大変な事態になった。何とかシェリダンへと戻った一行は集会場内で浮かない顔をつき合わせていた。ギンジなんかは顔色を限界に青くさせていたりする。


「すいませんすいません本当にすいませんおいらが墜落なんてしてしまったばっかりに!」
「黙れギンジ。悪いのは全部あの髭だ、気にするんじゃねえ。それ以上うじうじしてるとぶっ飛ばすぞ」
「クロ、慰めるか脅すかどっちかにしろよ」


ぺこぺこ謝るギンジに、今の事態に不機嫌な状態のクロが厳しいんだか優しいんだか分からない声をかける。それに律儀に突っ込みをいれながら、シロはガイを振り返った。


「なあガイ、これ直せないのか?」
「ええ?!お、俺が?」
「だって、お前音機関大好きなんだろ?よくいじったりしてるし」
「いやあ確かにそうだが……」


シロに詰め寄られてガイはたじろいだ。横からはナタリアも縋る様な視線を向けてくるし、振り返ったクロも無言で出来るのかと問いかけてきている。後ろでは完全に傍観者の面持ちでジェイドが見守っている。何だか追い詰められているような気分になりながら、ガイは心底参った表情で頭をかいてみせた。


「さすがに、創世暦の音機関は俺も分からないよ」


全員の目の前で無残な姿を晒しているのは、谷底へ落下した衝撃により壊れてしまった、貴重な浮遊機械だった。これがなければ、いくら外側が無事でも空を飛ぶことは出来ない。そしてこの浮遊機械ははるか昔の創世暦時代に作られたもので、今の技術では作り出すことが出来ないほど精密なものなのだった。


「困ったのう。浮遊機械はもうひとつある事はあるんじゃが、あちらはまったく手をつけてないからなあ」
「取り付けるにしても、時間がかかりそうだわねえ」


イエモンたちも浮かない表情である。もうひとつの浮遊機械を使えるようにするにはどれほどの時間が掛かるのだろうか。少なくとも一日二日で出来るようなものではないだろう。それでは遅いのだ。悔しそうに壊れた浮遊機械を見つめていたシロが、ふとクロを振り返った。


「そういえば、向こうはどうしてるかな」
「向こう?……ああ、あいつらか」
「順調に進んでいれば、今頃はもうグランコクマについているはずですが」


眼鏡を押し上げながらジェイドが言う。上司であり親友であり性質の悪いマルクト皇帝である彼の事を思い出しているのかもしれない。ユリアシティで別れたルークやアッシュ達は、その皇帝陛下と会うことが出来ているだろうか。


「そうだな……一度連絡を取ってみるか」
「あっ連絡網か?俺も!俺も繋いで!」


便利連絡網の名前で定着しつつあるチャネリング(正式名称)は、基本的にオリジナルであるクロとアッシュからしか繋げない。だからルークとシロも交えて4人で話をしようと思えばそのように繋がなければならないのだ。ひどい頭痛は変わらず襲ってくるが仕方がない。
シロが覚悟を決めてぐっと力を込めたのを見て、クロは目を閉じた。目に見えない同位体の糸を手繰り寄せて、遥か遠い所にいる二人へと手を伸ばす。……繋がった!
繋がったという事は、少なくとも無事だったという証だ。心の中で少しだけホッとして、クロは声をあげた。


「おい、聞こえるか」
『いってええええええ!何だよこれいきなり頭痛くなるなんて!』
『ルークうるせえ落ち着け!ただの便利連絡網だ!』


向こうも便利連絡網で定着しているらしい。まだ頭痛に慣れないルークの叫びをじっと耐えてから、こちらも頭痛に顔をしかめたシロが話しかける。


「調子どうだ?もうグランコクマについたのか?」
『いだたた……あ、ああ、ついたついた』
『そっちはどうなんだ、例の空を飛ぶ機械とやらは手に入ったのか?』
「え、えーと……」


ちょうど悩んでいた部分を的確に尋ねられて思わず口を閉ざす。とにかく向こうはグランコクマにつくことが出来たらしい。それだけは救いだ。しかしこっちにはヴァンが出たのに、向こうは大丈夫だったのだろうか。


「そ、そういえば、お前たちのところにはせんせ……ヴァンは来たか?」
『ヴァン?……そっちには来たのか』
「余計な事をしてさっさと帰りやがったがな。あの髭……覚えてろ」


怒りを思い出したのかクロの目が据わっている。ヴァンのせいで浮遊機械が壊れたのだから無理も無いことだ。と、そこまで考えてシロはハッとした。今は自ら頼んだとはいえ向こうから回線を繋いでもらっている状態だ、不用意に心の中で考えたり思ったりした言葉は筒抜けになってしまうのだった。ヤバイと思った時にはもう遅い。先程とっさに考えてしまった言葉は、ばっちり向こうにも伝わってしまったようで。


『え、えええ?!壊れたのか!空飛べる音機関が!』
『おい待て、壊されたってそれは直せるのか?これからそれで移動する予定だったんだろうが!』


やはり余計な心配をかけてしまった。クロにギロリと睨まれてシロは申し訳なさそうに肩を竦めた。だがいくら隠しても問題は解決しない。仕方がないというようにクロが息を吐き出す。


「今どうするか考えていた所だ。一応まだ浮遊機械はもうひとつあるからな」
『なあなあ、ガイはそれを直せないのか?音機関好きだって前に言ってただろ?』


同じ人間、やはり同じ事を考えるものらしい。ルークの提案を、すぐにシロが残念そうに却下した。


「俺も聞いてみたけど、駄目みたいだ。創世暦時代の音機関だからって」
『そうなのか……うん、そうだな。さすがに創世暦時代から生きてる人間っていないもんな』


直せる奴なんてめったにいないか、と呟いたルークの言葉に、シロは何かが引っかかった。創世暦時代。そんな2000年ほど前に存在していた生き物なんて……。


「とにかくこちらはこちらで何とかする。お前たちは手筈通り、グランコクマ皇帝と話をつけるんだ」
『分かってるって!』
『そっちも頼んだぞ』


ここで回線は途切れた。息をついたクロは、頭痛が取れてホッとしているであろう相方へと目を向け、ようとした。が、いきなり横からのタックルによって弾き飛ばされることとなる。回線を繋ぐ様子を見守っていた周りもビックリしていた。不覚にも床に尻餅をついてしまったクロは、何の前触れも無くしがみついてきたシロの頭を小突きながら身を起こす。


「い、いきなり何しやがるこの屑……!」
「アッシュ!ローレライだ!」
「は?」


何故かシロは大変興奮した様子でガバリと顔を上げた。あまりの興奮に呼び名まで変わってしまっている。瞳をキラキラさせてこちらを見つめるシロに、クロは怪訝な目を向けた。どうしてここでいきなり、ローレライの名前が出てくるのだろう。


「あの人に頼りっきりの役立たず意識集合体がどうした」
「あの浮遊機械を修理させるんだよ、ローレライに!」
「ローレライに?」


とんでもない意見が出てきた。とりあえずシロの手を引っ張ってクロは立ち上がった。その間もシロは目を丸くする周りを気にする事なくローレライだと繰り返す。


「何故ローレライだ」
「だってローレライなら、あの浮遊機械が作られた2000年前にも存在してただろ?だから何か知ってるかもしれない!」
「……相手は音機関と縁があるとは思えないただの第七音素の集合体だぞ、出来るのか」
「知らねえ!でも何もしないよりはマシだろ?」


力強い深緑の瞳が笑う。確かに、ローレライは人であるユリアと契約をしていた身だ。いるかどうかも分かっていない他の音素の意識集合体よりはよっぽど望みがある。やってみるか、とクロが頷き返そうとした所で、今まで傍観していたジェイドが突っ込みを入れた。


「それで、そのローレライとはどのように連絡を取るつもりですか?」
「「あっ」」


思えばローレライから電波を受け取る事はあるが電波を送った事は無い。こちらから回線を繋げるかどうかも怪しい。いったん盛り上がりかけた気持ちも萎めさせる他無くて、二人はがっくりと肩を落とした。せっかく希望が見えてきた所だったというのに。
また振り出しに戻ってしまったジレンマに、シロは腕を振り上げて天へと叫んだ。


「っちくしょー!余計なときに話しかけてくるくせに肝心な時には出てこないローレライー!意識集合体なんだから少しは役に立ちに来いっつーんだよ!」
『呼んだか?』
「そうそう呼んだ……っていってえ!頭痛え!あ、あれ?これまさか、回線?え?」


いきなり訪れた頭痛とどっかで聞いたような声に、シロは混乱して辺りを見回した。直接響いてくるようなこの声を発している人物は、目の届く範囲には見当たらない。しかもどうやらキョトンとしているギャラリーを見る限り、他の者には聞こえていないようだ。後ろを振り返れば、クロまで不思議そうな目を向けてくる。


「お、俺にしか聞こえてないのか?」
『第七音素で構成されたお前が一番都合が良かったからだ。それより、我を呼んだだろう』
「も、もしかして……お前、ローレライか?」


戸惑いと若干の期待を込めた問いに、声は自信たっぷりに答えた。


『呼ばれて飛び出る意識集合体とは、この我の事だ』


その、かなり人間界に毒されているっぽい彼の言葉に、シロは期待して良いのか不安になった方が良いのか、分からなかった。





   もうひとつの結末 28

08/05/24