遥か昔に作られ、今もなお機能し続けるパッセージリング。一同はその前に立っていた。音素の粒が辺りを漂っているが、しかしセフィロトツリーはやはり消えたままだ。


「こいつを動かして、セフィロトツリーを復活させればセントビナーが沈まなくなるんだな!それで、どうやるんだ?」
「このパッセージリングを動かさなければならないようだけれど……一体どうすればいいのかしら」
「あ!ティアちょっと待って!」
「えっ?」


パッセージリングに近づこうとしたティアを、シロが慌てた様子で止めた。その切羽詰ったような顔に皆で驚いていると、シロは誤魔化す様に笑って、自らがパッセージリングへと歩いていく。


「あ、いや、こいつは俺が動かすから。ほら、この前に立つと……」
(頼む、ローレライ……!)


パッセージリングの前に鎮座する譜石の前に、祈りながらシロが立つ。すると一瞬仄かな光がシロを取り囲んだ後譜石が反応し、形を変えた。同時に目の前にそびえるパッセージリングの真上に光の操作盤が現れた。パッセージリングが起動したのだ。


「おおーすげー!」
「すっごーい!僕パッセージリングが動くの初めて見たー!」


ルークとフローリアンの子どもコンビが騒いでいる隅で、ほんの少しだけシロがよろめくのを目ざとく見つけたのはクロだった。パッセージリングが起動した事に盛り上がる一同から足を踏み出し、シロの元へ駆けつける。


「おい、大丈夫か」
「ああ大丈夫大丈夫、なんでもないよ。それよりちゃんと動いてくれてよかった。後は邪魔な暗号部分を超振動で消すだけだ」
「なるほど、確かに暗号がなされていますね。これはヴァン謡将が仕込んだものですか、確かに超振動ならこの暗号を削る事が出来るでしょうね」


興味深そうに操作盤を見上げるジェイドがシロの言葉に頷く。超振動と聞いて、アッシュが前へと進み出た。


「暗号とは、あの赤い部分か。それなら俺が削る」
「アッシュ大丈夫か?」
「舐めるな。それにお前たちばかりにやらせる訳にはいかないだろう」


ここは俺達の世界なのだから、と。心配そうにこちらを伺ってくるシロにアッシュは答えてみせた。その言葉に感極まったシロがアッシュの頭をワッシワッシと撫でて顔を赤くしたアッシュが払いのけるという動作は最早恒例行事である。シロに話をはぐらかされた事も相まってクロは大変面白くなかった。しかし今は駄々を捏ねている場合ではない。「前」の世界ではおそらく「ルーク」が行ったのであろう操作盤への超振動を、静かに見つめる。


「……これで大丈夫です、無事セフィロトツリーが復活したようですね」
「これでセントビナーは沈まないんだな!やったなありがとうアッシュ!」
「お、お前が礼を言うもんじゃねえだろうが」


記憶粒子が発生したのを見届けてじゃれつくルークとアッシュを横目に、シロが皆へと向き直った。


「さて、まだ安心は出来ないぞ。セフィロトの暴走のせいで、各地のパッセージリングも限界を超えてるんだからな」
「げげっ、そうだった……!でもでも、いつまでもつもんなの?」
「そんなに早くは無いと思うけど、師匠たちの妨害もあるだろうしなるべく急いだ方がいい。そんな訳で、これから二手に分かれたいと思う」


再び二手に分かれると聞いて、じゃれていたルークとアッシュが戻ってきた。クロがちらりとシロを見る。


「ここから分かれるのか」
「うん、ユリアロードもあるしちょうどいいから。俺はちょっと確かめたい事があるからダアトへ、クロにはアルビオールでザオ遺跡のパッセージリングに行ってもらう」
「え、クロとシロ分かれるのか?!」


ルークが驚いた声を出した。隣のアッシュは声を上げる事無く驚いているようだ。他のものたちも一様に驚きの表情で2人を見つめる。さすがに大げさすぎるリアクションにシロが顔を赤らめて怒鳴った。


「何だよその過剰すぎる反応は!別に四六時中一緒にいなきゃ死ぬって訳じゃないんだから、いいだろ!」
「すみません、死ぬものだと思っていました」
「あたしもあたしもー☆」
「違うっつーの!そんなわけだからアッシュも一緒に行くぞ!」
「あ、ああ」


シロの勢いにかくかくと頷いたアッシュを見て、ルークが首をかしげた。


「それじゃあ、俺は?」
「あー、ルークは神託の盾騎士団じゃないからな……」
「それなら、俺と来るか」


クロが呼びかければ、ルークはパッと笑顔になって傍に駆け寄った。まるで親にするように飛びついて、腕にしがみついてみせる。


「クロと一緒か!やったー!何か屋敷にいた時みたいだな!」
「ああ、確かにそうだな」
「それなら俺もそっちに行く!そっちに行くぞおおおお!」
「あら、それならわたくしもクロ側へ行かせて頂こうかしら」


すかさずガイと、ナタリアが手を上げる。それなら私は、と声を上げようとしたティアに、シロがそっと声をかけた。


「ティアには、クロの方へ行ってもらいたいんだ」
「えっどうして?私は神託の盾騎士団だから、ダアトに行っても不都合が無いと思うのだけれど」
「このパッセージリングは、ユリアの血を引く者にしか反応しないんだ。だからティアに、ザオ遺跡のパッセージリングに行って欲しい」
「でも、さっきあなたには反応したわ」


ティアの指摘にシロは瞳を彷徨わせる。何かを隠していることが明確な態度であったが、何を隠しているのかまでは分からない。


「えーっと……シェリダンでローレライに乗り移られた影響かなー。とにかく俺には反応してくれるみたいだからさ、な?」
「そういう事なら、良いわ」
「ありがとうティア。……時間があれば俺が全部起動させたんだけど、ごめんな。一度だけ、一度だけだから」
「……?」


どこか必死な様子のシロに、ティアは首を傾げる。まるでパッセージリングの起動に何か危険な事が潜んでいるような口ぶりであった。ティアがそれを聞く前に、シロはパッと離れてしまう。向こうでクロが何か言いたげにシロを見ていたが、問いただす材料が少ないため結局何も言えなかった。


「それなら僕はシロの方へ行きます。今ダアトがどうなっているのか気になりますし」


そこでイオンが控えめに手を上げてみせた。それを見て慌ててアニスと、フローリアンも名乗り上げる。


「イオン様がダアトに帰るんなら、もちろんアニスちゃんもダアトに行きますよう!」
「それじゃあ僕もダアトに行くー!」
「では私はザオ遺跡組ですかね。これでいいですか?」
「ああ、いいと思う。それじゃあさっそく出発しよう!」


ジェイドが軽く手を上げて、これで完全に人員が割り振られた。結局シロは何かを隠したままアッシュをずるずると引っ張ってユリアロードへと向かってしまった。それを複雑そうに眺めるクロを、ルークは不思議そうに見上げる。


「クロ?どうしたんだ?」
「いや……」
「シロか?何かちょっと変だったよな。最近アッシュもなんか変だし、何があるんだよ、もう」


ぷうっと頬を膨らませるルークを、クロが怪訝そうに見つめる。


「アッシュが、変だと?」
「ああ、何かやたら俺に体調を聞いてくるんだ。俺は何ともないっつってんのに」
「……なるほど」


心当たりがありまくるクロは昔を思い出すように目を細めた。やはり、始まっているのだ。完全同位体であれば避ける事が出来ないと言われたあの、大爆発が。
こちらをきょとんと見つめるこの可愛い教え子が、大爆発が成立した後の事を思うと……クロは目の前の頭を撫でる事で、身の内に沸き起こった衝動を抑えるしかなかった。


「わっ!なな何何?いきなりなんなんだよ!」
「何でもない。さあ行くぞ」
「もーっ何だよ!皆しておかしーぞっ!」


憤慨した様子のルークに、クロはまだ全てを説明する事が出来なかった。真実を知らなければならない日が、先の未来に必ず待っている事を理解していても。





   もうひとつの結末 34

09/08/15