地殻の振動を止めるためにこれから頑張ってもらうタルタロスにしばし全員でねぎらってから、すぐさまデッキへと移動した。地殻にこのままいられるのはほんのわずかな間だけである。さっきの警報も気になる所だが、大人組が何も言わないのならその後をついていくしかない。
しかし侵入者の事について何も言わなかった理由は、すぐに分かる事となった。辿り着いたデッキには、すでに先客がいたからだ。
「ここにあった譜陣は、僕が消してやったよ」
「シンクっ!」
「侵入者はお前だったのか」
デッキの真ん中でこちらを待ち受けていたシンクに、前に色々あったせいで特にルークが敏感に反応した。いきなり飛び出していかないように、その肩をすかさずアッシュが押さえつける。シンクと向き合うように一歩前に進んだのは、シロだった。
剣も抜かずに自分の前へと進み出たシロを見たシンクが一瞬黙る。しかし次の瞬間、何かを振り切る様に拳を構え、飛びかかった。
「逃がさないよ……ここでお前たちは、泥と一緒に沈むんだからな。死ね!」
シロの真正面から振り上げられた拳を受けたのは、いつの間にか盾になる様に飛び出していたクロだった。刃の腹で拳を受け止められたシンクはすぐさま後ろへ跳んで逃げる、が、そこに何者かが飛び込んできた事により完全に体勢が崩れる。
「シーンクー!久しぶり!元気だったー?」
「ちょっ!いつもいつも飛びついてくるなって言ってるはずだけどっ?!」
「あ、何かこの光景前にも見た事が……」
今までの空気を一掃してシンクにまとわりついているのはフローリアンだった。テオルの森でも同じような事をしていた気がする。シンクの言い分からすると、きっとしょっちゅうなのだろう。
シンクがこの上なく無防備な状態なのは明らかだ。その隙にクロの横に並んだシロが、シンクへと語りかけた。
「シンク、師匠に命令されてここに来たのか?」
「……そうだとしたら、何?」
「こんな事、今すぐやめるんだ。師匠はお前の事ただ利用しているだけだって、分かってるんだろ?」
シロの言葉に、まとわりつくフローリアンをベリッと剥がしてから、シンクが笑った。まるで己を嘲笑うかのような歪んだ笑みだった。
「それを言うならあんただって分かってるだろ?「先」を知ってるあんたなら、どうして僕がヴァンに加担しているか、なんてさ」
「シンク……」
「そうだよ、憎いからさ。僕を生み出した預言が、世界が、憎くて憎くて仕方がないからさ!だから預言を根底から破壊してくれる方へついてる、それだけだよ。どうせ僕は、空っぽで価値のないレプリカなんだからね!」
「……えっ?」
シンクの言葉に驚いたのはルークだった。その間に再び駈け出すシンクを、無言でクロが迎え撃つ。繰り出される拳や蹴りを受けたり流したりしてやり過ごしたクロが、僅かな隙をついて剣を一閃させれば、刃の切っ先がシンクの仮面を弾き飛ばしていた。
初めて見たシンクの素顔を、ルークが驚きに目を見開いて凝視した。先ほどのシンクの言葉を理解した瞬間だった。
「え……な、何で……イオンと同じ顔……?」
「ルーク……そうでした、ルークにはまだ、お伝えしていませんでしたね」
固まるルークの傍へそっと寄ってきたのはイオンだった。ルークの衝撃をなるべく和らげられるようにと、イオンが優しくしかし悲しげな瞳で静かに告げる。
「僕とシンク、そしてフローリアンは……あなたと同じ、レプリカなんです」
「え……ええっ?!さ、三人とも、レプリカ?!」
「黙っててごめんねルーク。オリジナルイオンはもう死んじゃってて、イオンが変わりに導師様をやってるんだよ」
ルークの目の前に駆けてきたフローリアンも、仮面を取ってみせた。そこには確かにイオンと同じ優しい顔があった。しかし今までの性格の違いを見ているからだろうか、確かに顔は同じではあるが、その表情は三人とも違っていた。それは三人がそれぞれ別の人間であるという証だった。
しばらく口を開けたまま驚きに固まっていたルークは、ハッと気付いて周りを見回した。自分と同じように驚いているのは物陰に隠れるギンジやノエルたちだけで、クロやシロ、アッシュまで驚いた様子がなかった。
「アッシュ、お前知ってたのか!」
「あ?ああ、六神将やってたんだから当たり前だろう」
「そうだった忘れてた!アッシュって六神将だったんだった!じゃあ結局俺だけ知らなかったのかよー!」
ショックに頭を抱えるルークだったが、すぐに立ち直ってシンクへと向き直った。今はこんな事している場合ではないと気付いたのだ。
「ちょっと待てよ、何でイオンやフローリアンと同じレプリカなのに、シンクは敵として戦ってるんだよ!」
「同じ?違うね。必要とされているレプリカと、代用品にすらならないレプリカなんて……!」
「それは違う、シンク!」
拳を握りしめるシンクに歩み寄ったのは、シロだった。後ろでは油断なくクロが剣を構えているが、シンクはただそこに立っているだけであった。こっちを睨みつけてくるシンクの視線を、シロは真っ直ぐ受け止める。
「お前はいらない存在なんかじゃない、空っぽなんかじゃないんだ」
「必要とされているレプリカのご託なんて聞きたくないね!」
「そうだよ、俺は必要とされて、利用されるために生まれた。そして使い捨てられて死ぬはずだった。その事でずっとずっと、悩んでた事もあった。でも今は俺を必要としてくれる人がいて、何より俺自身がここで、生きたいと思ってる。だから俺は生きているんだ。それはシンク、例えレプリカだって誰だって、お前だって同じはずなんだ」
シロが一歩近づくと、シンクは思わず一歩後ろに引く。
「う、うるさい!僕は空っぽなんだ、生まれてきた事自体が間違いだったんだ!」
「シンク、例えどんな風に生まれてきたのだとしても、今俺はシンクに生きていて欲しんだ!だからあの時助けに行ったんだ!他の子は助けてあげられなかったけど……ひとつの命として生まれたお前たち全員に、生きていて欲しかったからだ!」
「助け……?」
「あのね、使い物にならないって火山に捨てられそうになっていた僕たちを、シロやアッシュが助けに来てくれたんだよ。あの時は、とても嬉しかったなあ」
首をかしげるルークにフローリアンが説明した。7人生まれた導師イオンのレプリカの中の6人が、ザレッホ火山へと生きたまま廃棄させられる事を知っていたシロが、何とかそれを救おうと動いたのだった。しかしヴァン達に悟られないように動くには限界があった。シンクとフローリアンを救うので精一杯だったのだ。その事を悔みながらも、シロはまたシンクへと近づいた。
「シンク、きっとお前はまだ気付けていないんだろうけど。預言を憎むのは、生まれてきた事を憎むのは、きっと生きたいって事なんだよ。きちんとした自分自身の生を持ちたかったって、生まれたかった、生きたかったって……その気持ちがあるから、憎んでしまうんだよ」
「何を……言ってるんだよ。そんなはずはない!そんなはずは……!」
「シンク」
いつの間にかイオンが、シンクの目の前へと歩み寄っていた。色々な衝撃で動く事が出来ないシンクの片手を、そっと柔らかく掴む。
「僕はここにいる皆さんやアニス達と話し、旅をして、徐々に分かってきました。導師の代用品として生まれた僕が、これから一体何をしたいのか。僕自身はどうやって生きたいのか。……シンク、一緒に探しましょう。共に生きて、共に歩きましょう。僕はそれを心から望んでいます」
「シンク、僕はシンクと一緒に助けて貰って、一緒に教団で修業とか勉強とかして、話して遊んで笑った事が、とても楽しくて、嬉しかったよ。だから僕は生まれてきて、生きていて良かったって思うんだ。だからシンク、一緒に行こう。僕もシンクと一緒がいいよ」
反対側の手を、フローリアンがにっこりと笑顔で優しく掴んだ。イオンの優しい笑顔も、フローリアンの輝く笑顔も、シンクには持ちえないものであった。そしてまともに話した事も無かったが、オリジナルイオンだってきっと、持っていなかったものだろう。その表情は、その感情は、それぞれが持つ唯一無二のものだと、シンクにも分かったのだ。分かってしまったのだ。
両方の手のぬくもりが、感触が違うように。それでも同じように温かいように。同じ人間から生まれた命は確かにここに、三つ存在しているのだと。それぞれが立って、ここで生きているのだと。分かったのだった。
両方の手を、自分と同じ大きさの手に握りしめられたままシンクは。
「こんなくだらない生にそんなに真剣になるなんて、あんたたちって本当……」
拭う事も出来ないまま頬を伝う一粒の滴を。諦めにも似たような震えた呟きを。
ぽつりと、零した。
もうひとつの結末 49
10/08/16
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