「それではこれからあなた方は首都グランコクマに行く予定なのですね」
「その途中でタルタロスが地雷を受けてしまって……勝手な停泊、すみませんでした」
「いいえ、それならば問題ありません。さっそく技術者を手配して修理させましょう」


ネフリーにあらかたの事情を説明すると、とても親切に対応してくれた。その事に一同無言で感動する。口には出さないが、全員「あのジェイドの妹なのに……」と勝手で失礼な事を思っていたりする。


「ああ、そうです、皇帝陛下に早く会えるよう私からの書状もお渡しいたします」
「えっいいのですか?ありがとうございます」


ネフリーはさらさらと素早く書状を書いて手渡してくれた。代表してイオンが受け取り、深々とお辞儀をする。同時に後ろに控えていた全員がイオンに習った。


「おそらく一晩は時間が掛かるでしょうから、今日はここでお過ごしください。宿は手配いたしますので」


そう言って微笑むネフリーが女神に見えたのは仕方の無い事だった。





「何あれ!超いい人!あの大佐と血が繋がってるなんて思えない!」
「アニス、大声で失礼ですよ、大佐にも知事にも」
「でもよかった、下手をすれば捕まる事態だったもの……全部ネフリーさんのおかげね」


ネフリーはこの町で1番高級なホテルを手配してくれたらしい。心の中で再びお礼を言いながら知事宅を出た一行は、雪がちらほら舞い散る中ホテルへと向かう。前を進むのはアニスとイオンとティア、その後ろについて歩いているのはルークとアッシュだった。


「これで明日はグラタンコグマにいけるな!」
「グランコクマだ。だがまあ直接タルタロスで乗り込むのは色々危険だから、迂回する事になるだろうな」


アッシュは頭の中で進むべきルートを1人シミュレーションしていた。その少し前を、前方に見えるホテルをうきうき眺めながらルークが小走りで駆ける。慣れない雪の感覚にまだ浮かれているのだろう。その無邪気な様子に自分でも気付かぬ内に微笑んでいたアッシュは、その時何か奇妙な感覚が自分の体の中を駆け巡っていくのを感じて思わず足を止めた。


「……?!何だ……?!」


とっさに胸元に手を置いてみるが、すでにその感覚は失われていた。アッシュの中にはその時感じた嫌な予感しか残っていない。さっきのは一体なんだったのか。あんな感覚は今まで味わった事が無い。そう、例えるならば……自分の中から何かが抜けていくような、そんな感覚。
アッシュが立ち止まって変な表情をしている事に気がついたルークが、ざくざくと雪を踏みしめながら近寄ってきた。


「アッシュ、どうした?苦しいのか?」


胸に手を当てる様子を見てルークが心配そうに顔を覗き込んでくる。アッシュは何か言おうと口を開けて……やっぱり閉じた。言う必要が無いと思ったのだ。自分でも何だか分かっていないのもあったが、無闇に発言してルークを心配させる事もないと思ったのだ。胸の奥で疼く奇妙な違和感を押し込んで、アッシュは再び歩き出した。


「何でもない。こんな所にいつまでもいたら風邪ひくぞ、早くしろ」
「へ?あ、待てよー!アッシュが先に止まったんだろ!」


慌てて後を追ってくるルークの気配を確認して足を速めたアッシュは、まだこの時には、自分とルークの間で確実に始まっている現象の事を自覚できないままであった。





翌日。修理してもらったタルタロスは元気にケテルブルク港を出発することが出来た。そのまま首都グランコクマ……には行かず、以前某盗賊が破壊したままのローテルロー橋の所で一度タルタロスを降りる事となる。マルクト帝国関係者のいない今直接でっかいタルタロスで乗り込んでは捕まるだけだからだ。なので、ここからテオルの森を越えて徒歩でグランコクマへと向かう事になる。

テオルの森入口、そこには見張りのマルクト兵が立っていた。


「……何か、通れる雰囲気じゃないな……」
「せっかくタルタロス置いてきたのに、ここで捕まると意味無いわよねえー」


物陰に隠れながらこそこそ話し合う。兵士はまだこちらに気がついていないようだった。


「あっそうだ!最終兵器イオン様を出せばいいんじゃない?」
「あの様子じゃ、ダアトの導師でも難しそうだがな」


アニスの提案をアッシュが一蹴した。確かに無駄に厳重体制である。つくづく、マルクト軍大佐がここにいないことが悔やまれる。考えあぐねていると、ティアが躊躇いがちに口を開いた。


「私が譜歌を唄って、見張りの兵を眠らせて強行突破しましょうか……?」
「えっ駄目だよティア、それじゃティアが疲れるだろ?」


しかしルークがすぐさま首を振った。ティアはびっくりしてルークを見る。ティアは魔物との戦闘でも時々譜歌を使っている。その際若干疲れていることを、ルークは見抜いていたのだ。譜歌だってただの歌ではないのだ。代わりに、という感じにルークがそのまま手をあげる。


「こうなったら、隙を見計らって兵士をぶっ倒すしかないと思うんだ」
「ルーク?!」


まさかルークの口からそんな物騒な提案が出てくるとは思わなくて全員で驚いた。しかしその中から1人大きく頷く人物がいる。アッシュだった。


「そうだな、仕方がねえ。殺さぬよう昏倒させればいいだろう」
「ほ、本当にそれでいいんですか?危険ではないですか?」


温厚なイオンが止めに入るが赤毛2人の瞳はすでに決意の炎が灯っていた。この潔さ、2人揃ってどこから学んだのだろう。いや、大体想像はつくが。見つからないよう隠れながらこっそり侵入してはどうか、という提案が出される事なく危険な作戦が今始まろうとしていた時、森の奥から悲鳴が響き渡ってきた。


「何っ!?」
「森の奥で何か起こったな……」


明らかに尋常ではない事態だった。皆で顔を見合わせて頷くと、物陰から飛び出す。入口に兵士の姿は無かった。


「乗り込むぞ!遅れるな!」
「アッシュー、途中で兵士に会ったらどうする?」
「斬り捨てろ!」
「いいの?!」
「分かった峰打ちな!」


そんな会話を交わしながら森の中を駆け抜ける。幸いにも兵士に出会う事はなかった。代わりに、嫌な者と会う事になる。異常事態のためかそれに気がつくことが出来なくて、アッシュはかわし損ねた。


「ぐっ!」
「アッシュ?!」


ぐらりと傾いたアッシュに慌ててルークが駆け寄ろうとする。その間に立ち塞がる者があった。一瞬保護色かと見間違えそうになる、緑色。


「おっと、あんたはあんまり近づかない方がいいと思うよ?」
「え?あ……」


驚いた顔で立ち止まるルークの目の前で、仮面越しににやりと笑いかける。そうして六神将疾風のシンクは、とっさに何かを受けてしまった腕を押さえるアッシュを心底楽しそうに指差した。


「あいつにカースロットの呪式をかけてやったからね……今、この僕が」





   もうひとつの結末 23

07/04/16