あっけにとられるルークたちの見つめる中、空飛ぶ乗り物は揺れる地面へとゆっくり着陸した。そうしてハッチが開き、中から大きな声で手招きする腕が見える。
「皆早くこれに乗れ!」
「い、行くぞ!」
「おうっ!」
心なしか地面はより激しく揺れ始めている。皆は慌てて駆け寄り、空飛ぶ乗り物へと乗り込んだ。中で出迎えてくれたのは、もちろん大人組だった。
「これで全部か?!」
「う、うん、これで全部……!」
「よしノエル、発進してくれ!」
「はい!」
手を取って引っ張り上げてくれたシロが運転席に声を掛ければ、ノエルと呼ばれた女の子が舵を取る。そうして直ちに空飛ぶ乗り物は揺れる地面から離れ、宙に浮いた。すぐに床を転がりそうになるぐらいのスピードで飛び始める。
「このままどこへ向かいましょうか」
「ユリアシティへ行こう、テオドーロさんもセントビナーが落ちた事で、これからの事に協力してくれるだろうし。いいかな、ティア」
「え、ええ、それがいいと思うわ」
尋ねられれば突然の展開に驚きながらもティアが頷く。同じく目を白黒させていたルークの頭に、優しく大きな手が被せられた。
「大丈夫だったか」
「あっクロ、大丈夫大丈夫、いきなりの事でちょっとびっくりしただけ!」
クロに手を差し伸べられてルークが立ち上がっている間に自力で起き上がったアッシュが窓に目をやる。外は以前見たことのある、嫌な紫色に染まっていた。
「魔界か……というか、本当に空を飛んでいやがるのか……」
「えっマジで、見せて見せて!」
「うわーっ本当だ!本当に空飛んでるー!」
窓に張り付いたルークは、同じく隣に並んだフローリアンと歓声を上げた。一気に機内が賑やかになりましたねえと呟いたジェイドは、それを(仏頂面だが)微笑ましく眺めていたクロへと話しかけた。
「それで、これからどうするのですか。結果的にセントビナーは崩落してしまったようですが」
「ああ、ユリアシティに着いてから詳しくは話す。が、思ったよりもかなり早い崩落だった」
「それはあの髭野郎の仕業だ、クソッ」
窓から目を離したアッシュがついた悪態に、シロがギョッとして詰め寄った。
「髭野郎って、師匠が来たのか!」
「安心しろ、てめえんとこの鬼畜髭じゃなくて、うちの屑髭だ」
「師匠、何か細工をして崩落を早めたとか言ってたぜ!」
相変わらずちらちらと外を見ながらルークが続ける。その言葉を聞いて、クロが苦々しい表情になった。心底うんざりした顔だった。
「分かり切っていた事だが、二人のヴァンは結託しているんだろう。うちの死に底無い野郎が入れ知恵したに違いないな……」
「いつか二人並んで俺達の目の前に現れるのかなあ」
何か嫌だなーと愚痴るシロにその場にいた全員が頷いた。同じ顔が何人も揃うのはここにいる赤毛共だけで十分なのである。これ以上ややこしい思いはしたくない。とりあえず光景を思い浮かべてしまって皆一様に黙り込んでしまったとき、ちょうどいいタイミングでノエルが声を上げた。
「皆さん、もうすぐユリアシティに到着します!」
その言葉に外を見れば、紫色の瘴気の海に浮かぶ無機質な町が見えてきた所だった。
空飛ぶ乗り物、もといアルビオールをユリアシティの端へ降ろしテオドーロへ会いに行けば、彼も相当驚いているようだった。預言に詠まれぬ崩落にユリアシティもようやく慌て出した所らしい。とりあえず全員が同じ場所に集まったので、今からやるべき事を伝えるために、クロが前へ出た。
「ヴァン共も動き回っているようだ、早い事外郭大地を降下させる事とする」
「ま、マジで全部下に降ろすのか?この瘴気だらけの世界に」
「じゃないとパッセージリングが持ちこたえられなくなっちまうからな、結局」
戸惑うルークにシロが力強く頷いてみせる。どう足掻いても外郭大地は崩落する運命にあるのだ、今降ろさなければ力を失った大地がどんな状態で崩落するのか、想像もしたくない。外のおどろおどろしい風景を眺めながら、ナタリアが首をかしげた。
「けれど、このようなドロドロした海の上に大地を降ろしてしまって大丈夫なのですか?沈んでしまえば元も子も無いと思うのですが」
「あーそれは地核の振動がどうのこうのでまあ解決する道はあるから大丈夫!俺はよく仕組みが分かんねえけど!」
「………」
「な、何だよクロそんな目で見るなよ!お前だって詳しくは分かんねえだろー!」
「少なくともてめえよりは分かっているつもりだこの屑!」
揉め出した二人に先行きが不安になる。このまま放っておくといつまでも言い合いを続けてしまうので、さっさと間にアッシュが割って入っていった。
「えーい痴話喧嘩は余所でやりやがれ!つまり、今俺達がやるべき事は何だ!」
「あっそうだ!とりあえずセントビナーが完全に沈んでしまわないようにパッセージリングを弄りにいかねえとっ!」
「わーもう痴話喧嘩の単語に反応もしなくなっちゃってますよ大佐ー」
「アニース、何とかは犬も食わぬと言いますから、放っておくのが一番ですよ」
外野がこそこそ言っているのはお構い無しに動き始めた。魔界へと落ちてしまったセントビナーとその周辺の大地を完全に沈む前に救わなければならないのだ。それには共に落ちてしまったシュレーの丘の、パッセージリングに行く必要がある。これからやる事は沢山あるが、まずは全員でそこを目指す事となった。
「シュレーの丘……僕がタルタロスから連れられ、ダアト式封咒を解いた場所ですね」
「ああ。その際におそらく細工とやらを施したんだろう。俺が間に合っていれば良かったんだが」
イオンの言葉にクロが静かに頷いた。ノエルにアルビオールを操縦してもらい、あっという間にシュレーの丘へと辿り着く事が出来た一行は、ぞろぞろとパッセージリングを目指している所だった。人数が多いせいでその辺の魔物が一瞬にして駆逐されていく様はいっそ哀れだ。
そんな中、少し後ろを歩いていたルークは、軽く肩を叩かれて振り返った。そこには少々真面目な表情でアッシュがいた。さっきまでまだまだ剣の振りが甘いなどとネチネチ言ってくるクロと言い合いをしていたはずだが、いつの間に傍にいたのだろう。ルークは思わず立ち止まって、アッシュと向き合っていた。
「アッシュ?どうしたんだ」
「ちょっと……聞きたい事があるんだが」
アッシュは小声で、どこか躊躇いながらも口を開いた。ルーク以外の誰にも聞こえないようにしたがっている声だった。
「ルーク。最近身体の調子が悪いとか、具合が悪いとか、そういった事は無いか?」
「へ?」
「例えば……何故だか力が抜ける事があるとか」
「いや、特には」
突拍子も無い質問に、心当たりの無いルークはきょとんとしてアッシュを見返した。確かに旅をする中で疲れが溜まっている面もあるが、それはここにいる全員に言える事で特別ルークだけが疲れていることは無いはずだ。魔物との戦いだって無駄に張り合うクロシロが率先して倒してくれているし、むしろ楽させて貰っている方だろう。体調が悪い事も特に無いし、怪我もしていない。
とそこでルークはハッとなってアッシュに詰め寄った。
「もしかしてアッシュ、具合悪いのか?カースロットの後遺症とか?」
アッシュは自分が体調が悪いからルークもそうなのではないかと思って尋ねてきているのではないだろうか。ルークはそう考えた。でなければわざわざ誰にも聞こえないように体調を尋ねてくる理由が思い浮かばない。イオンにグランコクマで解呪してもらったとはいえ、アッシュはカースロットを食らっているのだ、それの影響で何かあってもおかしくはない。
急に心配そうに自分を見つめるルークに、アッシュは慌てて首を横に振ってきた。
「ち、違う!あれは何とも無い、ただ……そう、ただ何となく聞いてみただけだ」
「本当か?何とも無いのか?」
「何も無い。お前こそ、何も無いのか」
「無いって言ってるだろ」
ルークが頷くと、アッシュはそうか、と呟いてどこか安心したような表情を見せた。それが少し気にかかる。アッシュは何か隠しているような気がしたのだ。
「何も無いなら良い。……あいつらに置いていかれないうちに、行くぞ」
「あっ待てよアッシュ!」
用事は済んだとばかりにさっさと歩き出すアッシュに慌ててルークも皆の元へと駆け寄る。その心の中には、はっきりしないもやみたいな小さな不安が薄くのしかかっていた。この不安が膨らみ、破裂する事が無ければ良いと思うことしか、今のルークに出来る事はなかった。
もうひとつの結末 33
09/06/06
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