教会を出てダアトの町を抜ければ、森の中に隠したアルビオールまですぐである。それまでアリエッタと何事か言い争っていたアニスが、その時ようやく気付いた。
「あれ?フローリアンは?」
「あら、いつの間にかいなくなっていますわ」
「俺が使いを頼んでいた。……どうやら、先についていたようだな」
ほら、とクロが指し示した方にアルビオールの機体が見えた。そしてその下にいるフローリアンとノエルと、その他数名の人影も。
「みんなおっかえりー!遅いよー待ちくたびれたよー!」
「ごめんごめんフローリアン……って、え?」
駆け寄ろうとしたアニスの動きが止まった。不思議に思ったアッシュだったが、フローリアンと一緒にいた人物の正体を知って納得がいった。直接話したことは無かったが、その高い信仰心やら何やらで存在は知っていた。あの人たちは確か、アニスの両親である。
「あらあらアニスちゃんおかえり」
「え、ええっ?!何でパパとママがここにいんの?!」
「俺がフローリアンに連れてくるように頼んだからだ」
「何で?!」
驚きに詰め寄ってくるアニスに、クロは抑えた声で答えた。
「逃がすためだ。こちら側にいれば、とりあえずモースの手は届かない。……脅される心配も無くなる訳だ」
「……!」
「言い出したのは俺ではないからな。……何か言いたい事があれば、戻ってから言え」
クロの言葉で誰が言い出したのかアニスは理解したようだ。何かを堪えるように俯くアニスを、何となく事情を察したアッシュは静かに見つめていた。「前の世界」での出来事からこの行動を取っているのだろうが、一体「前」では何があったのだろうか。聞いても絶対に教えてくれないので想像する事しか出来ない。それがもどかしかった。
「さあ早く戻るぞ。ノエル、飛べるな」
「はい!皆さんアルビオールに乗ってください!」
随分と人数が増えてもノエルは動じずに笑顔で招き入れてくれた。そうして出発したアルビオールはダアトを飛び立つ。留守番組が今どうしているかなど、考えもつかぬまま。
「何!いないだと?!」
辿り着いた先で告げられた事実にアッシュは大声を上げた。場所はベルケンド……ではなくて、シェリダンだ。一度ベルケンドに戻ってみたら、研究所内に戻り始めている神託の騎士達から逃げるために先にシェリダンへ向かったと言付けが残されていたのだった。それならばとシェリダンへ飛んでみたら再びいないという。一体どういう事なのか。
「お前さんたちの言う通り一度はここに船で来たんじゃよ、ヘンケンとキャシーおまけにスピノザを連れてな」
「だけど、アルビオール三号機がもう飛べる状態だって聞いた途端ギンジを連れてついさっき飛び出しちまってねえ」
「わしらが根性で作り上げた計測器も持って行きおったぞ。何をあんなに慌てておるのかのう」
集会所に残っていため組とい組は一仕事終えた後の茶を飲みながら出迎えてくれた。め組は脅威の速度でもうひとつのアルビオールを完成させ、い組は神秘の速度で地殻振動数を計る計測器を作り上げたらしい。「前」より大幅なパワーアップをしている気がしてならないじいさんばあさん達に、クロは頭が痛くなる思いであった。
「それで、どこへ行くと言っていた?」
「さあてのう、確かタル何とかを取りにいくと言っておったかのう」
「タル何とか……?」
「タルタロスの事だろう、今度の作戦に使う予定だったからな。という事は、グランコクマに行った訳か」
首をかしげる一同の中からクロが何なく答えてみせる。そこに、思い出したようにイエモンがメモを取り出してきた。
「おおそうじゃそうじゃ、お前さんたちがここに来たら渡してくれと言われておったんじゃ」
「書き置きか」
受け取ったクロが紙を広げるのを皆で覗き込む。そこにはお世辞にも上手とは言いがたい元気な文字でこう書かれていた。
『お疲れ!俺達はタルタロス取りに行くついでに陛下に大地降下の事伝えてくるから!そっちはそっちでよろしく!それじゃ!』
「あの野郎……」
ぐしゃり、とクロが紙を握りつぶす。この簡潔な内容からして、これからの予定はある程度クロとの間で立てていたに違いない。しかしそれでもクロは額に青筋を浮かべていた。黙って一人で先走っている事に対しての怒りであろう。
その怒りのとばっちりを受けたくはないが、それでも勇気を出してアッシュがクロに話しかけた。
「おい、その怒りを所かまわず撒き散らすなよ。発散するなら本人にしろ、連絡網とかで」
「さっきから試みているがあの屑、生意気に遮断してやがる。屑の分際で……戻ってきたら覚えていろよ……」
クロの周りにどす黒いオーラが見えた。どうやらシロに対しての鬱憤がよほど溜まっているらしい。アッシュは心の中でシロに合掌しておいた。あくまでも心の中でだ。何も言わずに一人で突っ走るシロにアッシュだってやきもきしているのだから。
だけどそれでも、今のクロの怒りを真正面から受けることになるだろうと思うと、ちょっと同情してしまうのだった。
「しかし今どのあたりにいるのか気になるな。シロに繋がらないのならルークに繋いでみるか」
「ルークが痛がるだろうが止めろ」
「こんな時に親馬鹿か!」
「あいつがやって来ると言っているんだ。こっちはこっちでやる事があるんだ、放っておけ」
心の底では気になっているくせにクロは顔を背けるだけであった。何だかんだ言って、きっと信頼はしているのだろう。
この場にルークはいなく、この様子だとしばらく会えないようだと理解したミュウがしゅんと落ち込む。
「ミュー……ご主人様にはまだ会えないですの?」
「ごめんなさいねミュウ、でもかならず会えるから。……それにしても、シロは体調は大丈夫なのかしら」
ミュウを腕に抱きながらティアが不安の表情になる。特に誰にも言えていない、シロの不調の秘密を感じ取っているティアだからこそ余計に心配なのだった。ティアの言葉にクロが大きく反応したが、結局何も言わないままであった。
一瞬硬直した空気を、えいやっとばかりにアニスが振り払う。
「それでこれからどーすんのっ?書き置きに何か色々書いてたみたいなんですけど!」
「ああ、これからマルクトとキムラスカに大地降下作戦の了承を得る。本来ならもっと早くしておくはずだったんだが、予想外の処刑騒ぎが起こって後回しになっていたからな」
「悪かったな……」
不可抗力であったが処刑騒ぎの中心になってしまったアッシュが不貞腐れたように呟く。その肩を慰めるように優しく触れたナタリアが、決意を湛えた瞳でクロを真っ直ぐ見つめた。
「それならば、バチカルにはわたくしが参りますわ」
「ナタリア!でも……」
「心配しないで下さいませ、わたくしはもう大丈夫。お父様への……陛下への説明は、わたくしの役目ですわ」
力強い意志が感じられるその声に、しばらくナタリアを見つめていたクロがひとつ頷いた。
「今から行けるか」
「もちろんですわ!」
「それじゃあさっそく行こう。導師はここで待っていて欲しい、神託の盾騎士団がまだ潜伏している可能性もある」
「僕がいては足手まといになるかもしれませんね……分かりました」
少々残念そうだったが、イオンは頷いた。導師のお世話は任せて下さいーとタトリン夫妻も笑顔で請け負ってくれる。まさか馬鹿正直に借金の肩代わりした代わりにモースにこき使われてた所を保護しに来ましたと言えるわけがないので(この天然夫妻にはそう伝えた方が良かったのかもしれないと少しだけクロは思ったが)イオンの世話係をしてくれと伝えてここまで連れてきたのだった。そんな両親にごまかすように笑いかけるアニスに、イオンが話しかけた。
「アニスは僕のかわりに皆さんと一緒に行って来て下さい」
「え、でも……」
「僕では戦えませんから。……フローリアンをよろしくお願いします」
こっそり耳打ちしてきたイオンにアニスは納得する。すっかりついていく気満々のフローリアンの面倒を見ろという訳だ。そういう事なら、とアニスも了承した。イオンの傍にはアリエッタがぴったりくっついているので、こっちは大丈夫だろう。
「それじゃあいってきまーす!」
「ずっと働かせてしまってすまないがノエル、頼む」
「分かりました!」
故郷についてからすぐの旅立ちにしかし笑顔で引き受けてくれたノエルの操縦するアルビオール二号機は、すぐにシェリダンを飛び立った。それを見送ったイオンとアリエッタは集会場でお茶を頂きつつまったりと皆の帰りを待つ、予定であったが、そうもいかなくなってしまった。
アルビオールが飛び立ってから数時間も経たない内に、もう一度アルビオールが戻ってきたのだ。ふいにアリエッタが空を指差して気がついた。
「イオン様、あれ……」
「あれはアルビオール!こんなに早く戻ってくるなんて……一体何かあったのでしょうか」
「いんや、あれはさっきの二号機じゃなくて、三号機じゃな」
驚くイオンにアストンが答えた。そう言われてみれば機体の色がさっきのアルビオールとは違い黒ずんでいる気がする。着陸したアルビオール三号機から転がり出てきたのは果たして、書き置きを残してとんずらしていたはずのシロとルークだった。
「あっイオン!ダアトから抜け出してこれたんだな、よかった!」
「お帰りなさいルーク、それにシロ。でもどうしてこんなに早く?」
「みんな、グランコクマに行ったって、言ってたです」
「クロやアッシュはいないな?よかったーちょうどいいタイミングで戻ってきたみたいだな」
キョロキョロと挙動不審な動きを見せていたシロはクロやアッシュがいないことを確かめてからようやく近づいてきた。
「いや、グランコクマにジェイドやガイを置いてすぐに戻ってきたんだ。あいつらは陛下に大地降下の事を伝えてタルタロスでこっちに戻ってくる予定だよ」
「では何故お2人だけ先に戻ってきたんですか?」
「何かなー、シロが今のうちにタタル渓谷に行くって言い出したんだよ」
首をかしげるイオンに肩をすくめてみせながらルークが答えた。ルークはシロに付き合ってついてきた様子だった。アリエッタが不思議そうにシロを見る。
「何で、タタル渓谷ですか?」
「まさか、セフィロトを起動させに行くんですか」
「おっイオンあたり!」
セフィロトの場所調べててくれたのかーと笑顔で言うシロに、イオンは心配そうに眉を寄せた。
「しかし……」
「そうそう、あそこのセフィロトはダアト式封呪がまだ掛かったままのはずだから、出来ればイオンにも来て貰いたいんだ、無理させてばかりで申し訳ないんだけど」
「僕は大丈夫です、ですがシロが……」
「俺?大丈夫だって留守番して休ませてもらったから。セフィロトの起動はルークがやってくれるだろ?」
「え?!いや、そりゃ俺がやるけど」
頷いて見せたルークもしかしどこか躊躇いながらであった。皆シロの体調を気にしているのだ。今は元気そうに振舞っているが、その様子がどこか危なっかしいものに見えるのは気のせいだろうか。妙に急いているあたりが特に怪しい。
そんな空気を感じ取ったのか、シロは明るく笑って押し切ってみせた。
「それじゃ決まり!今からタタル渓谷に行こう!おーいギンジ!またアルビオール飛ばしてくれよ!」
「いいですよー、でも休んでかなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫だって!ギンジまで心配すんなよなー」
快く返事をしながらも気遣ってくれるギンジの背中を押してシロはアルビオールまで歩いていってしまう。その後姿を、なおも心配そうにイオンが見守る。
「本当に大丈夫でしょうか……」
「大丈夫、とは言い切れないけど。ああなったらクロにも止められないっぽいからなあ」
若干諦めた様子のルークの袖を、その時アリエッタが軽く引っ張った。何かと振り返れば、純真な瞳がルークを見返してくる。
「それなら、アリエッタたちで守ればいい、です」
「えっ?」
「アリエッタの家族も、そうしてきた。赤ちゃんや、弱ってしまった子、皆で守るです」
アリエッタの言う家族とはライガの事だろうが、確かにその通りだとルークは思った。止めても聞かないのなら、無理をしないようにサポートすればいいのだ。例えば屋敷にいた時、ずっと隣で支えてくれたクロのように。例えばレプリカの事で思い悩んでいた時、責めずに引っ張り上げてくれたアッシュのように。例えば自分達のために、こんなに頑張ってくれているシロのように。
一度だけ目を瞑ったルークは、アリエッタに力強く頷いてみせた。
「そうだな、そうだよな!俺達でシロを守ればいいんだ!よーし行くぞ!」
「……はい!」
「行くです」
元気を取り戻したルークに同調するようにイオンも笑顔になる。アリエッタも手を振り上げて答えた。
背後でそんな言葉が交わされているなどとは思いもしないシロは、心の中の焦りを押さえ込みながらただひたすら前を見つめていた。
早く、早く、なるべく早く。
この身体が続くまで。壊れてしまう前までに。
もうひとつの結末 44
10/03/25
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