「なあ信じられるか、一か八か叫んだら本当に出てきたんだぞ、いつもはいくら頑張ったって連絡さえ取れない奴が、こうもあっさりと!」
「落ち着け、俺達にはお前が何と交信しているのかさっぱり分からん」


混乱した様子で掴みかかってくるシロを肩を押さえつける事でとりあえず落ち着けると、クロはその瞳を覗き込んだ。慌てていた必死なシロの目が、じっと見つめられる事によって徐々に落ち着いてくる。


「それで、一体何が聞こえると?」
「……ローレライの声が、頭の中に」
「話には聞いていましたが、本当に実在したとは……」


様子を見守っていたジェイドが思わずといった様子で呟く。今まで存在の確認が出来なかった音素の意識集合体の声が聞こえるというのだ、驚くのは仕方がないだろう。今の状況がいまいち読めていない様子でナタリアが首を傾げる。


「しかしそのローレライ、の声はシロにしか聞こえていませんの?」
「俺達にさっぱり聞こえないのは仕方がないが、クロにも聞こえないのか」


ガイの言葉に不満げにクロが頷く。本来ならばレプリカという存在のシロよりもオリジナルであるクロの方が回線を繋ぎやすいはずだ。それなのにローレライの声は今現在シロにしか聞こえていない、という事はクロに回線が繋げられる事無く、シロにのみ繋がっているという状況なのだ。そこに割り込もうとこっそり試してみたのだが、さすがに駄目らしい。それが少し不服だった。


「ろ、ローレライは俺が一番都合が良かったとか言ってるけど」
「……まあいい、それよりせっかく呼んで出てきやがったんだ、いなくなる前にさっさと用件を伝えろ」
「あ、うん。なあローレライ、俺達ちょっとお前に聞きたい事が……」
『案ずるな、お前たちが一体何を尋ねたいか、把握している』


言い切らないうちに頼もしい声でローレライが答える。果たしてローレライは昔の音機関の直し方が分かるのだろうかと考えていたシロは、ふいに自分の身体の中から見知らぬ強大な力が溢れてきたのを感じた。声を上げる間もなく、それに巻き込まれ、放り出される。


「っ?!」
『いきなりですまないが、身体を借りる。その間そちらに話を聞くといい』


ローレライの声が頭に痛みを伴う事無く響く。一体何が起こったのかさっぱりのシロはとっさに閉じていた目を開けた。驚きに見開いた目に映るのはさっきまでいたシェリダンの集会場なんかではなく、ただただ光の洪水が辺りに吹き出し流れ落ちる様だけであった。現実にはありえないこの光景を、しかしシロはどこかで見た事があると直感した。この光景を、自分は知っている。

シロの意識がそのような光の奔流に巻き込まれている間、シロの身体は奇妙に固まって沈黙していた。その様子に周りの者はもちろん慌てふためく。ローレライの声が聞こえると言い出したと思ったら、おもむろに動かなくなったのだ、隣にいたクロが慌ててシロの肩を掴んで、顔を覗き込んだ。


「おいどうしたんだ、屑!」
「人を屑呼ばわりとは失礼だな、別の世界の私の同位体よ」
「はっ?」


その声はシロの口から紡がれた。しかしその言葉はシロのものではない。クロの眉間に一気に不快そうな皺が寄る。きょとんと立ちすくむ他の者たちをほっぽったまま、一人クロは今シロの身に何が起こったのか悟った。


「てめえ、地核に引きこもってるんじゃねえのか」
「引きこもっていたのではない、閉じ込められていたのだ。だが確かに本来ならこうして意識だけでも出てくる事は叶わぬ所だった、この身体の主と「彼」に感謝せねばなるまい」


良く言えば荘厳そうな、悪く言えば無駄に偉そうなその言葉は、嫌な覚えのあるものだ。苦虫を噛み潰したような顔をしたクロは、戸惑う周りに仕方なく教えてやった。


「どうやらこいつに今ローレライの野郎が降臨しているらしい」
「ろ、ローレライが?!そんなまさか……」
「にわかには信じがたい話ですが、今までのシロと随分様子も雰囲気も違いますねえ」
「信じられぬのも無理は無い。まあ、今は我の事で議論している時ではない、これが例のものか」


シロが、シロの身体を借りているローレライが、目の前の壊れた様子の音機関に手を伸ばす。物珍しそうなその瞳に、クロは不安で仕方が無かった。


「おい、直せるのか」
「もちろん触るのは初めてだ」
「おいおい、大丈夫なのかい?音機関というものは繊細なんだ下手にいじくってさらに壊してしまったら歴史的に重要で貴重な音機関が音機関音機かぐはっ!」
「今はあなただけが頼りなのです、何とかなりませんの?」


暴走しかけたガイを華麗に肘打ちで床に沈めてからナタリアが懇願する。それに気をよくしたのか、どこか機嫌が良さそうにローレライは笑った。その顔はシロのものだが何故かクロは無駄にムカついた。


「上手くいくかは分からぬが、星の記憶を辿ってみよう。上手くこのオンキカンとやらの記憶を引っ張り出せればいいが」
「そんなことが本当に出来るのですか?」
「やってみなければ、分からんな」


疑惑の視線を向けるジェイドにあっさりとそう返したローレライは、集中するためか口と瞳を閉ざした。とたんに辺りに蔓延していた混沌とした空気が、しんと澄み渡る。最早人が何も口出しできぬ雰囲気に、皆はただ成功を祈りながらローレライを見守るしかなかった。




一方、自分の身体を借りられているとは思いもしないシロは、光の中で翻弄されながらもその中に何かを見出していた。しかし目をいくら凝らしても、光以外何も見えない。しばらくしてから、ようやく気付く。その何かとは、おそらく光そのものなのだと。


「何だ……?」
『久しいな、我が同位体ルークよ』
「はっ?!え、その声は、ローレライ?」


光が放った声は確かにローレライのものであった。しかしシロは違和感を覚える。今までシロと話していたローレライとは、別な声のように思えたのだ。今己と対峙しているこの声には、先程のローレライの声には無かった何かが……慈愛のようなものが込められているような気がする。それに声を聞いていると包み込むような暖かと共に、強烈な懐かしさが込みあがってきた。思わず声を詰まらせるシロに、ローレライはまるで笑いを湛えるような柔らかい声をかけてくる。


『お前たちの姿をいつも見ていたが、こうして対峙するのは何年振りになるだろうか。頑張っているようだな』
「……お、お前、まさか」


シロは信じられない気持ちで目の前の眩しさを感じないまるで焔のような光を見つめた。今のこの世界のローレライには感じなかったこの懐かしさ、昔見た事がある目の前の焔、そしてローレライが自分を呼んだ時の「ルーク」。その全てがシロの頭の中で結びついた。


「まさか、まさか……「俺達の世界の」ローレライ、なのか?」
『そのまさかだ、ルークよ』
「っ全ての張本人かー!」


衝動で詰め寄り掴みかかろうとしたシロだったが、手が空振って失敗に終わった。意識集合体だからしょうがない。ローレライは首を横に振るように揺らいでみせる。


『その言葉は適切ではないな、私は手を貸したに過ぎない、全ての事を起こしたのはお前たちだ』
「嘘つけー!ここで会ったが百年目、今まで聞きたかった事全部吐いてもらうからな!」
『確かに、今後このような機会はあまり訪れないだろう、私も話しておかねばならない事がある』


指を突きつけて息巻くシロとは対照的に、いつまでも落ち着いているローレライ。ふわりと近づいてきた光は、まるでシロを労わるように触れてきた。熱くもないし痛くも無い焔は、静かに言う。


『ルーク、それにアッシュ。お前たちの身体は……「元の世界」からそのまま持ってきたものだ』
「……え?」


突然の言葉にシロはついていく事が出来ない。戸惑うその様子に、ローレライも落ち着かせるようにゆっくりと話す。


『そうだな、最初から話そう。お前たちがこの世界に来る前の事を。私が聞いた、お前たちが心から願った言葉を』





   もうひとつの結末 30

09/03/21