「さて、一通り見てからさっさと陛下に報告してさっさとグランコクマを去りましょうか」
「おいおい今から会いにいくのに今から急いでどうするんだよ」
「でも俺も長居はあんましたくねーな……あの陛下のノリは何つーか苦手だ……」


第一段階を終わらせる事が出来た達成感と安心感により緊張が少しほぐれた最愛組は、ザオ遺跡から砂漠を通ってケセドニアへと舞い戻っていた。
出口でノエルと落ち合う予定であったが、皆が遺跡に入っている間にメンテナンスのために故郷へ戻り、出てくるまでには戻ってくると言っていたノエルはまだ帰ってきていなかったのだ。
そのままアルビオールを待ち、そのままグランコクマへと飛んでもよかったのだが、魔界へと下ろされたケセドニアの様子を少し見てからにしようという事で砂漠を越えて来たところである。紫色の空気に人々は不安そうにしているが、アスターの伝達のお陰か思ったより混乱は無いようだった。


「この様子ならしばらく大丈夫そうですわね。よかった……」
「けど、何か変な感じがするわ」


ホッとするナタリアの横で、ティアが辺りを見回す。ハテと首をかしげてルークも周りを眺めてみれば、確かに人々のざわめきが少し気になる。その違和感の正体は程なく知れた。今まさに大地が降下した所で、町ではこの話で持ちきりでもおかしくないはずなのだが、町人はどうやら別な事も噂しているらしい。大地降下よりも衝撃的な噂とは、どれほどのものなのだろうか。


「少し聞いてくる」
「あっ俺も行くっ!」


歩き出したクロの後ろに慌ててルークもついていく。後ろにルークがくっついてくるのを律儀に待ってから、クロはすぐそばにいた人の良さそうな露店の店主に声をかけた。


「すまない、町の者が何か噂しているようだが、知らないか」
「あれ、あんたこの町が地の底に降ろされたの知らないのかい?」
「それは知っているが、他には何か無いか」
「それなら、バチカルでの処刑の事かねえ」
「しょ、処刑?!」


いきなり飛び出した物騒な言葉に黙って聞いていたルークが思わず声を上げた。クロも予想外の事に内心驚きながらも、店主へと尋ねる。


「詳しく聞かせてくれないか」
「いやあ、空飛ぶ乗り物に乗ってたお姉さんが言ってたんだがね、慌てふためいてて詳しくは聞いてないんだ。どうやらお連れさん達を探しているようだったよ」
「もしかしなくてもノエルだ!」


どうやらノエルは帰ってきていたようだ。しかし、ザオ遺跡出口で落ち合う約束をしていたのに、何故ケセドニアに帰ってきたのだろうか。クロは目を細めて、考えてみた。


「あんまり慌てて俺たちがどこに行っていたのかも忘れたとか言うんじゃないだろうな……」
「ありうる、のかな……?」
「何にせよあまり良くない噂だよなあ、人によってはその処刑される者がマルクトの人間で、キムラスカが正式に宣戦布告をするんじゃないかと言う奴もいるし。まあ地面ごと落ちてしまったこの辺りはもう戦争も関係ないかも知れないがな」


そう言って笑う店主に礼を述べて、2人は皆の元へと戻った。そうして聞いた事を伝えれば、ジェイドがさらに不吉な事を言い始める。


「ノエルが慌てていた、という事は、もしかしたら私達の知る人物が処刑されそうになっているのかもしれませんね」
「ええーっ!誰、誰の事だよ!」
「落ち着いてルーク、まだそうと決まった訳じゃないわ」
「お父様……処刑だなんて、一体何を考えていらっしゃるの……!」


一様にショックを受ける面々。このままここに立っていても埒が明かないので、クロは騒ぐルークの頭を抑えてケセドニアの出口へと顔を向けた。


「とにかくノエルを探すぞ。アルビオールの傍にいるはずだ」
「う、うん!」


周りの人々に怪訝な顔をされない程度の速さでケセドニアから外に出れば、目の前にすぐ大きなアルビオールの機体が見えた。その足元にはノエルがあっちに歩いたりこっちに歩いたりしていたが、こちらに気付いてすぐに駆け寄ってきた。


「皆さんすみません!私外郭大地に戻ったときに良くない噂を聞いて、気が動転して遺跡まで飛ばすのを忘れてました!」
「マジで忘れてたのかよ!」
「本当にすみません!気付くまでちょっと時間かかって、それならここで待ってた方が行き違いにならなくていいかなと思って……!」
「賢明な判断でしたね」
「それで、その良くない噂というのは、何だ」


嫌な予感を感じつつクロが代表して尋ねれば、ノエルの口から飛び出した話は皆を驚愕させるのに十分な噂だった。


「それが、名を偽った事とアクゼリュスを崩壊させた罪で、「ルーク・フォン・ファブレ」のレプリカがバチカルで処刑される、と!」
「「はあああ?!」」


驚愕の声を上げた一同は、揃ってノエルに詰め寄った。中でも一番驚いているのは、もちろんその処刑されると噂されている張本人のレプリカ、ルークである。


「そそそそれはどういう事だ、俺処刑されんのか?!たっ確かにアクゼリュスを崩壊させた罪は俺にあるけど、でも!」
「ルークを処刑だと?!そんなのは俺が絶対に許さないぞルウウウクウウウウ!!」
「それは何かの間違いですわ、お父様がルークを処刑されるなんて、そんなはずはありません!」
「すすすすすみませーん!」
「み、皆落ち着いて、ノエルが驚いているわ!」
「いやはや皆さん元気ですねえ」


ティアが必死で皆を押し留めている間に、クロは宙を見上げて目を閉じた。とりあわずルークはこの場にいるので、向こうは今どうなっているのか連絡網を繋いで尋ねようと思ったのだ。しかしいつもならすんなりと繋がるはずの回線は、ひどいノイズに邪魔をされてどうしても繋がらなかった。悪い予感は的中したようだ。


「おそらく処刑されそうになっているのは……アッシュだろう」
「え、ええー?!アッシュが処刑?!何で!」
「あなたは一度アッシュと並んで鏡を見る事をオススメしますよ、ルーク」


ジェイドに言われて、ようやくルークはアッシュが自分と間違われたのだろうという事に気がついた。とっさにクロを見るが、クロは無念そうに首を横に振る。


「回線は繋がらない。髭野郎が邪魔をしているのかもしれないな……」
「いっ一大事だ、早く助けに行かないと!」
「そうだな。こうなれば、グランコクマは後回しだ」
「皆さん、アルビオールへ!バチカルへ飛ばします!」


皆が急いで乗り込めば、アルビオールはすぐさま宙に浮き、外郭大地へと飛び上がっていった。席に座りながら、ルークはギュッと手を握り何かに祈る。
どうか、間に合いますように。




一方その頃、キムラスカのお城の中では、兵とアッシュが素手で死闘を繰り広げていた。


「てめえらそこをどけ!一体何を考えてこんな事しやがる!」
「お、落ち着いてください!今アルバイン様がこちらに来ますから!ぐふっ」
「はっ早く来てください大臣様ー!」


当然のように武器を取り上げられて1人別室に閉じ込められたアッシュが脱出しようと足掻き、傷つけるなしかし部屋から出すなと命令された兵士達が出口を何とか塞いでいる状況だった。殴られ蹴られしている兵士達がいっそ哀れである。そこへやっと慌てた様子でアルバイン大臣がやってきた。


「これ、何をしている、大人しくしないか!」
「黙れ、でっち上げた罪とおまけに人違いで処刑しようたあ国を挙げてふざけてんのか、ああ?!これが本当に叔父上の命令なのか!」


すごい剣幕で捲くし立てるアッシュに、アルバインも怯む。滲み出る汗を拭きながら、やっと声を上げている状態だ。どうやらこの様子を見るに、今回のこの騒動に大臣も兵士も戸惑っているらしい。


「こ、これが陛下の命令と言えば確かにその通りなのだが、しかし……」
「何だ、何かありやがるのか」
「これは私から陛下へ進言した処刑なのだよ、「ルーク・フォン・ファブレ」様」
「っ?!」


その時響いた声にその場にいた誰もが驚きにびくついた。それほど恐ろしいものを蓄えた声であった。嫌な予感に心臓が跳ねるのを自覚しながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる人物をアッシュは思いっきり睨みつける。


「ヴァン、しかも、ヘタレじゃなく鬼畜の方か……!」
「ふっ、貴様らに我々は随分と好き勝手に呼ばれているらしいな」


悠然たる笑みを浮かべて細めるその瞳に見える狂気の光に、アッシュは後ずさりしないようにそこに立っているだけで精一杯だった。心情的には今すぐボッコボコにのしてやりたいぐらいなのだが、身体が動こうとしない。情けない己に舌打ちしている間に、ヴァンは目の前にやってきていた。


「てめえ、預言ぶっ壊すために動いてるんだろうが、俺を殺して預言を成就させてどうしようというんだ」
「預言も使える所は使っておかねばな。さあ、自ら毒を飲み命を絶つか、この私に惨めに斬られるか、どちらか選ぶのだ」


恐怖の表情で兵士が差し出してくるグラスと、剣に手をかけるヴァン。アッシュの頬を汗が流れ落ちた。絶体絶命であった。せめてここにいるヴァンがもう1人の方だったらもう少し隙もあったかもしれないのに。
とうとう剣を抜いたヴァンに、半分諦めかけたアッシュの耳にその時、勇ましい声が聞こえた。城へと攻め入る声であった。思わずヴァンも手を止めて、怪訝そうに振り返る。


「いくら空を飛べるとはいえ、二手に分かれた片割れがやってくるには早すぎる。これは一体」
「我が息子を処刑などと、いくら陛下でも許せん、行け!」
「「うおおおおおお!!」」
「?!」


開け放たれた部屋のドアから見える、廊下の向こう側に、見慣れた純白の甲冑があった。白光騎士団が城に乗り込んできているようだった。しかもそれを指揮する人物の声を、アッシュは信じられない思いで聞く。そしてその思いは、ヴァンも同じだったようだ。


「あの愚かな公爵をここまで手懐けたか……っふ、伊達に時を繰り返しているわけではないという事か」
「ルーク!無事か!」


どこか楽しそうに笑うヴァンの背後に現れた公爵が己を真っ直ぐ見て「ルーク」と呼んだ事に、アッシュは声も出せなかった。





   もうひとつの結末 38

09/10/24