茶けた大地の上にその町はあった。音機関都市ベルケンドから定期船に乗って数時間、別大陸にあるがそんなに距離は離れていないその町は、職人の町シェリダンだった。連続で音機関どっさりの町に立ち寄ったガイは多大なる衝撃にフラフラしているが皆が無視している。
「それで?ここに噂の空を飛べる音機関があるという訳ですか」
町が目の前という場所でジェイドがここまで先導してきたクロとシロへ声をかける。ちなみに大爆発の研究はひとまずベルケンドに下僕……ではなく助手のスピノザを残して任せている。もちろん逃げ出さないよう知事を脅して……ではなく説得して見張りをつけてもらっているので安心だ。
声をかけられて頷いたのはシロだった。
「そう!飛行実験で墜落する前に借りれるように早めに来たし、きっと大丈夫!」
「しかしその音機関は貴重なものなのでしょう?貸して下さるでしょうか」
ナタリアは心配そうにそう言ったが、他のものは特に気にしてはいなかった。いざとなったらいつもの?ように権力とその他で脅してもとい説得すればいいだけなのだ。近頃そればかりのような気もするが目をそらすことにしている。
そうやって訪れたシェリダンでは、住人がやけに慌てた様子で駆け回っている最中であった。
「なあ、どうしたんだろう。皆すごく慌ててるけど」
「これじゃあ音機関がじっくりと見ることが出来ないな」
「黙っとけ偏執狂。……嫌な予感がするな」
クロが眉を寄せたのを見て、シロもその嫌な予感というものに感づいた。出来ればその予感は合って欲しくはないものだ。しかし、世の中何故だか嫌な予感ほど当たるもので、予想通り町の奥でなにやらもめているお年寄りを発見した。遠くの空には心なしか怪しい煙がたなびいているようにも見える。
「あのー……すみません、予想はついてるんですけどどうしたんですか?」
恐る恐るシロが話しかけると、揉めていたお年寄りの中から1人が声を上げた。シロは聞かずとも名前をすでに知っている、イエモンだ。
「何じゃい見知らぬ小僧どもじゃな。こちとら大事な飛行機械が落ちて大変なんじゃ!」
「ちょっと!乗ってたのはあんたの孫だろう、少しはそっちの心配をしたらどうだい!」
「はあ……やれやれじゃ」
それを諌めるのがタマラ、呆れたようにため息をついているのがアストンだ。元気よく言い合うその光景に一瞬息を詰まらせたシロだったが、すぐに後ろへと肩を引かれて下がらせられる。代わりに前に出たのはクロであった。
「俺たちはその飛行機械を借りに来た。操縦者と部品を拾ってくる代わりに少し貸してくれないか」
事前にシロから説明を受けて、機体はもう1つ2号機があるので墜落した1号機の浮遊機械さえ回収できれば借りる事が出来る事を知っているからこその台詞だった。簡潔な申し出に一瞬押し黙った「め組」の3人は額をつき合わせてしばらく相談し、すぐに向き直ってきた。
「あい分かった。あんたたち見た所真剣に急いでる様子じゃからな、仕方が無い」
「あたしたちがメジオラ高原にいくのは難しいし、ギンジの命には代えられないしねえ」
不意に出たギンジの名にクロがぴくりと反応する。かつては彼と共に空を駆け回ったのだから仕方の無いことだった。しかし一瞬の反応を押し込めたクロは任せてくださいとばかりに一礼をしてみせる。もっと気にしたっていいのになあと後ろでシロが思っていたりするが、振り返ったクロはすぐに歩き出していた。
「いくぞ。早く部品を回収してアルビオールを借りなければ」
「え?いやギンジもだろ!何無視してんだよ」
「無視などしていない。ギンジは助けるが俺たちの目的を忘れないようにだな」
「……もしかして照れてるのか?」
「?!だっ誰が!」
シロが冗談半分に言った言葉にすぐさま反応するクロ。後ろのギャラリーが「このツンデレが」とか思いながら歩きながら器用にじゃれ合う赤毛共の後に続いた。目指すは、アルビオール(とギンジ)が落ちたメジオラ高原だ。
「……なあクロ。これって」
「ああ、歴史が変わり始めている証拠だ。油断は禁物、だな……」
じゃれ合う姿勢のまま潜めた声で会話をする2人の緑の目は、強い警戒の光を放ったまま、茶けた大地を見つめていた。
いくら凶暴な魔物がうようよ出る地だろうと、一度世界の隅々まで回ったシロとクロの前では敵ではなかった。こちらを威嚇しながら周りをうろつく魔物はガン無視し、たまに攻撃してくる所に剣を叩きつけてやればそれで終わりだ。後ろからついていくガイもジェイドもナタリアもやる事が無い。しかし、ここで問題が起きた。
「あ、アルビオールを引き上げるには二手に分かれなきゃいけなかったっけ」
「何?早く言え屑が。余計な時間食うだろう」
これ、とイエモンたちに手渡されたランチャー2個を見せてきたシロを軽くはたいてから、クロは後ろを振り返った。ジェイド辺りはきっと気付いていながらも口出ししてこなかったのだろうと見越しながらも、その件については何も言わずにクロは1個ランチャーを手前にいたガイに手渡した。
「仕方がねえ、お前らこの先に行け。俺たちは回って反対側から来る」
「おっおいおい待ってくれよ。俺たちとお前達の組み分けなのか?!」
「何か不満でもあるのか」
当然の様に言い放ちさっそく歩き出そうとしたクロを慌ててガイが止める。自分が不満そうな顔をして振り返ってきたクロに答えたのはジェイドだった。
「戦闘能力を考えれば、あなた方が分かれてくれた方がこちらとしては大助かりなんですがねえ。四六時中常に一緒にいたいという若い情熱には申し訳が無い所ですが」
「なっ……?!何を馬鹿な事を言ってやがる眼鏡!」
途端にクロが少々顔を赤くしながら叫び返す。ツンデレの操作方法をよく心得ている大佐殿であった。ナタリアなんかは真顔で「そんなに恥ずかしがらないでもいいですのに」とか呟いているが、クロには逆効果であった。ランチャーをいじくってこっちの話をまともに聞いていなかったシロへ、八つ当たりをするように怒鳴りつける。
「おい!俺は向こうへ回ってくるから、お前はこのまま先へ進め!いいな!」
「……へ?あ、俺たちが分かれるの?りょっ了解!」
「後は適当に誰か来い!行くぞ!」
「それでは私があちらに行きましょうかね(弄くりがいがあるから)」
ずんずんと不機嫌そうに来た道を戻っていくクロへ楽しそうな笑顔を浮かべたジェイドがついていった。とても先が思いやられる二人組みであったが、止める間もなく姿が見えなくなってしまった。返事をするので精一杯だったシロが後姿をポカンと眺めていると、苦笑しながらのガイに肩を叩かれる。
「さあ、俺たちも行こうぜ。あの調子だともたもたしていたらあちらが先についてしまいそうだ」
「あ、うん。……クロ大丈夫かな」
「きっと大丈夫ですわ。クロも強いですし、ジェイドだってついていますもの」
慰めるようにナタリアが声をかけるが、ナタリア的には「魔物に」、シロ的には「ジェイドに」大丈夫か心配していたので、何となく腑に落ちないままシロは頷いておいた。
後から思えば、この腑に落ちない気持ちは今から起こる事を予期していたものだったのかもしれない。
もうひとつの結末 24
07/07/05
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