ザレッホ火山の奥にセフィロトがあるらしい。しかし、奥という事は火口へと入っていかなければならないという事だろうか。アッシュは不安に思ったが、しかしシロはあっさりと教会奥の隠し扉からザレッホ火山内部へと入ってしまった。


「ここに隠し扉があるんだよ、なあアニス」
「え?!えーっと、そっそうみたいだねーあはははは」


明らかに不自然に話を振られて盛大に慌てるアニスに首を傾げるが、シロはそれ以上つっこまずに相変わらずディストを引き摺りながら先に歩いていってしまった。戸惑うアニスの傍らに立ち、そっとイオンがその背中を押す。


「さあ行きましょうアニス、置いていかれてしまいますよ」
「は、はい……」
「……?」


その意味ありげな様子が気になるが、聞くことも出来ずに2人も歩き出してしまう。さっきからすっきりしない事だらけで、アッシュの機嫌はあまりよくなかった。自分の体調の事もあって、どうもイライラしてしまう。そんなアッシュの背中をドンと勢い良く押してみせたのは、にっこにこ笑うフローリアンだった。


「アッシュ早く行こ行こ!ここのパッセージリングってどんなものなんだろうね楽しみだねー!」
「……お前は、癒し系だったんだな」
「へ?」


半分仮面に隠されていても読み取れる裏表の無い純粋な笑顔にアッシュはほんのり癒された。(フローリアンには失礼な事だが)これがルークの笑顔だったら癒しの効果も数倍だったのだろうと考えつつアッシュも皆の後を追う。ルークとの間には今、言葉では言い表されない何かが起こっている気がしてならないが、それでもやっぱり会いたかった。





ザレッホ火山奥のパッセージリングをシロの記憶頼りに起動させ(こうだったかなああだったかなとちょっぴり曖昧な起動で少し不安だが)、再び教会の方へ戻ってきたとき、イオンが皆を呼び止めた。


「すみません、ダアトを離れる前にしておきたい事があるのですが」
「どうしたんですかイオン様?」
「実は、第七譜石の預言を見ておきたいんです。シロやクロから内容は伺っていますが、導師である僕自身の手で確かめのためにもう一度見たいと思って……」
「そ、それは駄目だっ!」


イオンが全てを言い終わる前に、シロが慌てた様子で身を乗り出した。


「預言をよむだけでも力を使うだろ、さっきダアト式封呪を開けてもらったばかりなのに、そんな無茶したら駄目だ!」
「シロ、僕の身体を心配してくださってありがとうございます。しかし大丈夫ですよ、これぐらいの事」
「駄目!とにかく絶対に駄目だっ!」
「おいシロ、少し落ち着け!」


イオンに詰め寄る勢いのシロの肩を力強く掴んで、アッシュが引きとめた。シロはハッとした表情でアッシュを振り返ってくる。


「アッシュ……」
「最近お前気が逸り気味だ、一体何があったんだ」
「ご、ごめん……何か俺、色々と焦っちゃってるみたいだな」


アッシュにじっと見つめられて、シロは幾分か落ち着いたようだった。しょんぼりと肩を落としてしまう。落ち着かせたかったのと何か聞き出せたらと思っていたアッシュは落ち込ませようと思っていたわけではないので、少しだけ慌てた。


「いや、まあ、こんな状況じゃ焦るのも仕方ない部分もある、かもしれねえな」
「あはははアッシュ慌ててるー!」
「うるせえ黙れ!……って、フローリアン、それは一体何だ」


指差して笑ってみせるフローリアンに一度怒鳴ってから、アッシュはその腕の中にある物体に気がついた。いつの間にどこで手に入れてきたのか、そこには古めかしい一冊の本が抱き締められていたのだ。ようやく自分の足で歩く事が出来たディストが、おやと声を上げる。


「それは……禁書じゃないですか、どこから持ち出してきたんですか!」
「僕がフローリアンに頼んだんですよ。その本の中にはきっと大地降下のために役立つ事が書いてあると思いまして」


いつ指示を出したのか分からないが、イオンがフローリアンに頼んでいたらしい。その本の事忘れてたーと顔を上げるシロに、フローリアンが本を手渡す。横のディストは明らかに自分が解読したそうな目で本を見つめていた。


「よし、これをベルケンドに持っていって、ジェイドに解読してもらわなきゃな」
「あの陰険ジェイドに頼むまでもありませんよ、解読ならこの天才ディスト様にお任せあれ!」
「えー、ディストだと何か不安だなあ」
「ムキーッどういう意味ですかっ!」


ワイワイと話しながら大きな門をくぐって長い階段を降りきった時、ふいにシロが何かを感じ取って辺りを見回した。それを見たアッシュも、周りの空気が若干違う事に気がつく。町の喧騒がやたらと耳につく。とても嫌な感じだった。何事かと口を開こうとした、その時。眩い閃光が視界を遮り、電撃の走る音が耳を貫いた。


バチィッ!!

「っつう!」
「シロ!」


傍にいたイオンを庇って譜術を受けたシロが地面に倒れる。その一瞬後には剣を抜いたアッシュが譜術を放った神託の盾騎士団の者を切り伏せていたが、そこに数本の剣が突きつけられる。一行はいつの間にか、神託の盾兵に取り囲まれていたようだ。


「っ屑が、待ち伏せてやがったか!」
「ひーっわっ私は六神将の1人ですよ、剣を向けるとは何事ですか!」
「そもそもこの方を誰と心得てんのあんたたち!イオン様を狙って譜術を放つなんて……!」


飛び上がるディストはとりあえず放っておいて、トクナガを大きくしながらアニスが鋭く回りの兵士に怒鳴った。しかし兵士たちは微動だにせずこちらの動きを抑制してくる。そこに、耳障りな笑い声が響いた。


「はははは、のこのことこのダアトに入り込んで無事抜け出せると思っていたか、この犯罪者共め!」
「モースか!」


兵士達の輪が割れてそこから歩み出てきたのは、モースだった。何だか久しぶりにその姿を見た気がする。しかし全然嬉しくなかった。動きを止めざるをえない一同を見て、満足そうにほくそ笑んでいる。


「ふん、そこの朱色の髪の者をまず潰せというヴァンの言葉は本当だったようだな」
「髭の差し金か……!」


アッシュは兵士達の動きを警戒しながら、背後のシロを振り返った。イオンが寄り添っているが、どうやら動ける状態ではないようだ。譜術が直撃したのだから当たり前の事だが、何となくアッシュはそれだけの事ではないように思った。シロの体調が、日に日に悪くなっているような気がしていたのだ。ザレッホ火山のパッセージリングを起動させた時もふらついていた。その状態で先程のダメージを受けて、身を起こすことも出来ないのではないのだろうか。
しかし時間はアッシュが考え込む余裕を与えてはくれなかった。モースが勝ち誇った顔でビシッとアッシュを指差してみせたのだ。


「さあて、観念してもらおうか、ルーク。いや……ルーク・フォン・ファブレを騙りしレプリカ!」
「なっ?!」
「貴様は親善大使という大役を利用しアクゼリュスを落とし、救援隊を虐殺しさらに導師イオンを誘拐した。しかもその正体は本物を偽るレプリカだった!これは許されざる悪行である!」


突然の事にあっけにとられている隙に、兵士達が詰めかけ羽交い絞めにされてしまった。自分がルークと間違われている事にアッシュが気付いたのは、その後の事だった。


「ちょ、おいてめえ!罪状が全て言い掛かりなうえに人違いだろうが!」
「そんな見事な赤毛をしておいて何を言うか!確かに髪は長くないが、どうせカモフラージュのために切りおったのだろう。この私の目は誤魔化されんぞ」


ニヤニヤ笑いのモースがとてつもなくムカついた。おそらくモースにとって、アッシュが本物のルークであるかそうでないかなど、関係ないのだ。オリジナルでもレプリカでも、預言通り「ルーク」が死ねば戦争が起こり、永遠の繁栄が待っていると信じているのだから。


「導師イオンと、そこの緑の子ども以外は連れて行け!バチカルに連行するのだ!」
「待って下さいモース!この方達は悪い方ではありません、これはあまりにもひどすぎます!」
「おお、導師イオンは誘拐されたショックで気が動転しておられるようだ。お部屋に案内して差し上げろ」
「うわーんみんなー!」


イオンとフローリアンは離され、教会の方へ連れて行かれる。残された4人はモースの後から自由を奪われたまま、港の方へと連行されてしまう。


「まま待ってよ!私は導師守護役なのにどーしてイオン様と離される訳?!もーっ離しなさいよこんちくしょー!」
「だから私は六神将の1人薔薇のディストだと言っているじゃないですか!何故私まで連行されなければならないんですか!」
「くそっ離しやがれ屑どもがっ!覚えてやがれ髭ーっ!」
「ははははは!」


その場には悔しそうな皆の声と、最高に上機嫌なモースの笑い声が響き渡るのみであった。





   もうひとつの結末 37

09/09/17