大きい組がシェリダンですったもんだやっている間に、小さい組はグランコクマからセントビナーへと移動して住民の避難を開始していた。しかしそれだけではさすがに人数が足りないとの事で、少数の兵士を伴ったフリングス少将も共に避難誘導を行ってくれる事となった。
「はじめまして、私はアスランフリングス少将です。この度は我がマルクト国民のために協力して下さって本当にありがとうございます」
「いいえ、助けには国など関係ありません、こちらこそ不安定な情勢の中兵を出して頂いて、助かります」
「……俺、マルクトの人って皆変わっているのかなと思ってたけど、そんな事無かったんだな」
「……口動かす前に手と足を動かしとけ」
丁寧にイオンと挨拶を交わすフリングスを眺めながらポツリと呟くルークをアッシュは引っ張った。何となく悪口を言っていると、それを聞かれていそうな気になるのだ。アッシュに突かれてハッとなったルークは、慌てて移動する人々の元へと駆けていった。別に今の言葉をどこかの鬼畜眼鏡や皇帝に聞かれているかもしれない、と思ったわけではなく、今自分がやらなければならない事を思い出したからだ。
そう、なるべく早く、この大地がもつ間にセントビナーの住民を避難させなければならないのだ。
「まだセントビナーに残っている住民は、後半分といったところね」
「半分かあ……ところでどのぐらいでここ崩れる訳?」
セントビナーに在留していた兵士と共にまずは女子どもを馬車へと誘導していたティアとアニスが戻ってきて、じっとアッシュを見つめてくる。尋ねられたアッシュは何故俺に聞くのだと言わんばかりに眉をしかめてみせた。
「知らん。だが、急ぐに越した事はないだろう。本来ならあいつらが乗り物とやらを調達して合流する予定だったが、予想外の事になっているらしいからな」
「ああー、空飛ぶ音機関とか何とか言ってたね、本当にそんなものあるの?」
「きっとあるよー!こうビューンって飛んできて、すぐに僕達のところに来てくれるよ!楽しみだね!」
子どもの手を引いたフローリアンが通りかかって笑いかけてくる。こんな風に楽観し出来れば苦労しない、とアッシュがため息ひとつついた時だった。最初は気のせいだと思ったが……地面が、揺れたのだ。
「っ?!」
「きゃあっ!」
「っとと……!じっ地震だ!アッシュどうしよう、ここも崩落しちまうのかな?!」
しゃがみこむ人々の中で何とかバランスを崩さず立っていたルークが、不安の表情でアッシュの元に駆け寄ってくる。その肩に安心させるように触れたアッシュは、混乱する周囲の空気に異質なものを感じ取っていた。
「おそらくまだ、だと思うが……余計な奴がきやがったようだな」
「えっ?」
アッシュが睨みつける方向に、ルークも振り返る。そして驚きに固まった。こちらへゆっくりと、しかし堂々と歩み寄ってくるその姿は、とても見覚えのある者だったのだ。
「せ、師匠……!」
こちらを見つめるヴァンの口元が笑みに歪む。アッシュはとっさに隣のルークを後ろへ押しやり、庇う様な体勢をとった。バチカルのファブレ邸での出来事が頭の中に思い浮かぶ。今度こそ、守ってみせると誓ったのだ。
「ふっ、ルークにアッシュよ、避難誘導に精が出る事だな」
「てめえ、何しにきやがった眉毛!」
「眉毛ではないヴァンだ。私の目的は、おのずと予想がついているのだろう?」
不適に笑うヴァンを睨みつけながら、アッシュがルークに耳打ちする。こくりと頷いたルークはそっと後ろで絶句しているティアとアニスの元へ向かった。
「2人はみんなの避難を続けておいてくれよ。こっちは俺達で何とかするから」
「で、でも兄さんが……」
「いいから!さっきの地震もあるし、ここはいつ崩落してもおかしくない状態なのかもしれない……避難が遅れたら、大変な事になるだろ?」
崩落、と口にする時、少しだけルークの表情が強張るのを2人は見た。おそらく、アクゼリュスを少なからず思い出してしまったのだろう。その必死な様子に、アニスが頷いてティアの手を取った。
「分かった、こっちは任せてよ!さっティア、早く行こ!イオン様たちにも知らせてこなきゃ!」
「え、ええ、分かったわ。……ルーク、気をつけてね」
「おう!」
駆けていく2人を見送ったルークはアッシュの元へと戻った。アッシュはすでに剣を抜いていて、今にもヴァンへと飛び掛りそうな雰囲気であった。対するヴァンも剣を抜いていて、しかしこちらはまだ余裕顔だ。ただならぬその様子に、ルークもアッシュの背後でそっと剣を抜く。ヴァンが少しでも隙を見せたら、奇襲でもしてしまおうと考えたのだ。隙を見せれば、の話だが。
「ちょうどいい、ここでてめえを消してしまえば髭が2人なんてややこしい事が無くなる訳だ」
「髭ではないヴァンだ。アッシュ、お前に私が倒せるとでもいうつもりか」
「元よりそのつもりだっ!」
ルークが動く間もなくアッシュがヴァンに斬りかかる。それを剣で余裕に受け止めたヴァン、だったが、横から思いもよらぬ攻撃を受けて驚愕の声を上げる事となる。
「助太刀いたーす!」
「な、何っ?!」
「フローリアン!」
どこからともなく飛び出してきたフローリアンがヴァンへと突っ込んできたのだ。アッシュの剣を弾いたヴァンがとっさに後ろに退いたおかげでそのパンチはあたらなかったが、ヴァンは明らかに動揺したようだ。
「あー避けられたーまだまだシンクみたいにいかないよー」
「もしかして今のって、あのシンクに教えてもらってるのか?」
「うん!シンクは怖いけど強いよー」
「フローリアン、何故お前がここに……しかもいつの間に武道など……!」
どうやらフローリアンの事を何も知らなかったらしいヴァンはどこをどう見ても隙だらけであった。これはチャンスとばかりに剣を構えなおすアッシュ。隣に並んで、ルークもヴァンへと剣先を突きつけた。
「その様子を見ると怖い方の師匠じゃなく情けない方の師匠だな!それなら俺だって怖くねえもん!」
「なっ情けなくなどない!」
「はっ、これで3対1だ、明らかにてめえの分が悪いぜ?」
「悪いぞ!」
並んでこちらを睨みつける3人に、少々顔を引きつらせながらもヴァンは強がってみせる。
「たかが3人で勝った気になるなど笑止……」
「アッシュールークーそれにフローリアーン!大丈夫ー?」
「人々の大半はこの町からすでに脱出したわ、今ここにいるのは私達と……兄さん、あなただけよ」
「マルクト兵の皆さんも、避難誘導が終わったら駆けつけてくれるそうです」
しかし背後から駆けつけたアニス、ティア、イオンを見たヴァンは完全に固まった。色んな精神的ダメージが積み重なったらしい。実力で言えば確かにヴァンは強くて、この人数でも倒せるかどうか分からないはずなのだが、今のこの様子を見ているとどうしても緊張感に欠ける。
やがてヴァンはようやく立ち直ったらしく、くっくっと唐突に笑い始めた。
「何だ、自分のあまりの不利っぽさにとうとう気でも狂ったのか」
「そうではない……何も知らずにこの場に勢ぞろいするお前たちに、笑いを隠せ無くてな」
「何だと?」
どういう意味だ、と声を上げようとしたアッシュだったが、唐突に訪れた衝撃に何も言えなくなってしまう。むしろ立っているのもやっとで、隣のルークが大きくバランスを崩したのを見て腕を掴み引き寄せる事ぐらいしか出来なかった。
いきなり、今まで以上の地震が地面を揺るがしたのだ。
「地震、しかも大きいぞ!」
「いやあーっ何これ何これー!」
「まさか……崩落が始まったのですか?!」
慌てて辺りを見回せば、舗装された道に大きな亀裂が出来ていた。しかもそれはあちこちに広がっている。立っていられないほどの揺れは収まったが、小刻みな揺れは不気味にもまだ続いていた。まるで今立っている地面が、徐々に沈んでいくような……。
「少々仕掛けを施させてもらった。この大地の崩落が早く訪れるように、な……」
「な、何だと……ってどこだ?!」
ヴァンの姿がいつの間にか消えていた。声はするのでまだ遠くに離れてはいないようだが、辺りは地震や亀裂のせいで沢山の砂煙が舞っていた。おかげでヴァンの姿が良く見えない。声は、だんだんと遠ざかっていった。
「このまま崩落していく大地と共に瘴気の海へと沈むがいい、はははは!」
「畜生!待ちやがれこの髭!眉毛!老け顔が!」
「あ、アッシュ落ち着けって!」
揺れをものともせず立ち上がってどこかにいるヴァンへと悪態をつくアッシュを慌ててルークが抑える。そのままにしておくと、場所さえ分からぬヴァンの元へと滅茶苦茶に走り出しそうだったからだ。
「ヴァンも気になりますが、今はこの場から脱出する事を考えましょう」
「そ、そうですね……でもこの揺れでは……」
「あっ皆見て!地面が!」
フローリアンが指差した先を見て、皆が一瞬見た事を後悔した。町の入り口付近に、少し見ないうちに崖が出来ていたのだ。もちろん沈んでいるのはこちら側だ。
これは確実に、崩壊が始まっている証拠だ。崖はすでに家一軒分ぐらいの大きさになっていて、その高さはどんどんと大きくなっている。
「早い……」
「あの高さじゃあもうトクナガでも届きませんよう!」
「だ、大丈夫、他の住民はもう町からは脱出しているから、いざとなれば私がまた譜歌を」
「……あれ」
混乱する周囲の様子を見ていたルークは、その時空に何かを見たような気がした。最初は鳥かと思った。だが、鳥らしきその影はだんだんとこちらへ近づいてきているようだったが、近づくにつれて鳥ではない事がすぐに分かった。
「お……大きい……」
「何だ、どうしたルーク」
「アッシュ、何か、すっげえ大きいものが、空にっ」
「すっげえ大きいものだと?何を馬鹿な……」
ぐいぐいと引っ張ってくるルークにアッシュは取り合わなかったが、そのすぐ後に轟音が響き渡った。音の発生源は、空からだった。
「な……?!」
見上げた頭上には、ルークの言っていたものが浮かんでいた。それは確かに、すっげえ大きいものだった。鳥よりもはるかに巨大で、硬くて、速いもの。口をあけてポカンと見上げる地上の皆は、それが何であるかは知らないが直感的に悟っていた。
これが、空を飛ぶ乗り物とやらなのだと。
もうひとつの結末 32
09/04/26
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