流れる水は美しかった。透明で冷たい水面を見つめていると、心が澄み渡っていく気がする。あまりこの場所に来る機会はなかったが、それでも生涯忘れられない場所だった。ユリアシティである意味一度「死んだ」自分は、きっとここを通り世界へ再び「生まれた」のだろう。
ここはアラミス湧水洞。クリフォトにあるユリアシティと外殻大地を繋ぐ唯一の道だ。


「懐かしいなあ……」


辺りを見渡しながら、シロは小さくため息をつくように呟いた。ここにティアとミュウと共にやってきて、待っていてくれたガイも連れて外へ出たのだ。あの時は、こうやって景色を眺める余裕も無かったが。シロが届く事の無い昔へ想いを馳せていると、唐突に足元の固さが無くなった。


「うわ?!」
「……馬鹿か」


足を踏み外したシロはしかし下へ落下する事無く引き戻された。ボーっと上の空状態のシロを見守ってくれていたクロがすぐさま腕を伸ばしてくれたお陰だ。跳ねた心臓に手を当ててほっと息をついたシロは、すぐにクロへと振り返る。


「馬鹿とは何だよ!そりゃ確かに俺の不注意だったけど!」
「お前の不注意はアラミス湧水洞に入ってから今までの長い間の事を言うのか」
「うっ……」


そんなにボーっとしてたかなあと首をかしげるシロにクロは思いっきりため息をついた。そのまま傾いていた頭に優しく手を触れる。


「思い出したり考え込んだりするなとは言わない。だがせめて歩いている間は止めろ。足を踏み外したり魔物に襲われたりしたらどうするつもりだ」
「そんときゃクロが助けてくれるだろ?」


ケロリとシロに答えられて、クロはとっさに言葉が出てこなかった。至極当たり前の事のようにシロはクロが助けてくれると口にする。つまりそれだけ信頼してくれているという事だ。何だかこそばゆい気持ちがふつふつと沸き起こってきたクロはとっさに目をそらした。それぐらいしか出来なかった。


「自惚れんじゃねえよ屑」
「あ、ここ赤くなってる。やーい照れてやんのー」
「突くなっ!」
「わっもーやめろよくすぐったいだろ」

「ゴホン」


頬を突きあうクロとシロの耳に、いかにもなわざとらしい咳の音が届いてとっさに顔を向けた。そこには、顔はにこやかに笑いながらも目は笑ってないジェイドが眼鏡を光らせながら立っていた。その隣には別段驚いた様子も無いナタリアとどこかげんなりした様子のガイもいる。


「はいはいあなた方の万年新婚熟年夫婦っぷりはよーく分かりましたから、さっさと先に進みましょう」
「あっそうだ早く行かなきゃいけないんだった!クロ早く!」
「ちっ。……待て、誰のせいで足が止まったと思ってやがる」


ジェイドの言葉にあっさり2人は歩き出した。言葉の内容については一切つっこんでこないのでガイは脱力するしかなかった。


「自覚しているからなのか気づいて無いだけなのか……。どっちにしたって常にあてられてるこっちの身にもなって欲しいな」
「あら、微笑ましいではありませんか。私もあんな素敵な夫婦になりたいですわ」


ガイと対照的にナタリアはうっとりした様子で赤毛2人の後姿を眺めている。ガイは懸命にも「誰と?」とは聞かなかった。彼女の元許婚も現許婚もすでに目の前の2人をちょっと拙くしたような感じになっているのだから。と、そこへシロとクロの後を追って歩き出したジェイドが2人を振り返ってくる。


「さっさと先へ進みましょうと言ったはずですがねえガイ、早くしなければうっかり秘奥義放ちますよ」
「確信犯なのに何がうっかりなんだ!しかも何で俺だけ!」
「男が文句ばかりみっともないですわよ、ガイ」


何故だかよってたかって責められるガイは肩を落としながら、やっぱりこっちについてくるんじゃなかったと非常に後悔するのだった。




仲間達は今別れて行動しているところだった。発案者のクロとシロはジェイドとガイとナタリアを連れてアラミス湧水洞を通り目指すはベルケンド。残ったルークとアッシュ、それにティアにアニスにイオンはグランコクマを目指してタルタロスの上だった。ちなみにお友達の鳥さんを貸してくれたアリエッタとシンクはいつの間にかどこかへ消えていた。ダアトに戻ったのかもしれない。
タルタロスは今、セフィロトツリーの力を利用してちょうど外殻大地の海へと戻ってきた所だ。


「すっげーすっげー今の!なあアッシュ見たか今の光るやつ!すごかったなー」
「お前は意外と肝が据わってるな……」


周りが衝撃によろめいている中外を指してはしゃぐルークにアッシュは呆れを通り越して感心していた。傍に行きたいが操縦の方があるため無理だ。代わりにルークはイオンと並んで青い空と青い海を眺めている。


「やっぱり紫色の海より青色の海の方がいいよな」
「そうですね。瘴気の海では泳げないですし」
「俺海で泳いだ事ねえや。イオンはあるのか?」
「いいえ、残念ながら……。いつか共に泳げるといいですね」
「ああ、そうだな!」
「……微笑ましいわね……」


ほのぼのと会話するルークとイオンの後姿を眺めてティアがため息をついている。その顔は「可愛いらしい光景だわ」と書かれているかのように恍惚とした表情だ。まったくお子様は気楽なんだからーという顔のアニスもちらちらと2人を気にしている。仮にも戦艦に乗っているというのに緊張感がまるで無いメンバーにアッシュは内心ため息をついた。そこではたと気がつく。


「……この中で1番の年長者はもしかして俺か?くそっ」


いきなり舞い込んできた責任感に思わず舌を打つ。アッシュより歳が上のものは皆向こうだった。年上に見えかねないティアも1つ下だし同じ歳に見えるルークも中身は7歳のお子ちゃまなのだ。イオンとアニスは言わずもがな。
先行きが不安になってきたアッシュ、その心情が表れたのか何なのか、タルタロスはいきなり轟音と共に大きく揺れた。


「きゃー!何?!何々?!何が起こったのよー!」
「あっそういえば!シロが一応機雷に気をつけろって言ってた!」
「海にあった機雷にタルタロスがぶつかったのでしょうか……」


アニスが叫びルークが思い出しイオンが呟いた言葉に皆で外を見た。よくは見えなかったが、やばそうな黒煙が吹き上がっている。アニスがきっとアッシュをにらみつけた。


「もーっアッシュのせいだかんね!ちゃんと操縦してよ!」
「俺か?!てめえらだってかなり余所見してただろうが!」
「この中で年長者はあなたよ。きちんと責任をとってちょうだい」
「うぐっ……」


ティアに痛いところを突かれてアッシュは言葉につまった。基本的に責任感をきちんと持っているし年長者である事も自覚していたので反論が出来なかったのだ。女性2人に責められるアッシュに慌てて助けに入ってきたのはルークだった。


「そ、そんなにアッシュばかり責めるなよ!俺がちゃんと忠告聞いてたのに忘れてたのが悪いんだし……」
「ルーク……」


アッシュ、思わぬ助けに不覚にもキュンとくる。クロでもいればよしよし偉いなとでも撫でている所だろう。ティアもアニスもルークが言うんじゃまあいいかと引き下がってくれた。その隙に、イオンが声を上げる。


「このまま進むのは危険です。どこか近くの町に寄って修理をして貰いましょう」
「さんせーい!でも、この近くにある町ってなんでしたっけ?」
「……ケテルブルクだな。急ぐぞ」


こうして負傷したタルタロスはひとまず雪の国ケテルブルクへ進路をとった。内心パニクっていた皆は、「戦艦タルタロスがいきなり現れたら住民びっくりするだろうな」とそこまで思考する事が出来なかった。





   もうひとつの結末 20

06/11/30