アルビオールにて外郭大地へと戻ったクロとルーク、そしてティア、ナタリア、ガイ、ジェイド(以下最愛組)は、空からルグニカ平野を見下ろした。そこには戦火を確認できず、心の中でホッとクロは息をついた。ここでキムラスカとマルクトの関係がこじれ、戦争が勃発していればまたややこしい事になっていた所だ。先にピオニー陛下へ話を通していた事が幸いしたのかもしれない。


「そういや、セントビナーの住民は避難したけど、エンゲーブやカイツール、それにケセドニアの人たちは大丈夫かな、クロ」


ふと、同じように外を眺めていたルークが尋ねてきた。この辺りの地理やセフィロトの位置を把握していなければ出てこない言葉だ。きちんと勉強してその成果を発揮させているルークの頭をご褒美に撫で撫でする親バカの代わりに、ジェイドが答える。


「これから先程あなたが言った地域が崩落しないように、この辺り一帯を降下させるんですよ」
「ああそうか、それなら大丈夫なんだな。っつーかいつまでも子ども扱いすんなよなクロっ!」
「お前も照れる年頃になったか……」
「ててっ照れてねーよ!」
「しかしいきなり魔界に大地が降下しては、民が驚くのではないですか?混乱が起きなければ良いのですが」


スキンシップを図る擬似親子をスルーして、ナタリアが不安そうに呟く。するとクロの手から必死に逃れようとするルークが声を上げた。


「あ!それならピオニー陛下が謁見した時、マルクト側には大地崩落の危険性があるとか何とかそれとなく伝えるって言ってくれてたぞ!」
「まあそうでしたか、それなら少しは安心ですわね」
「後は、ケセドニアの人々にもこれからの事を伝えた方が良いんじゃないかしら」
「そうだな、あそこは自治区だからきちんとした知らせが届いていないかもしれないな」


話し合いの結果、ケセドニアを束ねるアスターへこれからの事を伝える事となった。ノエルにアルビオールをケセドニア付近に降ろしてもらい、さっそく人々で賑わうケセドニアの町へ全員で繰り出す。


「あ!あそこに売ってあるあれ何だ?見た事ねえ!あとあれも美味そう!なあなあクロ!一つ買って半分こしようぜ!」
「それなら俺が買ってやるよルークだから俺と半分kぐはあっ!」
「甘やかすな屑ガイ!ルーク、今やらなければならない事を済ませてからだ」
「ちぇーっ」


保護者対決が繰り広げられる危険地帯から少し離れて、ティアとナタリアとジェイドは後ろからその光景を見守っていた。


「いやあ、実に近づきたくない空間ですねえ」
「ルークったらいつまでも子どもなんですから。しかし、本当の歳を考えれば仕方のない事ですわね」
「そ、そうね……彼は本当は7歳だったわね」


7歳と発音するときのティアの目がどことなく輝いた気がしたが、誰もあえてつっこまなかった。そこで小首をかしげながら、今更のようにナタリアが言う。


「という事は、シロも見た目の年齢より若いという事になりますわね」
「彼の言うとおり本当に未来からやってきたのだとしたら、そうなりますね」
「何年後から来たのかしら……もしかして私よりも若いのかしら……」


16歳のティアの目がさらに光る。チーグル不在により可愛いもの欲求が溜まっているのかもしれない。何かに覚醒しそうになっているティアから目を逸らして、ナタリアとジェイドはどこか遠くを見た。ああ、砂漠の砂が目に染みる。


「まさかわたくし、あなたと2人で常識人枠に入る事になるとは思いませんでしたわ」
「私も思っていなかったのですが、いやはや、世の中色んな人間がいるものですねえ」


こうして数名が悟ったような諦観したような気分になっている間に、無駄に豪華なアスターの屋敷へ辿り着いた。どこか落ち着かない町の中のざわめきを耳にする限り、やはり砂漠の方で地盤沈下が始まっているらしい。出会ったアスターももちろん今の状況を把握しており、大地降下の事を話せば少し戸惑いながらも頷いてくれた。


「なるほど、さすがに少々途方もない話ですが……今はあなた方に任せるしかありませんな、ヒヒヒヒ」


プレイヤーの10人中9人は「後でこいつは絶対裏切るな」と信じて疑わなかった外見と笑い声をしているアスターは、すぐに皆にこの事を知らせる事を約束してくれた。人を見かけだけで判断してはならないという教訓を身をもって教えてくれた男である。
アスターの前から退室した後、ルークも後ろを振り返り気になって仕方が無いようだ。


「なあ、あの人に任せて本当に大丈夫なのか?何かすっごい怪しい顔と笑い声してたぞ」
「ルーク、小者臭がするからと言って相手が本当に小者だとは限らないものだ。もちろんその逆もだ。ヴァンを思い出してみろ」
「ああー、確かにそうだな。うん」
「さすがにちょっと兄さんが可哀想に思えてくるわ……」


一行がさっそくザオ遺跡へ出発しようと屋敷から出た時、クロが周りを気にするように見回した。どこか警戒しているような動きだった。ちょうど傍にいたナタリアが声をかける。


「あら、どうしましたクロ?」
「……いや、何でもない。ただ余計な騒ぎを起こしかけない屑大詠師がいるかどうかの確認だけだ」
「大詠師?」


どうやら国境を塞ぐものも何も無いことを確認して、クロは歩き出した。シロから前もって聞いていた事だ。「以前」は戦争が起こっていたのでケセドニア内の国境が通れなくなり、そこに邪魔な大詠師モースが立ちふさがった事を。こんな所で時間を食うのも面倒なので、もしいれば見つからないように町を出ている所だった。不思議そうにこちらを見つめる彼女の心を、不必要に乱す必要は無い。

さて、邪魔するものもいないという事で、少し余裕を持って旅立ちの準備を済ます。喜び勇んで駆け出すルークの後についていけば、静かにジェイドが近寄ってきた。


「あまり良くない噂が流れている様ですね」
「良くない噂、だと?」
「ええ。もうすぐマルクトとキムラスカの戦争が起こる、と」


思わずクロはジェイドを振り返った。ジェイドは相変わらず食えない笑みを浮かべている。どうやら町人の話を立ち聞きしたらしい。


「確か、マルクト皇帝には話が通っているはずだが?」
「確かに陛下から自ら戦争を起こそうとはしないでしょう。しかしもし仕掛けられれば、迎え撃つしかない」
「……あまり考えたくは無いが、やっぱりモースの野郎に惑わされてんのか、キムラスカ側が」


実際にアクゼリュスは堕ち、王女と親善大使は帰らないままなので、そこを開戦理由としてモースが持ちかけているのだろう。ナタリアがあれだけたくましく育ったぐらいなのでインゴベルトもそこまで流されないとは思うが。現に今戦争は回避されている状態だ。しかし、これがいつまで続くかが問題だった。


「やはり一度バチカルに戻った方がいいか……」
「その必要もあるでしょうね。まあそれはこの大地を降ろして、グランコクマへ行った後でも遅くは無いでしょう」


少し考えるそぶりを見せるクロに、ジェイドが軽く肩をすくめる。噂は流れているが、事態はそんなに深刻ではないという事だ。この後最愛組はケセドニアエンゲーブ一帯を降下させた後、全ての大地を降下させる旨を伝えるためにグランコクマへ赴く予定であった。ある程度理解しているピオニーへ先にさっさと伝えて、インゴベルトへ詳しく話しに行く方が時間短縮になるという事か。クロも頷いた。


「それがいいだろう。さっさと大地降下を終わらせて……ルーク!余計なものは買うな!そして甘やかすなと言っただろうがガイイィィ!」
「やれやれ……」


ルークを目に入れた途端に今までの空気を跳ね飛ばすようにツカツカと歩いていってしまったクロの背中を、ジェイドはため息をつきながら見送った。緊張感は無いが、始終緊張していても疲れてしまう。今のこれぐらいの空気がちょうどいいのかもしれない、と思って気を休めるしかなかった。


「さあルーク、何でも買ってやるから思う存分おねだりしていいんだぞーぐふっ!」
「成敗!」
「あっクロ!なあなあこれアッシュに似合うかな?」
「土産を選ぶなっ!今買わなくとも事態が落ち着いた後にゆっくり2人で買いに来ればいい」
「そっか!そうだな!クロも後でシロと来るから土産買わないんだな!」
「……そういうつもりではなかったが、そうだな……それもいい」


ルークの呑気な笑顔に、自らの財布を取り出して買い与えようとするガイを押しのけながらクロも思わず肩の力を抜いていた。この笑顔には人を和みの空間へ引きずり込む魔力がある。

ルークはどうやら、久しぶりにクロと行動するために浮き足立っているらしい。その姿がまた可愛い、と親馬鹿全開な脳内を何とか押さえ込むクロは、ふとルークの言葉について考えた。
言った通りまったく考えてなかったが、確かにこの世界が平和に落ち着いた後、改めて町を回るというのも悪くなさそうである。ケセドニアだけでなく、世界中のすべての町を。「前の世界」ではとうてい出来なかった事だ。今はこの世界の事で色々と切羽詰っているシロも、それが終われば肩の荷も少しは降りるだろう。そこに軽い旅へと誘ってやるのも、いいかもしれない。
……但し。


(その時、この世界に俺たちが「存在」していれば、の話だが……)
「……クロ?どうしたんだ?」
「いや、何でもない」


急に考え込み始めた姿に顔を覗き込んできたルークの視線から、思わずクロは目を背ける。不満そうにぷくっと頬を膨らませるルークに、しかしクロは何も言えなかった。自分でも、まったく分からなかったのだ。全てを終わらせた後、自分達はどうなるのか。どこへ行くのか。分からないのに、漠然とした言葉をルークへ預ける事が出来なかった。


「さあルーク、買い物が済んだらザオ遺跡へ行くぞ。あまり悠長な事はしていられない」
「……。分かった」
(すまない)


むすっとしながら、それでも頷くルークに、クロは心の中で謝る事しか出来なかった。





   もうひとつの結末 35

09/08/24