シェリダンはいきなり混乱の渦の中に叩きこまれた。予告も無く襲ってきた神託の盾騎士団のせいだった。赤毛4人が集会所の前に駆けつけると、そこには兵を従えたリグレットが待ち受けていた。


「リグレット!何だよ襲ってくるのが滅茶苦茶早いじゃないか!卑怯だぞ!」
「何が卑怯なのか知らないが、地殻を静止状態にされては困るからな。港も神託の盾騎士団が制圧した、無駄な抵抗は止めて武器を捨てろ!」


抗議の声を上げるシロに冷ややかに返すだけのリグレット。周りの神託の盾兵はあたりを牽制するように常に武器を構えている。油断のならない状況だった。こちらも慌てて剣を構えるが、数が多いので迂闊に切りかかることは出来ない。
いざとなったら最終手段超振動で兵たちを薙ぎ払う事を考えながらクロは町中を見まわした。確か「前」は、この六神将の襲撃でシェリダンの人々が沢山犠牲になってしまったはずだ。もたもたしていれば、それを阻止しようとまたシロが無茶な行動に出てしまうかもしれない。もちろん犠牲を出したくないのはクロだって同じだが、それ以上に今のシロが心配なのだ。


「おい、早まるなよ。まだ奴らは町の者たちに手を出す気配は無い」
「っ分かってる、けど……!」


こっそり声をかければ、やはり切羽詰まった声が返される。それほどまでにこの襲撃が予想外だったのだ。早め早めの行動をしているはずだったが、それはあちらも同じという事か。こうなればこちらから先に仕掛けるかと考えかけたクロだったが、それよりも早く動いた者がいた。それは対立する両者の間に突然割り込んできた影であった。
それは人ではなかった。


「グギャアアァ!」
「っく!……ライガか、という事は……」


その突撃を間一髪で交わしたリグレットが物陰へと銃を構えた。ライガは明らかにそちらから飛び出してきたのだ。ライガの攻撃を避ける事が出来ずに慌てふためく背後の兵は一切気に掛けず、リグレットが声を上げる。


「これはどういう事だ、我々六神将としての任務を忘れたのかアリエッタ!」


リグレットの声に答える様に、数匹の魔物を連れたって現れたアリエッタ。相変わらずぬいぐるみを抱きしめたままだったが、リグレットを見つめるその瞳には強い光が満ちていた。


「総長に逆らうの、少し苦しい、けどアリエッタはイオン様の、シロやアッシュの味方だから。皆を傷つけるならアリエッタ、リグレットだって許さない!」


アリエッタが腕を振り上げれば、雄たけびを上げて魔物たちがリグレットへと襲いかかった。いくらリグレットと言えど一度に相手にできる数には限りがある。リグレットの目から完全に4人が外されたのは確実であった。


「皆、今のうちに早く行って!向こうでイオン様たち、待ってるから!」
「ありがとうアリエッタ!でも無理はするなよ!」
「よし行くぞ、港の方に集まっているはずだ」


先に動いたのはルークとアッシュだった。一歩遅れてクロがシロを引っ張り駈け出す。シロは腕を取られるまで立ちつくしたままだった。アリエッタの登場に驚いたためであった。


「あ、アリエッタ……!」
「シロ、頑張ってね」
「……行くぞ」


少し手を振ってすぐにリグレットへと向き直るアリエッタに、何か言おうとしたが何も出てこない。結局、クロについて行くしかなかった。
そのままアリエッタの安否の心配ばかりをしている暇は無かった。おそらく町中に潜伏しているのだろう神託の盾兵が少し走っただけで前へと立ちふさがってきたのだ。しかしそれに剣で応戦する暇も、また無かった。


「ちょっとあんたら邪魔ーっ!」
「そこをおどきなさい!」
「「ぐはあっ!」」
「あっ、アニスにナタリア!」


神託の盾兵が躍り出たと思ったら、その後ろ頭をすぐに大きな人形の腕と矢の雨が襲ったのだった。倒れ伏した兵士の身体を無情にもトクナガで踏みつけながら、アニスが4人を見下ろしてくる。


「もーっ4人とも遅いよ!思わず迎えに来ちゃったじゃん!」
「港では地殻へ行くための準備がそろそろ完了する頃ですわ、神託の盾兵に邪魔をされないうちに、早く!」
「早っ!もう準備出来たのかよ!」
「い組とめ組が総力を挙げて整えてくれたのさ、感謝しなきゃな」


次の矢をすでに構えながらのナタリアの言葉に驚いていると、その後ろからガイもやってきた。迎えにしては随分と人数が多い。そうこうしているうちに、神託の盾兵は後から後から湧いて出てくる。
さっそく応戦し始めるアニスとナタリアに倣って自身も剣を抜きながら、ガイが背後の道を指し示した。シェリダン港へと続く道であった。


「ほら、お前たちは早く港へ行くんだ。俺たちは兵士の足止めと、住民の避難の誘導をしなきゃならない」
「え、でも」


これから地殻の振動を止めるために出発しなければならないのに、とシロが戸惑った声を出せば、じれったくなったらしいアニスが兵士を一人殴り飛ばしながら叫んだ。


「てゆーかこの作戦の中心のあんたたちが行かなきゃ何も始まらないでしょ!つべこべ言わずにとっとと行けー!」
「わたくしたちは大丈夫ですわ、この作戦、必ず成功させて帰ってきて下さいませね」


にっこりほほ笑んだナタリアは次の瞬間勢いよく弓矢を飛ばしている。完全にここに留まるつもりらしい。思わず止めた足を動かす事が出来ない一同を後押ししたのは、クロだった。


「すまない、後は任せた」
「ああ、任されたさ。お前こそルークを傷つけたら許さないからなルーク俺のルーク気をつけて行けよおぉー!」
「てめえ帰ってきたらどつく!……行くぞ、急げ!」


片手でシロを引っ張り、片手でルークの背中を押し、片足でアッシュの背中を押したクロはガイと仲良く悪態をついてから港を目指す。扱いが酷すぎると心で泣いたアッシュはそれでもめげずに戦闘を走り、たまに立ちふさがる兵士を斬り伏せていった。


「畜生、何人いやがる!」
「アッシュ頑張れ、ほら出口だ!」


アッシュの横から手助けをするルークが指差す通り、とうとうシェリダンの出口までやってきた。そこにももちろん兵士が待ち受けていたが、アッシュとルークのダブル烈破掌でぶっ飛んでいった。
息を切らせながらも、ルークが後ろのクロとシロを振り返る。シロの体調を心配しての事だった。少しきつそうではあるがきちんとついてきた姿を見てホッとする。


「な、なあ、このまま本当に港に行ってもいいのかなあ」


当のシロはというと、しきりに背後を気にしているようだった。残してきた仲間たちが気になって仕方がないようだ。その頭を、クロが鷲掴んで無理やり前へと向かせる。


「お・前・は・前だけ向いてろ!それとも、あいつらを信用していないのか」
「いだだだだ!しっしてる!してるよ!けどっ!」
「俺たちには俺たちのやるべき事があるだろうが、さっき言われた事をもう忘れたのか」
「……!……そう、だよな」


クロの言葉に頷いたシロは、しかしもう一度だけ振り返った。シェリダンの町では、魔物や譜術や矢が飛び交って大騒ぎだった。住民たちが音機関で対抗している様子も見受けられる。それらを一瞥して、前へと向き直る。


「……行こう!」


シェリダン港へは、ここから目と鼻の先である。



港の入口に入る、前に4人は足を止めていた。ここにもすでに神託の盾兵は溢れかえっていたが、すでに戦闘中であった。一体誰と、と思っていれば、どこかで見た事のあるロボットが兵士たちともみ合っているのが見えた。


「ムキーッ!このタルタロスの改造には私も関わっているんですよ、それを壊すなんて許しませんからね、覚悟しなさい!」
「うわ、ディストまで戦ってくれてるぞ」
「あいつはただ自分の作品を守りたいんだろ、多分……」


あっけにとられている所をさっそく兵士に発見されるが、声をあげて襲いかかってくる前にその手から剣が落ちる。どこからともなく聞こえてきた歌の力のせいだった。その耳に心地よい歌はもちろん、譜歌である。


「ティア!」
「何をしてるの、早くこっちへ!」
「いやあ遅かったですねえ。二人だけの世界に突入してもう来ないかと思いましたよ」
「なっ何言ってんだよジェイド!」


ティアの後ろからひょっこり現れたジェイドの言葉にシロが過敏に反応する。反応するから面白がってさらにいじられるのだとクロは思ったが、口には出さなかった。分かっていてもその口車に乗ってしまう事も多々あるからだった。
タルタロスの脇に陣取る二人の傍にはイオンやフローリアンもいた。どうやら襲いくる神託の盾兵から守ってくれていたらしい。


「あなたたちはこの作戦の手順をもう知っていますね?もうすでに譜術障壁の補助機関は起動させてもらっています、後は今すぐこのタルタロスに乗り込んでアクゼリュス跡から地殻に向かうだけです」
「早っ!じゃあもうカウントダウンは始まってるのか!それならなおさら急がないと……」
「私たちはタルタロスが無事に出発できるようここから援護をするわ。だから早く乗って」


タルタロスの入口を指し示すティアに、さすがにルークも驚きの声を上げる。


「ええ、ティアたちも行かないのか?」
「神託の盾兵が多すぎるの、ここで誰かが壁役にならないと危険で出航が出来ないのよ」
「頑張ってきて下さいよー?あなたたちにこの世界の運命が掛かっているんですからね」


飄々と言ってのけたジェイドは、しかしさすがにその瞳は真剣そのものであった。冗談でも何でもなく、確かにこの作業にこの外郭大地の運命が掛かっているのだから。
気を引き締め、いざタルタロスに乗り込もうとした所へ、待ったの声がかけられた。傍に控えていたイオンだった。


「待って下さい、どうか僕も連れて行って下さい!おそらく僕には何も出来ないと思いますが、この目で見届けたいんです!」
「僕も僕もー!」
「お前たち……」


イオンと並んですかさず名乗りを上げるフローリアン。二人を見てとっさに否を唱えようとしたクロだったが、それをシロが止めた。そして今まで危険な目に合いそうな所には連れて行きたがらなかった彼が、珍しく頷いてみせる。


「もし失敗したら命は無いだろうけど、それでもいいんだよな?」
「覚悟の上です」
「これが失敗したらどーせ大地が落ちてぺしゃんこだもん、大丈夫だよ!」
「……よし、分かった。行こう!」


少し話している間にも駆け付けてくる神託の盾兵にジェイドが容赦のない譜術を放っている。のんびりしている暇は無い。急いでタルタロスの中へと入っていく一同の最後の人物の背中へ、最後にティアが声をかけた。呼ばれて振り返ったのは、シロだった。


「シロ!」
「ん?」
「あの、ごめんなさい……私……!」


シロはティアが何に謝っているのか、すぐに分かった。だからその不安そうな表情に笑顔で答え、タルタロスに乗り込んだ。
期待、不安、そして希望を乗せたタルタロスが今、シェリダンから旅立つ。




「閣下、シンクが間に合ったようです」
「予想以上の妨害に合ったが、おとりにはなったという事か。いいだろう、撤収しろ」





   もうひとつの結末 48

10/07/04