ユリアシティで行われる平和条約締結と大地降下作戦の会議のために、アルビオールは何回も外郭大地とクリフォトを移動することとなった。護送やら何やらで数日掛かったりもしたが、その間にシェリダンでは地殻の振動を止めるための準備を着々と行っていた。ずっと重鎮の運搬ばかりを担当したクロアッシュ組も、会議がひと段落してようやくシェリダンへ戻れそうである。
「これでやっとご主人様と会えるですの!嬉しいですの!」
「向こうでタルタロスの改造もしてるんだよね、どうなってるのかなー。空飛ぶ要塞になってたりして」
「すごーい!大砲とかいっぱいついてるかな?」
「まあ、その新たな要塞タルタロスで敵との戦いに挑むというのですか!」
「それは絶対ありえねえから安心しろナタリア」
話しながらも旅立つ準備を整える一同だったが、忘れ物が無いか確認していたクロにその時、こっそりと声がかけられた。
「クロ……今、大丈夫かしら」
「……何だ」
振り返ればそこには、神妙な表情のティアがこちらをじっと見つめて立っていたのだった。その瞳には、何かを決意した光が籠っていた。
「あなたに話しておきたい事があるの。もしかしたら……いいえ、おそらくシロに関係する事だと思うから」
作業が急ピッチで進められるシェリダンにアルビオールが帰還したのを一番に見つけたのは、手伝いをしていたルークだった。
「あ!アルビオールだ!アッシュとクロたちが帰ってきたぞ!」
「本当ですね、何だか久しぶりに会う気がします」
「うーんやっぱりアルビオールが空を飛ぶ姿というのはたまらないなあー」
一人別な所に感動しているガイは放っておいて、ルークは空から降りてくるアルビオールへと駆け寄った。ハッチが開いて出迎えるルークへと一番に飛び出してきたのは……ルークがまったく予想もしていなかった人物、というか動物だった。
「みんな!おかえ……」
「ご主人様ー!」
「りっ?!」
い
きなり水色の物体がみぞおち辺りに激突したせいで、ルークは言葉を詰まらせてしまった。ゲホゴホとむせ込んでいる間にも、腹にくっついたままの動物はぐりぐりと顔を押し付けてくる。
「やっと会えたですのご主人様!嬉しいですの!」
「ぐっごほっごほっ!こ、この果てしなくうっぜえ声は……どこかで聞き覚えが……」
「ルーク、大丈夫か?!」
地面に座り込んだルークに慌てて駆け寄ったのは、次にアルビオールから降りてきたアッシュだった。ルークの腹の上にいた動物、ミュウの首根っこを掴んで引っ張り上げる。
「あ、ありがとうアッシュ……って、こいつ!よく見りゃブタザルじゃねーかっ!何でここに!」
「ブタザルでミュウですのー!ご主人様、お久しぶりですの!」
「こいつ、お前に恩返しと、渡したいものがあるとか何とかでここまで来たそうだ」
「そうですの!ボクが火事を起こしたせいで怒ってしまったライガさんたちと仲良くなれたのは、ご主人様のおかげですの!だからやっぱり恩返しがしたくてボク追いかけてきたですの!」
ようやくルークに会えた喜びからかはしゃぎまくるミュウ。その様子を眺めながら、クロがルークへ静かに尋ねてきた。
「……おい、あいつは今どこにいる」
「あ、シロか?タタル渓谷に行った後から具合が悪そうだったから、休んどけって宿屋の部屋に押し込んでる。隙あれば外に出ようとするけどなー」
「そうか。分かった」
ルークの返事を聞いて頷いたクロは、足早に宿屋へと歩き去ってしまう。その後ろ姿を、ルークはどこか不思議そうに見送った。
「何か、クロの様子が変だったな。何かあったのか?」
「いや……だが、最近ずっとイライラしていたのが、シェリダンに戻る少し前から鳴りを潜めたな。ある意味不気味だ」
アッシュも眉を寄せてクロが去った方向を眺める。何だか妙に落ち着いているのが、嵐の前の静けさのような奇妙さを感じる。あれは、なるべく関わらない方が良い空気だ。アッシュとルークは二人で目を合わせて頷き合った。
そこへ外の騒ぎを聞きつけたのか、集会所からジェイドやイエモンたちが出てきた。今タルタロスは地殻の振動を止めるための音機関として生まれ変わっている最中で、作業はもうほぼ終わりかけている所だった。最後の調整のために会議をしていた所だったのだろう。
「ああ皆さん帰ってきましたか。うちのわがまま陛下はきちんと言う事を聞きましたか?」
「一緒にブウサギを連れていくと喚き倒していたがまあ、何とかな」
「マルクトのこーてーへーかは面白い人だったねー!」
「もーフローリアン失礼でしょ、一応あの人あれでも偉い人なんだからね!」
「ははは、その酷い言われように何も反論できない所が悲しいですねえ。……おや」
その時ジェイドが目ざとくミュウの姿に気付いた。眼鏡の奥の赤い瞳に見つめられて、ミュウが本能的な危険を感じとったのかびくりと震える。
「お手柄ですねルーク、非常食を手にいれましたか」
「ミュー!?ぼっボクは食べても美味しくないですのー!」
「違うっつーの!こいつうざいけど食べるのはさすがに可哀想だろ!」
「珍しいですね……一体どうしてこんな所にチーグルが?」
ジェイドの後ろから若干フラフラになりながら出てきたディスト(多分ジェイドにこき使われていたのだろう)の言葉に、そういえば、とルークがアッシュの手に未だにぶら下がったままだったミュウを見た。
「そういや俺に渡したいものがあるって言ってたけど、何なんだ?」
「ミュミュ!そうだったですの!ご主人様に渡さなきゃいけないものがあるんですの!けど……」
そこでミュウは言葉を切って、何故かもじもじし始めた。恥ずかしがっている、訳ではなく、戸惑い迷っているような仕草であった。その様子を遠くからティアがメロメロになりながら見つめているが、アッシュとルークには残念ながらうざったい行動にしか見えない。
「ミュー……本当にご主人様に渡していいか分からないですの……」
「はあ?何だそりゃ」
「実はボク、少し前に夢を見たんですの。とっても不思議な夢だったですの。その夢を見てから、ご主人様に会いにきたですの」
夢。その夢こそが今回のミュウの行動に繋がるらしい。視線で続きを促せば、ミュッとミュウは元気よく返事をしてみせた。うざい。
「実は夢の中に、ボクが出てきたですの!ボクだけどボクじゃない、もうひとりのボクでしたの!」
「何か、すっげーうざそうな夢だなそれ……」
「それで、もうひとりのボクがボクにこのソーサラーリングを手渡して、これをご主人様に届けてほしいって言ったんですの!だからボクはこれを持ってご主人様に会いにきたですの!」
「……ちょっと待て」
ミュウの話をアッシュが遮った。今の話、気になる事がかなりある。
「お前が身体にはめているその輪っかが、そのソーサラーリングだと?」
「そうですの!びっくりですの、夢から目が覚めたらいつのまにか持っていたですの、ユリア様の奇跡だって長老様が言っていたですの!」
「つまり夢が現実になったって事か?!奇跡の範囲を軽く超えているような……」
ルークが恐る恐るソーサラーリングに触れている間にも、ミュウの話は続いた。
「ミュー、でも変なんですの、夢の中のもうひとりのボクが言っていた「ご主人様」は、ボクのご主人様とは別なような気がするんですの」
「……え?」
「夢の中のボクは確かにもうひとりのボクで、ボクのご主人様はルーク様一人しかいないから、この気持ちは変なんですの。でも何故か、あのボクがこのソーサラーリングを渡したいご主人様は別にいる気がするんですの」
だからこのままご主人様にソーサラーリングを渡してもいいのか分からない、とミュウは言いたいらしい。その口調も相まってとても分かりにくい話であったが、しかし何となくルークは理解出来たような気がした。ミュウが感じている違和感も、ミュウの夢の中に出てきたもうひとりのミュウが言っていたという、「ご主人様」の事も。
そしてそれは、アッシュも感じている事のようだった。
「……なあアッシュ、もしかしたら、だけどさ」
「ああ、その夢の中のブタザルが、もし……「別な世界」のブタザルだったとしたら」
「ミュ?」
何かを理解したらしい二人を不思議そうに交互に見つめていたミュウを、ひょいと摘みあげる者がいた。ジェイドであった。どこか真剣な眼差しでミュウを、いやその身体のソーサラーリングを見つめている。
「あ、おいジェイド!そいつは本当に非常食じゃないんだぞ!」
「知っていますよ。このソーサラーリング……チーグルの森で以前見たものと少し違っているようですね」
チーグルの森ではミュウとジェイドはちらりとしか会っていないはずだが、それでも覚えているらしい。恐るべし。
「これを少し調べさせてもらってもいいですか?その不可解な夢の事も、少しでも何か分かるかもしれません」
「あ、ああ、そうだな……頼むよ」
言いながら、ルークはちょっとだけ後悔していた。もしかしたらこのソーサラーリングを、今すぐにでも持っていってやった方が良かったのではないだろうか。予想でしかないが、夢の中のミュウの「ご主人様」かもしれない人へ。しかしそのルークの方を、静かにアッシュが叩く。
「ルーク……あっちはおそらく、修羅場だ。近づかない方が良い」
「ああそうだった……それならいいか」
思わず二人揃って、宿屋のある方向を見つめる。とりあえず、器物破損の無い収まり方をしてくれれば良いのだが。
クロは立ち止まった。場所は宿屋、の手前であった。青い海が遠くまで見渡せる街の張り出した場所で、手すりに凭れかかる背中を見つけたからだった。隙あれば外に出ようとするというルークの言葉は間違っていなかった訳だ。クロはゆっくりとその背中に近づいた。
「……予想通り、宿屋で大人しくしている事も出来ないようだな」
「?!あ、クロか……戻ってきたんだな、お疲れさん」
振り返ったシロが笑いかける。その顔がどこかやつれてみえるのは気のせいだろうか。クロはそのまま真っ直ぐ歩き進め、シロの前へと立った。てっきり怒鳴られるかと思って内心覚悟していたシロはキョトンとクロを見つめる。
「ど、どうしたんだ?前に回線を繋いだ時はあんなに怒りたそうだったのに。まあ怒られない方が俺としては嬉しいんだけどさ」
首をかしげるシロを黙って見つめた後。クロはゆっくりと口を開いた。
「パッセージリングの起動が原因か?」
「っ?!」
シロの瞳が大きく見開かれる。クロは一体何の事なのかはっきりとは言わなかった。しかしシロにとってはそれだけで十分だった。たったそれだけの言葉に、大きく反応してしまった。クロの中の疑惑が確信へと固まる。クロは一歩、シロへと詰め寄った。
「ここに戻ってくる前にティアから聞いた。パッセージリングを一回起動させる際にお前から言われた言葉、そして起動させた時に身体を襲った違和感。……ユニセロスは確か、瘴気を嫌うんだったか?」
「な……何で、その事を……」
「お前と回線を繋いだ時、一瞬だが見えた。よほど油断でもしていやがったか?それとももう隠し通す力も残っていないか」
あの時最後に聞こえた呟き。同時にフラッシュバックのように一瞬だけ見えた光景は、シロが気に病んでいた場面だったのだろう。連絡網はどうしてもレプリカよりオリジナルのほうが優位に立ってしまう。そう、やろうと思えばクロは、シロが見せたくない事まで覗き通せてしまうのだ。
しかし今までクロはそこまでの強硬な手段は行わなかった。もちろんシロの負担になるからだ。だが今となっては、少々強引にでもこの事実を知っていれば、と後悔していた。
「地殻には今瘴気が渦巻いている。そしてパッセージリングはセフィロトを通じて地殻につながっている。確かパッセージリングの起動には第七音素が必要だったか。もしその第七音素に、地殻からの瘴気が混ざっているとしたら」
「……!」
「何故、と言いたい顔をしてやがるな。俺が何も知らないと思っていたか?その辺の仕組みはこの7年間必死で調べていたんだよ、当然だろうが。お前がこの世界にいるとは知らなかったが、それでもルークを助けてやろうと思っていたんだからな」
語るクロに、シロは何も言う事が出来ない。ただ黙ってその顔を見つめる事しか出来なかった。その驚愕した表情に、クロはすっと目を細める。
「お前の身体は今、瘴気で汚染されている」
「あ……」
「パッセージリングを起動させるたびに、瘴気を吸っていたんだろう。お前はそれを最初から知っていたな。共に行動はしていなかったから不確かだが、確か「前」はティアが起動させていたはずだ。それで全て分かった上で、てめえが全部一人で起動させようとしていたんだろうが」
もう一歩近づくクロにシロは下がろうとするが、すぐに手すりにぶつかってしまう。もう、逃げられない。
左右に視線をやるシロの退路をさらに断つように、その身体を挟む形でクロが手すりに手をかける。ガシャンと手すりが音をたてて揺れた。
「逃がさねえよ。大人しく負けを認めたらどうだ、何なら回線繋いでやってもいいんだぞ、ああ?」
「……っ」
「覚悟しておけと、言ったはずだ」
クロの目は本気であった。その瞳にシロは、己が完全に囚われた事を自覚した。
もうひとつの結末 46
10/05/24
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