二手に分かれた後も、両方とも特に苦戦する事も無くサクサクと進む事ができた。というよりも、早く終わらせて合流しようという無意識が働いていたのかもしれない。先ほどより少し早足で歩くシロは昔ちょっと苦戦した中ボス的魔物を軽くぶちのめしてようやく一息ついた。


「ここまでくれば後はもう少しのはずだ。何だ、意外と早かったな」
「ほとんどあなたのおかげですわね。わたくしたちほとんど働いてませんわ」
「ははは、まあ楽でいいじゃないか」


少しつまらなさそうなナタリアをガイが笑いながら宥める。そんな2人の会話が聞こえていないのかシロはやたらと辺りを見渡していた。まったく落ち着きの無いその様子に、そんなにクロに会いたいのだろうかとガイが苦笑する。


「何だ何だ、そんなに長い間離れてないだろう?クロ欠乏症か?」
「……はっ?な、ななっ何言ってんだよガイ!んな訳ないだろ!」


一瞬ポカンとしたシロはすぐに顔を赤くして拳を振り上げた。不意をつかれた様なその様子に、違ったのかと少し目を丸くしてみせると、不服だったのかシロがむっと頬を膨らませる。その様子がほとんどルークと同じものだったので、やっぱり同一人物なんだなあと心ひそかにガイは思った。その間にナタリアがガイと同じように目を丸くしてシロを見る。


「まあ、違ったんですの?わたくしもてっきりそう思ってましたわ」
「何でだよっ今まで散々離れてたんだし!そうじゃなくて、変な感じがするんだよ」


まだ少し顔を赤らめながらもシロは手を広げて辺りを指し示した。変な感じ、と言われても一体どんな感じなのかが分からない。


「変な感じ?」
「何かこう、嫌な予感というか……覚えのある感じが……」


不安そうに眉を潜めるシロにさすがにガイとナタリアも警戒しながら辺りを見回す。いくらこの辺の雑魚魔物に無敵を誇るシロがここにいても、同等かそれ以上の力を持つクロもほとんど最強と言っても過言では無いジェイドも反対の道へ行ってしまったのだ。それに強い魔物がいるというのなら、2人きりの向こうも(あまりピンチの場面を想像出来ないが)危ないという事になる。


「……ここでこうしていても始まらない。早く先へ行こう」
「そうですわね」
「うん……」


後ろ髪を引かれるような思いでシロが歩き始めた2人についていこうとした、その時であった。ドン!という凄まじい音と共に、横の岩の壁が崩れて瓦礫がこちらへ降り注いで来たのだ。


「っ!!」
「きゃああ!」
「危ない!」


音と振動にしゃがみ込むナタリアの横で突然の事に動き出せなかったガイは、シロがとっさに頭上に掲げた両手から目も開けていられないほど眩しい光が零れ落ちるのを見た。見ることが出来たのは、そこまでだった。後は光の濁流が目に刺さるのみで、音とも知覚出来ないほどの爆音と激しく体を揺さぶる衝撃を感じる事しか出来なかった。





向こう側で大きな音と光が沸き起こったのに一番早く反応したのはクロだった。次にジェイドも目を細めて轟音と煙立ち上る方角に目を向ける。


「向こうで何かあったようですね」
「くそっ!今のは……!」


クロが明らかに焦り出したので、ジェイドはいぶかしむ様に眉を潜めた。確かに今のは警戒せねばならない事件ではあるが、この辺りの敵を思ってもそこまで心配しなければならない事だろうか。よほどの過保護か、と思ったのだが、別な理由があるらしかった。


「今の光は、超振動だ」
「何ですって?……それは本当ですか」
「間違いない。おい、早く行くぞ!」


超振動を使わねばならない場面といったらそんなに無い。よほどの事が起こった証拠だ。それにクロにはもう一つ心配な事がある。レプリカは超振動の制御が被験者ほど上手くは無いし、元々は乖離を起こしていた体だ。今もシロの体が第七音素のみのレプリカの体なのかは分からないが(もしもこのタイムスリップがローレライの仕業ならば十中八九第七音素の体だ)、体に負担をかける大きな力は使わないほうがいい。
やはり別れなければよかったと後悔するクロを先頭に2人は駆けた。やがて目的の墜落したアルビオールが見えてくる。それと共に目に入る向こう側に、何者かが立っているのが分かった。しかし一人だ。すぐに見えてきたその者の正体に、思わず2人は足を止めていた。


「来たか」
「貴様……ヴァン!」


一人でそこに不敵な笑みを浮かべながら立っていたのはヴァンであった。その雰囲気と懐かしいとも思える気配に、彼がどうやらこの世界ではなく「自分達の世界」のヴァンである事を即座に感じ取ってクロが無意識に舌打ちする。せめて、何故かヘタレてるこっちのヴァンならばまだ隙をつけただろうに。ジェイドもいつもの胡散臭い笑みを引っ込めて離れたところに立つヴァンを睨んでいる。


「まさかさっきの音と光は、お前か!」
「私は何もしていない。ただ……どうやら少々崖が崩れてしまったようだな。一部の道が埋まってしまった」
「しらばっくれるな、てめえがやったんだろうが!あいつらはどうした!」
「さて、ここに来ないという事は、不運にも巻き込まれてしまったのかもしれぬな」


馬鹿にしたような態度にすぐさま飛び出そうとするクロをジェイドが抑える。大体、ここから向こう側へは到底届きそうも無い。歯噛みするクロを横目に、ジェイドはヴァンを真っ直ぐ見据えた。


「それで、あなたは私たちを潰しにでも来た訳ですか」
「そうだな……潰すというより、邪魔をしに来たというべきか」
「何……?」
「ここで消してしまってはつまらんだろう」


完全に舐めきった様子でヴァンは笑う。そのままおもむろに剣を抜くと、アルビオールへと突きつける。嫌な予感が全身を駆け巡った。


「この空を飛ぶ便利な譜業が無くては、これから不便だろうなあ」
「おい、やめろ!中にはまだ……!」
「光龍剣!」


ヴァンの放った剣技は制止の声を振り切りアルビオールに直撃した。元から黒い煙を上げていた半壊のアルビオールは、爆発音と共に大破する。それをクロとジェイドは見ている事しか出来なかった。ただの鉄の塊となって崖の下へと落ちていくアルビオールに、ヴァンが満足したように笑う。


「これで空の道は断たれた!これからもこの広い世界を自らの足で這い蹲って歩くがいい!ははははは!」
「っ待てヴァンー!」


どこからか現れた怪鳥に捕まってヴァンは空へ飛び上がった。もう何をしても届かないだろう。空を睨みつけるクロの隣で、ジェイドはアルビオールを見下ろした。そのほとんどが、すでに谷底へと沈んでしまっていた。並んで下を見たクロは、がくりと膝をついてしまう。
頭の中には、かつて共に空を駆け巡ったギンジの笑顔が浮かんだ。どんな無茶な要望を出してもアルビオールを飛ばしてくれた、数少ない仲間といえる存在だった。そんな彼を、救えなかった。


「……っ!」
「これでは……操縦者もひとたまりもないでしょう」
「そうですよねー、乗ってたらタダじゃすまなかったですね」
「くそ!ギンジ……すまない……」
「そんな、あなたのせいじゃないんですから!そんなに落ち込まないで下さい」
「いや……俺がもう少し早く辿り着いていれば……って誰だ?!」


思わず振り返ったクロの目の前には、肩に手を乗せてこちらを慰めてくる見覚えのある人物が立っていた。今しがた脳裏に思い描いた顔と同じ顔を見て、柄にも無く飛び上がり、そのままの勢いで襟首を掴んで詰め寄った。


「てめえええギンジ!何故生きてるんだ!」
「ひえええっすいません名も知らない人ーっ!勝手に脱出してましたー」
「何だと?!」
「墜落してしまった後、落ちそうだったんで慌てて避難したんですよ。いやでも避難しててよかったです」


どうやら覚えのあるギンジよりこのギンジは丈夫だったようだ。安堵感にクロはらしくも無く再び膝をついてしまった。しかしさすがのジェイドもからかう気にはならない。慌てるギンジをよそに、ヴァンの立っていた向こう側へと向き直る。


「さて……後は向こうのメンバーですが」
「おーい!クロ、ジェイドー!」
「噂をすれば何とやら、ですね」


視界に入ってきたのはガイだった。傍らにはちょっと疲れた様子のシロと、少し離れてナタリアの姿も見える。アルビオールはともかく、ひとまず全員が無事な事を確認して、クロは安堵のため息を深く深く吐いたのだった。





   もうひとつの結末 25

07/09/17