シロは自分の表情が強張っている事を自覚していた。あの後アリエッタに今度一緒に行こうと約束しながらアメちゃんをあげて今日の所はお引取り願い、無事にフーブラス川を抜けたところであった。こうなると国境であるカイツールまでは目と鼻の先ほどしかなく、それ故にそこで会うはずの人物を思って緊張してしまうのだった。ダアトにいる時はさりげなく避けて来たのだが、今度は避けることができない対面になるだろう。
その時、そっと隣に立つ気配に気付いてシロはパッと振り向いた。そこにいたのはクロだった。少し上を見上げなければならなくなった顔は前を向いていて、しかしシロの隣から離れる事はなかった。クロはそのまま何も言わなかったが、シロはこっそり笑った。この先に待っている人物を知っていて、自分を気遣ってくれているのだろう。緊張しているのはきっと同じなのに。いくら過去の人だと、今は衝突しないだろうと分かっていても、かつて命を懸けて戦った師匠なのだ、怖くないわけが無い。同じなのだ、と思うと、シロの心は嘘のように軽くなるのだった。
「……なあ」
「何も言うな」
「あの2人って」
「何も言うなっつってんだろうが!」
「ああいう空気を新婚さんっていうのか?」
「ばっなっどこで教わってきたそんな事!」
「ジェイドが言ってた」
「メーガーネー!」
視線を交わす事無く寄り添って気が遠くなるような空気を放出する2人(本人達無自覚)の背後では、そんな自分達の未来の姿に大変戸惑う赤毛がいたとかいかなかったとか。
「月夜ばかりと思うなよ」
ドスを聞かせてそう呟きながら振り返ってきた黒髪を二つに結んだ少女は、そこに立っていた集団を見つけてぎくりと体の動きを止めた。が、その一瞬後には笑顔で駆け出して、
「きゃわーんアニスの王子様ー☆……が、増えてるー?!」
すぐさまズザッと後ずさりした。1人で騒がしい奴だとアッシュが呆れていると、ルークが顔を引きつらせるアニスに片手を上げて見せた。
「お前無事だったか、よかった」
「あっえっとありがとうございますぅ。ルーク、様?も無事?で何より……」
「アニス、これには少し訳があるんです」
ものすごく混乱しているらしいアニスにイオンが微笑みながら語りかける。元気そうなイオンの様子にぱっと顔を輝かせた導師守護役は、訳?と小首を傾げてみせた。説明を始める一同を横目に、1人シロは辺りをこっそり伺う。「以前」はいきなり襲い掛かってきたアッシュの剣を受け止めるためにどこからともなく現れたが、そのアッシュがここにいるのだから、「今回」はどのように現れてくるのか分からなかった。襲ってくる事はないだろうが、念のために用心していた方がいい。と、その時、
「どういう事だアッシュ、私はお前にこんな命令を下した覚えは無いぞ」
来た!助けに現れたときとほとんど同じ台詞を言いながら(確かに状況的には不自然ではない)向こうの方から結構普通に歩いてやってきたその人物は、間違いなくヴァン師匠だ。その姿にシロはビクリと反応するが、
「あ、師匠」
喜ぶ様子も無く感動した様子も無くそうやって言うルークにシロのほうが驚いた。あれ、それだけ?!とりあえず話しかけられたアッシュがしぶしぶ答える。
「命令された覚えも無いが、俺はちょっと色々あってここにいるんだ。気にすんな」
「いや気にするな以前にだな……まず何があってこの状況になったのだ」
ヴァンの方も涼しい顔をしながら結構混乱しているようだった。オリジナルとレプリカがいきなり一緒にいれば混乱もするだろう。何だか収拾つかない状況になってきたなとクロがため息をつく。後ろでは躊躇いながらも兄を討とうとするティアが刃物を構えているし、何々どういうことー?!と騒ぎ始めたアニスに抱きつかれてガイが悲鳴を上げているし、ジェイドが面白そうにこっちを眺めているし、イオンは相変わらずにこにこ笑っているだけだし。前では戸惑った様子のヴァンにアッシュが冷たく吐き捨てているし、ルークもどこか冷めた目でヴァンを見ているし、1人シロがヴァンに対してあまりにも温度が低い2人になんでどうしてとオロオロしているし。
クロは再びため息をついた後、ひとまず隣でワタワタしているシロの頭を鷲掴んで動きを止めて、改めてヴァンへと向きなおった。
「ヴァン総長」
「何だ?」
話しかけられた事に心なしかほっとした様子のヴァンに、クロはずいっと片手を差し出して、
「とりあえず今は何も言わずに人数分の旅券を渡してさっさと消えやがってください」
説明する自信がまったくありませんから。
きっぱりとそう言い切ったクロにぽかんとする一同の中で、ああこいつも結構混乱しているんだなと分かったのはシロだけであった。
もうひとつの結末 5
06/09/10
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