先ほどまでの余裕の表情とはうって変わって、シンクは怒りを通り越して憎しみの篭った目でアッシュをにらみつけている。逆にアッシュは余裕を感じさせる顔で剣をつきつける。形勢が逆転した瞬間だった。今まで成り行きをハラハラしながら見守っていた他の面々も改めてシンクと向き合う。
「さあシンク、そこをどいてもらおうか」
「イオン様省いても1対4で、こっちが有利なんだからね!」
「くっ……」
悔しそうに舌打ちするシンクは、しかしまだ諦めた様子ではなかった。無茶を承知で向かってくるか、と全員が身構える。と、その時、
「シーンクー!」
「「?!」」
「ちょっ!何でお前がここにいるんだよ!」
何かの気配を察してその場を飛びのいたシンクの背後から、勢いよく飛び込んできた影があった。抱きつこうとしたらしいその人物はシンクに避けられて不満そうにむくれた、ような気がした。気がしただけなのは、その表情がシンクと同じように仮面で隠されていたからだ。ちなみにその髪も鮮やかな緑色で、嫌そうに並ぶシンクよりも明るく見えるのは唯一見える口元が華やかに笑っているせいか。
「何でって、シンクの様子を見にきたんだよ」
「確か外出禁止令が出されていたと思うんだけど?」
「いいじゃん少しぐらい!皆ちっとも帰ってこないし!」
両手を振り上げて抗議するもう一人の緑の仮面に戸惑っているのは、どうやらルークとティアだけのようだった。ダアトで暮らしていた者たちはその正体を知っているようで、アッシュは呆れた顔をしているしイオンはどこか安心したような微笑ましそうな顔で笑っているし、アニスは思わず飛び出して声を上げるぐらいだった。
「えっまさかフローリアン?!どうしてここにいるの?」
「アニス!それにイオンもアッシュもいるー!」
「ダアトでちゃんと待ってなさいって言ったでしょ!それにイオン、様!」
「いいんですよ、アニス」
ダッシュで飛びついてきたもう一人の緑の仮面――フローリアンを慣れた様子で受け止めたアニスに、そばにいたルークが首をかしげた。見れば見るほどシンクに似ているし、やっぱりイオンにも似ている気がしたのだ。
「誰だ?」
「あっルーク?ルークでしょう!ねえアッシュこの人がルークだよね!」
「ああ、そうだ」
「本当だアッシュにそっくりだ、それにシロにもそっくり!よろしくルーク、僕はフローリアン」
「あ、ああ、よろしく」
「いい名前でしょ?アニスがつけてくれたんだよ」
「そ、それはたまたま会った時名前何だと思うーなんて尋ねられたから答えただけで……まあ気に入ってくれてるんならいいけどー」
緊迫した雰囲気が一気に明るく騒がしいものへと変化した。あまりのギャップに、一瞬敵対していたシンクの事を忘れるほどだった。ハッと気がついたときには、シンクがその場を飛びのいて行方をくらます所であった。
「ふん、今日の所はひとまず退散するよ」
「あっシンク!どこいくの?」
「戻るんだよ、こう見えて暇じゃないんだ。あんたたちはあんたたちで勝手にやってれば?」
近寄ろうとしたフローリアンを目で制したシンクは、一瞬アッシュとルークを見比べて、ひらりと草むらへ飛び込み姿を消した。その一瞬のうちにシンクから羨望と嫉妬と憎しみの視線を感じ取ったような気がしてルークは無性に気になったのだが、シンクが立ち去った今では最早確かめる術は無い。
「シンクいっちゃった」
「こちらの方が人数は勝っていると言っても彼は六神将の一人、戦いにならずにすんでよかったわ」
「あーっ初めて会う人だ!ねえねえお名前なに?僕はフローリアン!」
「え?!わ、私?えーっと私は……」
フローリアンが今度はティアに突撃している間に、シンクが去っていった方向を警戒しながら見つめていたアッシュが剣を収め、ルークの元へと歩いてきた。それに気がついたルークは心なしか身構えてしまう。先ほどのシンクの言葉がまだ頭の中をこだましていたのだ。
それに気がついたのだろうか、目の前に立ったアッシュは苦笑しながら手を伸ばして、ルークの頭を強く、優しく撫でてくれた。
「まさかあいつの言葉、まだ気にしているのか?」
「……だって、アッシュ」
「さっきも言ったはずだ。レプリカの事でお前を恨んだり憎んだりした事は無いってな」
ルークの中の不安を拭い取るようにガシガシ頭を撫でる手の暖かさに、小さく息を吐いた。改めて自分がレプリカなのだと思い知ったダメージはまだ心を揺さぶっているが、それでもアッシュの言葉と温もりが力強く支えてくれる。それが素直にありがたいと思った。
本来ならば、一番にルークの事を罵る立場にあるのに。
「さあ、敵もいなくなったし早くグランコクマへ行きましょう」
「イオン様、フローリアンはどうしますかー?」
さっきからはしゃぎまくっているフローリアンを引っ張りながらのアニスの言葉に、イオンは困ったように少しだけ首を傾けた。フローリアンはどうやらダアトから出てきてはいけないと言われていたのに、退屈すぎて勝手に出て来てしまったらしい。何故出てきてはいけなかったのか、ルークには分からなかったが、アニスが頬を膨らませればフローリアンはやっと反省するように動きを止めて、項垂れてみせた。
「だって、暇で暇で仕方なかったんだもん」
「仕方が無いですね。ここからダアトは遠いですし、フローリアンにも旅の同行を頼みましょうか」
「いいの?」
しかしイオンの言葉にすぐにパッと笑顔になる。ころころ変わる表情が何だか微笑ましくて思わず笑みが零れた。これからまた賑やかになる事だろう。
「よし、さっさと行くぞ。シェリダン組はもう空飛ぶ音機関とやらを手に入れてるかもしれねえ」
「えっ空飛ぶ音機関なんてあるの!すごい!」
「らしいんだけど、本当に空を飛ぶ音機関なんてあるのかなあ」
「あ、アッシュ!」
歩き出しかけたアッシュをルークが腕を引っ張って慌てて引き止めた。振り返ったそこには、どこか必死な表情がある。
「どうした、ルーク」
「アッシュ腕にカー……カースロット、ての受けたんだろ?それ大丈夫なのか?」
「ああ、それなら今は何ともねえから心配するな」
「でもさっきはすごく苦しそうだったじゃねーか!」
確かにアッシュの言うとおり、今は何ともなさそうな様子だ。しかしシンクからカースロットを受けた時の苦しみ方を考えると、放っておくべきでは無いような気がするのだ。必死に追いすがるルークの後ろから、イオンが声をかけてきた。
「しかしカースロットが残ったままでは何かと不便でしょう、グランコクマについた後に僕が解いてみせます」
「解けるのか?」
「ええ。だからアッシュは大丈夫です。安心してくださいね、ルーク」
にっこりと微笑まれて、ルークは取り乱している自分に気がついた。どうやら心が不安定になっているようだ。こんな事ではいけないのに、と首を振っている間に、手を捕まれて優しく引っ張られた。アッシュの腕だった。
「行くぞ」
真っ直ぐ自分を見てくれる深緑の瞳に、ただ頷く。今はただ沈まないようにその腕にしがみつくだけで、精一杯だった。
一方、緑が埋め尽くすテオルの森とは対照的に茶色の地面が広がるメジオラ高原では、谷底に落ちた空飛ぶ音機関から一番重要な浮遊機械を取り出す作業の真っ最中だった。
ちなみにその作業を行っているのは、自ら操縦して墜落させてしまったギンジである。
「どうだい?その浮遊機械というのはどこに取り付けられていてきちんと取り出せるのかどのように作用して空を飛ぶのか壊れていないのかまた空を飛ばすことが出来るのか音機関音機関音機関」
「はいはいただの音機関オタクは黙ってて下さいねー」
「あいたっ!」
「もうちょっと待ってて下さいね、この辺にあるはずなんですが」
見た事の無い巨大な音機関を前に興奮しっぱなしのガイを適度に槍で刺して黙らせるジェイドが見守る中、ギンジが音機関内に潜り込んで浮遊機械を探す。そんな谷底へとロープを垂らす崖の上では、必死に逃げ出そうとするシロを押さえつけるクロとナタリアの姿があった。
「だからヒールなんていいってば、久しぶりに超振動使ったせいで少し疲れただけだから!」
「駄目です、油断は大敵ですのよシロ!超振動が無くてもあなたが真正面から瓦礫を受けて下さったのですから、そのダメージもあるかもしれないではありませんか」
「黙って受けとけ、屑」
「うう……」
ナタリアとクロ両方から睨まれて、とうとうシロは降参した。大体ヒールで疲労は取れるものではないので気休めにしかならないのだが、いくらそう主張しても許してはくれなかったのだ。それだけ心配してくれている証という事で、ここは喜んでおくべきなのか。
「本当に、何もないのか。どこか痛むとか異様に力が抜けるとか」
「大丈夫だってば。超振動一発ぐらいで乖離なんかしないって」
「………」
暖かなヒールを受けながら安心させるように微笑みかければ、クロはぎゅっと眉間にしわを寄せて黙り込んでしまった。はっきりと「乖離」という言葉を出したのがお気に召さなかったらしい。しかしシロの体調をクロが当たり前のように心配してくれているのが嬉しくて、不機嫌そうな表情もそんなに気にならなかった。
本当に、「前」と比べると夢のようだなあと一人シロがにやにや笑っている間に、谷底からギンジの声が響いてきた。
「ありました!これが浮遊機械です!」
「えっマジ?見つかったのか?」
「そのようですわね。ここまでの苦労が無駄にならなくてよかったですわ」
喜び合っている間にロープを伝ってジェイドが下からあがってきた。が、その表情は念願の浮遊機械が見つかったというのに曇ったものだった。次にのぼってきたガイなんかはお通夜のような顔色になっているので、嫌な予感が広がる。
「おい、その顔色は何だ、縁起が悪い」
「縁起が悪いだけならよかったんですがねえ」
「それって、どういう……」
「す、すいません皆さん」
最後にあがってきたギンジが顔を真っ青に染めながら、その手に抱えている浮遊機械らしき物体を差し出してきた。しかし音機関に詳しくないので何がどうなっているのか分からない。答えを求めるように全員の目がギンジを見れば、彼は悲鳴のような声で言った。
「どうやらこの浮遊機械、壊れてしまっているみたいなんです」
もうひとつの結末 27
08/03/26
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