タルタロスからセントビナーへ向かい、そして今カイツールへと行く道すがら今までの事をざっと説明されたガイは、混乱しながらも頷いた。


「そんなややこしい事になっていたなんて……しかもお前達が未来からやってきたとは」
「信じられないよな、俺も最初びっくりしたし」


説明しているのはもっぱらシロだった。クロが話すはずもないし忘れられてたアッシュが話す訳がない。ジェイドもティアもイオンも初対面だし、ルークも別に直接の使用人じゃなかったので(ガイは話したがっていたが)説明役は辞退した。まずさっきの人質騒ぎの事をまだ引き摺っていたのでそんな余裕も無かったのだ。とくれば、この中でガイに1番信頼を寄せるシロが自然と話し手になったのである。ガイは隣で苦笑するシロをどこか感慨深く見つめた。


「そうか、お前はルークの未来の姿なのか……どうりで似てると思った」
「あーまあな」
「ああルーク……こんなにこんなに立派になるなんて、俺は嬉しごぶはっ!」
「ガイー?!」


何故かいきなりぶっ飛んだガイにシロが叫ぶ。ちょうどその後ろにいたアッシュはガイの後ろから烈破掌を打ち込んだ人物をバッチリ見てしまったのだが、何も言わないでおく事にした。同時に隣にいたルークが「今クロが」と指を差そうとするのを必死に阻止する。


「何だよ、何で邪魔すんだよアッシュ」
「馬鹿かてめえ、俺がイラついた時の八つ当たりの威力は俺が1番よく知ってんだよ!」
「何だよそれー。それに馬鹿って言うな!」
「はいはい、戯れるのは結構ですが、油断していると溺れてしまいますよ?」


前を歩いていたジェイドが振り返ってきた。はっと顔をこわばらせたルークが慎重に足元を見る。そこには僅かながら水が流れていた。今歩いている場所は、橋が壊れてしまっているために歩いて渡る羽目になってしまったフーブラス川だった。ルークにとっては初めて川の中を歩く事なので、いくら浅くても緊張してしまっているのだ。


「服が濡れる、歩きにくい、魔物怖い……」
「それぐらい我慢しやがれ」
「わっ分かってるって」


ぶつくさ文句を言うルークの隣で普通に歩くアッシュは、しかしルークが滑ったりしてしまった時は素早く手を出せる距離にさりげなくいるので、シロは微笑ましく笑っていた。その背後をガイが流されたりしていたのだが、皆無視だった。その時、はっとシロが思い出す。


「あっそうだ……そろそろ、あいつが来る」
「どうしたの?」


ティアが声をかけるが、答えはすぐにやってきた。行く手を遮るように巨大な体のライガが現れたのだ。どこかで見たようなそのライガの姿に一同が背後を振り返れば、そこにはやはり、桃色の髪をした少女がライガに跨って迫っていた。


「アリエッタ!」


イオンがどこか苦しそうに叫んだ。アリエッタは泣き出しそうな顔でぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。イオンは意を決したように一歩踏み出して、アリエッタに語りかけた。


「どうか見逃してください。あなたなら分かってくれますよね?戦争を起こしてはいけないって事を」
「イオン様の言う事……アリエッタは聞いてあげたい、です」


でも。その言葉の後に続くものを知っているシロは、知らず拳を握り締めた。ライガクイーンを母と呼ぶこの少女の最期を思い出して、そしてまた仇として見られている事を知って、悲しみと憤りにどうしようもなくなる。ああ、この孤独な可哀想な少女も救ってあげたかった。


「でも、その人たちアリエッタの敵!」
「アリエッタ聞いてください。彼らは悪い人ではないんです」
「ううん……悪い人です。だって、だって……」


ぎゅうぎゅうとぬいぐるみを抱きしめたアリエッタは、そのまま泣き叫ぶように言った。


「アリエッタのアッシュとシロをとっちゃったんだもん!」


……あれ?


「おいアリエッタ、俺達がいつお前のもんになったんだよ」
「今度一緒にライガママに会いに行く約束した!でも2人とも戻ってこなかった!」
「それはタルタロスで色々あってだな……」
「他にも遊ぶ約束してる、です!それなのにアッシュとシロとったあなたたちを、許しません!」


アッシュが一生懸命に会話をしようとするが、アリエッタは聞かなかった。うんそういえばいっぱい約束したねとシロが遠い目で思い出していれば、クロが呆れた目でこちらを見てきた。


「随分と手懐けたものだな……」
「いやだって可哀想じゃんか、アリエッタとかシンクとか親いないんだぞ。そう思ったらつい」
「アッシュ、シロ独り占めする気、です!」
「だから違うっつってんだろうが!」


何だか話が妙な方向へずれているのを自覚して、シロは慌てて怒鳴りあうアリエッタとアッシュの間に入った。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!アリエッタ、俺達を追いかけてきただけなのか?」
「アッシュとシロ、取り返すです」
「そうじゃなくて……ライガクイーンの仇は?チーグルの森で戦ったんじゃないのか?」


するとアリエッタがキョトンという顔をした。まったく見に覚えの無さそうな顔だった。シロが慌てて後ろを振り返ると、そこには同じようにキョトンとしたルークがいて。


「チーグルの森のあのライガ?あれ、戦いそうになったけど、戦ってないぞ」
「……へ?」


シロが呆けた声を上げる。頭の中が真っ白になった。どういう事だとクロが辺りを見回せば、戸惑いながらもティアが答える。


「確かに元の森へと帰るようライガクイーンへ説得しにいったわ。そこにはライガのタマゴがあって、エンゲーブが危険だからそれを壊そうとしたのだけれど……」
「ルークが止めたんですよね」


イオンが後を引き継いだ。シロがぽかんとルークを見つめると、ルークは居心地が悪いように身じろぎした。


「な、何だよ……だってまだ生まれてもないのに可哀想じゃんか」
「するとライガクイーンがルークに良く似た人を知っていたみたいで、言う事を聞いてくれたんですよ」
「今思えば、その良く似た人というのはきっとあなたの事だったのね」


ティアに指されてシロはうろたえた。確かに以前、アリエッタに案内されてライガクイーンに会った事はあった。その時は罪悪感に駆られまくって何をしたかよく覚えていないのだが、ライガクイーンはシロを覚えていて、そして好意をもってくれていたらしい。その事が火事で住処を追われた怒りを沈め、子どもを庇ってくれたルークの言う事を聞いてくれたきっかけになったという事か。ああ、だからミュウが一緒にいなかったのか?だからアリエッタは憎しみに心を汚してはいないのか?


「それで?それがどうかしたのですか?」


ジェイドに尋ねられて、シロは何かを言おうとしてパクパクと口を開け閉めしたが、言葉は何も出てこなかった。状況についていけなくて混乱して、とっさにクロを見る。クロも驚いたような様子だったが、シロと目が合うと安心させるかのようにかすかに微笑んでみせた(それは知っている人にしか分からないような笑顔だったが)。それで幾分か落ち着いた現金な自分の心臓に呆れたが、シロはそっと目を閉じた。

ああ、世界はすでに変わり始めている。
このちっぽけな手だけでも、世界は変わるのだ。





   もうひとつの結末 4

06/09/07