ザオ遺跡内は、地盤沈下の影響かあちこちで一部が崩れてきているようだが、幸いパッセージリングまでの道はまだ残ったままだった。すでに開けられているダアト式封呪をくぐれば、神秘的な音素の光に包まれる。先に進めば、シュレーの丘にもあったパッセージリングの姿が見えた。
「えーっと、こいつを動かすには、どうすればいいんだっけ?」
「私がその譜石の前に立てばいい、とシロは言っていたけれど……」
ティアはおそるおそる、パッセージリングの前にある譜石の傍へ歩いていった。するとシロのときと同じように光がティアに吸い込まれ、譜石が反応し無事パッセージリングは起動した。ホッと息をつく一同の中で、ティアだけが驚きに目を見開いて口元に手をあてた。一瞬であったが、身体の中に流れ込んできたあの感覚。別れる前のシロの言葉が蘇る。
「これは……シロ、あなたまさか……」
「ティア?どうしたのですか?」
「……いえ、何でも、何でもないわ」
心配そうに声をかけてきたナタリアに、ティアは首を振るだけだった。とても言葉だけで説明できるものではなかったのだ。
頭上に現れた操作盤を見上げ、そこに浮き出る赤い文字にジェイドが眼を細める。
「やはりあなた方の言うとおり、パッセージリングは限界に達しているようですね」
「そうだ。だからこそ大地を降下させなければならない。おい眼鏡、どこを削ればいい」
「あっクロ!それ俺!俺がやる!」
前に進み出るクロに慌ててルークがしがみついた。驚いてクロが振り返れば、真剣な表情でこちらを見つめるルークの視線とぶつかる。
「さっきはアッシュがしてただろ、だからここでは俺がやる!」
「ルーク……。超振動の制御はレプリカよりオリジナルの方が容易だ、それにあまり体力を消費しては」
「制御の仕方はクロにも教えてもらってるし、体力だって大丈夫!アッシュだって言ってただろ、俺たちの世界なのに、クロやシロに全部やってもらうのはダメだ!」
ここは絶対に譲らないと言わんばかりにしがみつく腕に力を込めるルークに、クロは何か胸にこみ上げるものを感じた。そのまま頭を撫でまくって褒めちぎりたい衝動を押し殺しつつ、ルークの肩に手を乗せる。
「……分かった、やってみろ。但し駄目だと思ったらすぐに言え、無理は絶対にするな」
「!うん!ありがとうクロ!」
こうして、後ろからクロに見守られながらルークが超振動を使う事になった。ジェイドが指示するように操作盤を削り、全身系を集中させて慎重に超振動を放つ。いくら練習をしてきたとはいえ、やはり身体に負担がかかる。しかし少しでもふらつきでもすればすぐにクロが止めさせてくるに違いないので、ルークは意地で乗り切ることが出来た。固唾を呑んで見守る皆の中から、ジェイドが操作盤から目を外し珍しく柔らかく微笑んでくれた。
「これで大丈夫です、シュレーの丘のパッセージリングとも繋がって、今から大地が……」
「うおっ、地震か?!」
「ちょうど今、この大地が魔界へと降りている最中なのですね!」
ジェイドの言葉を遮って揺れ始める地面。気が抜けたのと合わさってよろめくルークを、クロがしっかりと後ろから支えてくれた。
「良くやった、ルーク。これでこの辺りはひとまず大丈夫だ」
「へ、へへ……!どーだ、俺にだってこれぐらい出来るんだぜ、クロ!」
「ああ、そうだな」
ぐいっと拳を突き出せば、クロが微笑んでコツンと拳をぶつけてくれた。頭をなでてもらったり甘やかしてくれたりするのは嬉しいが、一番ルークが嬉しいのはこうしてクロが自分を認めてくれる事だ。早く少しでも強く大人になりたいと願う七歳児を、クロはどこか寂しい気持ちを感じつつ暖かく見守る。そうこうしている内に、地面の揺れはゆっくりと収まっていった。
「……これで、この辺りの大地は魔界に降りたと言う事かい?」
「外に出てみれば分かる事です。行きましょう」
ここで出来る事は全て終わったので、外に待たせてあるノエルとアルビオールの元へ行くために皆で歩き始める。クロの隣に並んだルークが、その顔を見上げながら話しかけた。
「なあクロ、アッシュとシロは大丈夫かな、上手くやってるかな」
「上手くいってなかったら回線で何かしら連絡があるだろう、そんなに心配をするな」
ルークを宥めながら、しかし若干クロも気になっていた。何しろ向こうは敵の本拠地とも言えるダアトへと向かったのだ、危険な事が待ち受けているかもしれない。しかしこちらから回線を繋げば確実に過保護だの心配性だの言われるに違いないので、ここはぐっと堪える。自分で言った通り、何かあれば向こうから連絡があるはずなので、それを待つしかなかった。
最愛組が大地降下作業に入る前、ユリアロードを通って外郭大地へと戻ったシロとアッシュ、そしてアニス、イオン、フローリアン(以下親愛組)は、無事ダアトへと到着していた。ダアト教会の大きな扉の前で、並んで感慨深げに見上げる。
「たっだいまー!」
「久しぶりに戻ってきたなー。俺のへそくりまだ残ってるかな」
「んなもん取っておいたのか……。とにかく早く用事とやらを早く終わらせるぞ」
腕を振り上げるフローリアンの横で呑気に呟くシロを、アッシュは辺りをどこか警戒しながら急かした。このダアトではどこで六神将やヴァンたちに見つかるか分からないのだ。そうだった、と手を打ったシロは、さっさと教会内へ入っていった。
「とりあえず、ディストのところに行こう。あいつの部屋どこだったっけ?」
「ええっディストのところに行くのー?!何で何で?」
警戒していたのに肝心のその六神将の1人に会いに行くと聞いてアニスが飛び上がった。アッシュもものすごく問いただしたそうな顔をしている。無理もない。
「頼みごとをしてたんだ。それが今どうなってるか聞きに行くんだよ。ついでに出来ればベルケンドに行って貰いたいんだけど」
「ベルケンドに?どうしてまた……」
「まーまー。とにかく中に入ろう、ここに突っ立ってたらマジで他の奴に見つかっちまうし」
戸惑う一同の背中を押してシロはダアト教会、そして神託の盾騎士団本部へと入っていった。他の誰も覚えていなかったが辛うじて生真面目なアッシュがディストの部屋を覚えていたので、無事長くて広い廊下を迷わずに辿り着く事が出来た。
「おーいディスト!いるかー!」
「ななな何ですかいきなりっ!人の部屋に入る時はノックをするのが常識でしょう!」
勢い良く扉を開ければ、運よくディストを発見する事が出来た。ディストは物音に驚いて振り返った途端、そこにいた面子を見てさらに嫌な顔をした。
「いつの間にかいなくなっていたシロにアッシュ、そしてイオン様にフローリアン、アニスまで!一体何の用です」
「そういえばディスト、確かあなたにフローリアンのお世話を頼んでいたはずですが」
思い出したようにイオンが声をかければ、ディストが罰の悪そうな顔をする。フローリアンのほうはまったく気にも留めずに、逆にぶーぶーと文句を言い始めた。
「だってディストってば実験ばっかりしてつまんないんだもん、遊んでって言っても怒るし!」
「あなたの低俗的な遊びに私はついていけないんですよ!そもそも世話は本来ならシンクやあなたアニスの役目だったでしょうに、何故私がやらねばならないんですか!」
「私にはイオン様をお守りする役目があったんですー!連れていけたら連れていってるし!ちょうど任務が無いって言うから任せたのに、フローリアンほっといて実験ってどーいう事!?」
「ぐっ……!」
アニスに凄まれて怯むディストに、控えめにシロが声をかけた。
「でさ、ディスト。俺が頼んでた件どうなってる?」
「あーもうこの天才ディスト様を皆でこき使ってっ!ええ、あなたの頼んでいた大爆発の件はまだ調査中ですよ、そんなに急かさないで下さい!」
「大爆発?」
聞きなれない単語にアッシュが首を傾げれば。シロが慌ててディストをどついて黙らせた。かなり怪しい。
「わーっ馬鹿言うな!ま、まあ進んでるならそれでいいよ、うん!」
「ぐふっ!こっこの薔薇のディスト様をどつき倒すとはシロ、後で覚えてなさい……!」
「おいシロ、さっきの大爆発とは何の事だ」
「何でもない何でもない!あっそうだ!」
アッシュが詰め寄る前に、ぐるりと方向転換したシロはディストの襟首をとっ捕まえたままズルズル引き摺って部屋の出入り口へと向かった。何かを誤魔化そうとする焦ったような笑顔で、どこかを指差してみせる。
「ついでにザレッホ火山のパッセージリングを起動させてこよう!あの火山にもセフィロトがあるんだぜ、ほら早く行こう!な!ディストもついでに一緒に!」
「なっ何で私が行かなきゃならないんですか!こっこらっ首が締まってますよ!」
「なーんか、とびっきり怪しいんですけどー。イオン様どうします?」
そのまま部屋を出て行ってしまったシロにアニスがイオンを振り返れば、ちょっと困ったように笑いながらもイオンも歩き出した。
「きっとシロにも考えがあるのでしょう、今は僕たちに話せない何かが。いつかきっと話してくれます、それまで待ちましょう」
「……ちっ」
少し前から様子がおかしいシロにヤキモキしているアッシュは思わず舌打ちしていた。問い正したい、しかし嘘をつくのは得意じゃないがとても頑固なシロは簡単に口を割ろうとはしないだろう。今はイオンの言うとおり、シロについていくしかないのか。
(あんなにしてまで隠すとは……まさか、「これ」の事、なのか……?)
己の胸に手を当てながら密かにアッシュは考える。まだ誰にも明かしていない自分の中の変化。これがもしシロもクロもかつて通ってきた道だとしたら。そのために内密に動いているのだとしたら。
「屑が……お前たちばかりにやらせる訳にはいかねえって、言ったばかりだろうが……!」
裏で動き決してアッシュたちには明かさず影でこちらを救おうとしてくれているシロの後姿を、しかし今のアッシュは悔しげに見つめる事しか出来なかった。
もうひとつの結末 36
09/09/07
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