「おおルーク……いや、今はアッシュだったな。それにヴァン謡将……まさかあなたが我が息子の処刑を陛下に?」
「これはこれは公爵、お久しぶりです。今までのあなたからは考えられない行動で、さすがに少々驚きましたよ」
白光騎士団を引き連れ乗り込んできた公爵を、ヴァンは余裕の表情を取り戻して迎え入れた。城の兵たちはどちらに従えば良いのか分からぬまま戸惑うように双方を交互に見つめる。両者は花火を散らさんばかりに睨み合った。
「以前も反対していたアクゼリュスへの親善大使派遣を強引に推し進めた時にそばには貴殿がいたな。最近陛下のご様子がおかしかったのは、すべて貴殿のせいか」
「さあどうでしょう、私はただ助言させて頂いていただけですからな」
「とぼけたことを……!いくらダアトの神託の盾主席総長と言えども、許すことは出来ぬ!覚悟せよ!」
公爵がその手の剣を突きつければ、背後に控えた白光騎士団も勇ましい声を上げた。それを見たヴァンが手を鳴らせば、どこからともなく神託の盾騎士団が現れた。そうしてキムラスカ兵をほっぽったファブレvs神託の盾合戦が始まったのだった。しかも狭い城の廊下の真ん中で。
勢い良くヴァンへと剣を振りかぶりその身体を部屋の前からどかした公爵が、一瞬だけアッシュを見た。
「アッシュ!」
「……!」
その視線に込められた思いを不思議と瞬時に理解したアッシュは、そのまま駆け出し部屋から抜け出していた。とっさに動こうとしたヴァンとアッシュの間に、白光騎士団が強引に割り込みその姿を隠してくれる。一度足を止めたアッシュだったが、頭を振ってすぐに再び駆け出した。
「……ありがとうございます、父上……!」
剣と剣がぶつかり怒号が飛び交う中でその言葉は届かなかったはずだが、公爵の口元は薄く笑みにゆがんでいた。
忌々しい部屋から抜け出したアッシュは、城から抜け出す……前に、牢獄へと向かっていた。一緒に捕らえられたシロとその他(アッシュ視点)がきっとそこにいるはずだからだ。突然始まった小競り合いに城の兵士は大いに戸惑っているらしく、走り抜けるアッシュを止めればいいのか分からず結局そのまま通してくれた。しかしヴァンにより潜り込んでいた神託の盾騎士団の者たちは別であった。神託の盾と比べれば白光騎士団の数は決して多くなかったので、一部がアッシュの前を遮ってきたのである。
「ちっ!時間がない上に武器も取り上げられちまっているところに……!」
いざとなれば超振動があるが、出来れば人に向けて打ち込みたくはない。ためらっている間に武器を持った神託の盾兵はゆっくりと近づいてくる。この拳一本で切り抜けるか、とした所で不意に声がかけられた。
「アッシュ、その場で伏せなさい!」
「?!」
とっさにかがめば、真上を鋭い速さで何かが通り抜けた音と、兵の悲鳴が聞こえた。原因はすぐに判明した。アッシュの頭の上を通り抜けた高速の矢が神託の盾兵を襲ったのだ。
「キムラスカ城で神託の盾騎士団が暴れているなんて……お父様は一体何をしていのですか!」
「な、ナタリア……!俺が動くのが遅れていたらどうするつもりだ!」
「あら、あなたなら避けられると信じていたからこそ真っ直ぐ射ることが出来たのですわ。誇っていいですわよ、アッシュ」
弓を担いで颯爽と現れたナタリアは城の中の有様に憤慨しているようだった。一瞬怯みはしたがなおも襲ってこようとする神託の盾兵を、その後ろから駆けつけたクロが瞬時に斬りつけた。不覚にもその姿を見て安堵した自分に腹立たしくなっていたアッシュの元へ、クロの横をすり抜けてルークが駆けつける。
「アッシュ!大丈夫か?まだ生きてるか?よかったー……!」
「ちっ、おい、この体たらくはどういう事だ」
「小言は後にしてくれ……今はシロたちを」
不機嫌なクロから目をそらして言葉を遮ったアッシュが逃げるように足を動かそうとすれば、大きな地響きが辺りを揺らした。それとともに地下の牢獄へと続く頑丈な扉があっけなくぶち破られる。
「っしゃーんなろー!乙女をあんな暗くて不潔で冷たい牢獄に閉じ込めるたあどういうつもりだっていうのよー!」
「まったくです!この天才ディスト様をあのような原始的な部屋に閉じ込めるなんて、許してはおきませんよ!」
「二人とも捕まってたくせに元気だなー……」
キレ気味のアニスが操るトクナガにブツブツ文句を言うディストと若干元気のないシロが抱えられるようにぶら下がりながらの登場だった。どうやら自力で脱出してきたらしい。
「シロ!無事か!」
「!アッシュ!よかった、無事だった……っうわ」
アッシュの姿に気がついたシロがトクナガから抜け出してこちらに駆け寄ろうとするが、途中でよろめいてしまう。そこに信じられない速さで近づいたクロが倒れきる前にシロの身体を受け止めていた。恐ろしいほどの早業である。
「大丈夫か」
「あ、あれっクロ?何だ皆も助けにきてくれてたのか、ありがとな」
「何やら不快な生き物も一緒のようですが、今はここから脱出することが先です、早く行きましょう」
城から外への出口を確保しながらジェイドが声をかける。それに皆が従おうとしたが、一人ナタリアだけが立ち止まった。
「……皆で先に行ってください、わたくしはお父様を問いつけてきます」
「ナタリア、いくらあなたでもこの中一人残るのは危険だわ!」
「しかし、この国の王の……いえ、父親の暴挙を娘であるわたくしが見逃し逃げるなんて、出来ませんわ!」
「なっナタリア!待てっ!」
静止を振り切りナタリアは一人階段を駆け上がっていってしまった。それを放っておけるはずがない、全員であわてて後を追いかける。ナタリアがバシーンと勢い良く扉を開けて謁見の間へ乗り込めば、そこにはインゴベルト陛下と傍らにモース、それにラルゴとシンクがいた。
「な、ナタリア……」
「お父様!ありもしない罪をでっち上げてルークを処刑し、マルクトに宣戦布告をしようとするなんてどういうつもりですの?!」
「おやおや、問い詰めるためにわざわざこんな状況で乗り込んでくるなんて、度胸ある姫様だね」
怯むインゴベルトに真っ直ぐ指を突きつけるナタリアを、横から見ていたシンクが笑う。睨み付ければとぼける様にそっぽを向いた。強い視線でインゴベルトを射抜くナタリアの後ろから、アッシュも声を上げる。
「あの髭……ヴァンがここにいると陛下の様子がおかしいと聞いた……どうなんだモース」
「ふん、ダアトを裏切ったお前に言うことは無いわ!さあ陛下、もう一人の罪人もやってきましたぞ!」
「罪人……まさか、わたくしの事を言っているのですか!」
モースのいやらしい視線はばっちりナタリアを見ていた。しまった、とシロとクロが思っても遅かった。頼まれもしないうちにモースがしゃべり始めたのだった。
「そう!貴様もそこのレプリカルークと同じ偽者の姫なのですよナタリア殿下……いや、かつて王妃の使用人であったシルヴィアの娘メリル!」
「何ですって……」
「シルヴィアの母である殿下の乳母が証明したのだ、死産であった本物のナタリア殿下とわが孫を摩り替えたとな!その事実を事前に知ったお前は実の両親と引き裂かれた恨みからアクゼリュス消滅に加担したのだ、どうだ!」
モースが誇らしげに語る話を、ナタリアは身動きせずに静かに聴いていた。そしてそれが終わると、握り締めていた手をゆっくりと解いて、顔をあげた。
「それが……」
「む?」
「それが何だと言うのです!」
「「ええっ?!」」
勇ましいナタリアの声に驚いたのはどっちかというと仲間たちのほうだった。衝撃の事実に声を無くしていた所だというのに、当の本人の口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかったのだ。ナタリアはうろたえるモースをきつく睨みつけながら、高らかに言う。
「赤髪の王家の一族にわたくしだけ金髪……もしかしたら、なんて昔からちょっとだけ考えたりした事もありましたから、そんな事今さらですわ!それより言いがかりをつけて戦争を行うなど言語道断!お父様……いえ、陛下、どうか考え直して下さいまし!わたくしの事などどうでもいいのです、この国の、世界中の民が戦争を望んでいないことを、陛下ならご存知のはずです!」
ナタリアの視線は、言葉は、真っ直ぐインゴベルトを貫いたようだ。頼りない感じであった表情が、どこか迷うような、苦悶の表情に変わる。その様子を見ていたシンクが、苦々しく舌打ちをしてみせる。
「さすがにまずいね、余計なことされる前に皆始末した方が良い。ほらやるよラルゴ」
「………」
シンクに促されたラルゴが少しの間の後に一歩踏み出す。それを見たクロがすぐに動いてナタリアの腕をつかんだ。
「今この場で戦闘になるのはさすがにまずい、いったん引くぞ」
「ですが……!」
「父上が髭野郎を抑えてくれている、今行かないと逃げられなくなるぞ!」
「えっマジで父上が?!」
アッシュの言葉に驚く一同だが、それならばなおさらこんな所で立ち止まっているわけには行かない。躊躇うナタリアだったが、モースが何かわめいてシンクとラルゴがこちらに向かって来るのを見て決意をしたようだった。攻撃されないうちに駆け出し、謁見の間を飛び出す。
引っ張られながら何とか走るシロが、クロに尋ねる。
「それで、どうやって逃げるんだ?アルビオール?」
「いや、神託の盾騎士団の姿が町にも見えたから先に避難させている。俺たちはイニスタ湿原を通って途中で適当な場所で拾ってもらう予定だ」
「ででででも、バチカルからはどうやって出るんだ?」
城を出たところで前を走るルークが不安そうに振り返ってきた。それほど町の中に神託の盾騎士団の姿が多かったのだろう。今のところキムラスカ兵は追いかけてこないが、それも時間の問題かもしれない。クロが頭の中で必死に逃走ルートを考えていれば、昇降機から聞き覚えのある声がかけられた。
「ガイラルディア様!それに皆さん!こちらです!」
「ペール!お前も動いていてくれたのか!」
ガイが手を上げれば、物陰に隠れて道を確保してくれていたらしいペールが姿を現した。えっ何でペールがと戸惑う者たちもいたが今は説明している時間は無い、後でガイが直々に説明してくれるだろう。
「旦那様の命でもありましたからな。それに下の町では市民の皆も道の確保に協力してくれていますぞ」
「まあ、そんな危険なことを……!」
「さあ早く急いでください、ここは我々にお任せを!」
城から追いかけてきた神託の盾兵を、ペールと共に残っていたわずかな白光騎士団が迎え撃つ。心の中で精一杯の感謝の言葉をつぶやきながら、一同は昇降機に飛び乗った。喧騒で渦巻くバチカル城は、すぐに見えなくなった。
もうひとつの結末 39
09/11/14
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