髪を切ったアッシュを見て1番驚いたのはシロだった。顔を真っ青にしてがしっとアッシュの肩を必死の形相で掴んできたのだ。


「どっどうしたんだアッシュその髪!まさかクロにやられたんじゃあいたっ」
「お前は俺を何だと思ってやがる」


クロに容赦の無い拳骨をお見舞いされて床でのた打ち回るシロの隣でルークは目をぱちくりとさせてアッシュを見ていた。アッシュは一度ざっくりと切ってからまだ揃えてない後ろ髪を気にするように撫で付けて目を逸らす。


「アッシュ、どうして髪切っちゃったんだ?」
「こ、これは、その、あれだ……」
「失恋?!失恋かアッシュ!お前の恋はまだ始まってもいないじゃないかっ!」
「うううるせえ黙れっ!」


がばりと身を起こしてきたシロに怒鳴りつけて、アッシュはきっと表情を引き締めてルークの目の前に立った。


「俺は、俺の決意のために髪を切った。だから……見ていろ」
「え?……うん」


一瞬戸惑ったルークは、しかし真剣なアッシュの表情に素直に頷いた。アッシュは心の中で安堵する。と、そこで傍から見守っていたほかの仲間達の仲からアニスがアッシュの頭を指差して言った。


「どーでもいいけど、その頭のまま行くわけぇ?こう言っちゃ何だけどダサダサだよー」
「うっうるさい!適当に切ったんだ仕方がないだろう!」
「私、少しなら切りそろえられると思うけど」


ティアがハサミを手に持ちながら申し出てきてくれた。アッシュが頼もうとしたところ、後ろからおもむろに肩を叩かれる。振り返るとそこにはシロがいて、無言で自分の頭を指差した。そういえば、以前シロのヒヨコ頭はティアに揃えてもらったと聞いた。それ以来長いのがうっとおしいからずっと今の髪型をキープしているのだと言っていたが……。つまりシロはこう言っている。

ティアに揃えてもらうとひよこになるぞ、と。


「……いや、悪いが遠慮しておく」
「そう?」


心なしかティアは残念そうに引き下がった。それでもアッシュは絶対にヒヨコ頭だけにはなりたくなかった。ニワトリ頭がヒヨコ頭になるなんて退化しているようなものじゃないか。


「って誰がニワトリ頭だっ!」
「あ、そしたらガイにやってもらったらどうだ?俺が小さい頃ガイにやってもらってたし」


シロがガイを指した。確かにこの手先の器用な万年使用人なら髪を切りそろえるぐらい出来そうだ。ガイも笑って頷いた。


「ああ。出来るけどな、つい手元が狂ってうっかりおかっぱにしてしまいそうだが、いいか?」
「……やめておく」


爽やかに笑いながら恐ろしい事を言うのでアッシュはそっと目を逸らした。最初は眼中に無かったアッシュもいつの間にかルークを奪い取る敵に認定されていたようだ。それもそれで何だか悲しい。いっそ鏡を借りて自分で何とか切りそろえようかとアッシュが考えていると、ルークが声を上げた。


「そうだ、クロに頼めよ!俺の髪切ってくれたのクロだもん!」
「何?」


とっさに振り返れば、ばっちりクロと目が合った。途端にどちらも微妙な表情になる。ルークとシロは普段から色々話して笑いあったりしている(そしてさっきの出来事でさらに仲良くなった)が、アッシュとクロはどこかまだギクシャクしていて、どう見たって髪を切りそろえてやるような関係ではない。が、ルークはそう思ってはいないようで、名案だと顔を綻ばせている。助けを求めるようにシロを見るが。


「なんだそうか!最初からクロに頼めばよかったなー」


ああそうだったこいつら同一人物だった、と笑顔でそうやって言うシロの顔を見ながらアッシュは脱力した。仕方無さそうにクロを見ると、あっちも仕方無さそうな顔をしていた。ああそうだった、自分とこいつも同一人物だった。


「……頼む」
「……ああ」


仮にも自分なんだから変な髪形にはしないだろう、とアッシュは納得する事にしたのだった。





「……出来たぞ」
「ん」


鏡を覗き込んで、アッシュはまんざらでも無さそうに頷いた。
かくして、出来上がったのは普通にショートカットで整えられた短髪アッシュだった。ついでにうっとおしい分を切り落とした前髪も下ろした状態で何だか別人のようだ。


「おっすっきりしたなー!似合うじゃんか」
「そ、そうか」
「うんうんいいじゃん。髪の短いアッシュって新鮮だなあ」


ちょうど終わったところにひょっこり顔を覗かせたシロに笑いかけられてアッシュは照れるようにそっぽを向いた。面白く無さそうに道具を片付けていたクロがふんと息を吐き出しながらシロに話しかける。


「で、お前は様子を見に来ただけか?」
「いや、これから外殻大地に戻るって話をしてたから呼びにきたんだ」


そこで、シロが少し俯いた。"かつて"は仲間達と共に帰らず、取り残された後でティアとミュウと共にユリアロードを通った事を思い出したのかもしれない。そうなった理由と共に。しかしすぐに顔を上げたシロに心の中でそっと安堵したクロは、アッシュへと振り返った。


「おい、先に戻ってろ。俺たちは少し話がある」
「……何だよ」
「いいから戻れ」


アッシュはしぶしぶ部屋の外へ出て行った。シロはきょとんとそれを見送る。二人になった部屋の中で、やがてクロが口を開いた。


「……そろそろ本格的に、解決策を見つけておいたほうがいいだろうな」
「え、何を?」


首をかしげるシロも、次のクロの言葉に顔を引き締める事となった。


「大爆発について、だ」
「!!」





一方部屋を出たアッシュは何やらブツブツ言いながら歩いていた。


「ちっ、相変わらず秘密主義でいやがる。一体まだ何を隠しているのか……」
「アッシュ!」
「なっ!?い、いきなり出てくるなっ」


呟きながら歩いていたアッシュはいつの間にか皆の集まる部屋へとたどり着いていたようで、真っ先にルークに話しかけられていた。ルークはアッシュの目の前に駆けてくると、物珍しそうにその顔を覗き込みながら、言った。


「うわ、アッシュかっこいい!」
「っ!!」


真正面から真っ直ぐ不意打ちを食らったアッシュは思わず仰け反りそうになった。ルークの背後で仲間達もほくそ笑んでいる気がしてアッシュは顔に熱が集まるのを感じる。褒められて悪い気はしないが、褒め方が真っ直ぐすぎてこそばゆいのは仕方が無い。ルークはふと考え込む素振りを見せて、自分の長い髪を手にとってみせた。


「……俺も切ろうかなあ」
「何故だ」


ルークの言葉を聞いた瞬間アッシュの口から声が滑り落ちていた。え、と顔を上げてきたルークの顔を見て、アッシュ自身も困惑する。何で今、とっさに声が出てきたのだろう。


「何故、って」
「別に切る必要はないだろうが」
「えーでもよく考えたら長いとうっとおしいし色々大変だし……」
「手入れは俺が手伝ってやる」


そこまで言うと今度はルークの方が何で?という顔で見てきた。自分でもなんでこんなに必死なのか分からないアッシュは理由を説明できない。と、思っていたら、またもや言葉が勝手に滑り落ちてきた。


「もったいないだろう」


自分の言葉を聞いてようやくアッシュは納得した。ああそうだ、もったいない。アッシュは元から自分の濃い髪の色よりシロの若干薄い髪の色の方が好きだった。一見血と見紛うような(実際に鮮血の通り名をつけられたような)深紅よりも、包み込むような優しい夕焼け色の髪が好きだったのだ。そう思ってたら、髪の長いルークがいるではないか。毛先にいくにつれて金色を帯びる美しい髪の色に見惚れたのはアッシュだけの秘密だ。
それを切るという。アッシュとしてはどうしても止めておきたい所だったのだ。


「も、もももったいない……?!」
「ああそうだ、せっかくのその髪の色、もったいない」


アッシュが深く頷けば、何故かルークは顔を赤くして俯いてしまった。どうした?と眉を寄せるアッシュにはギャラリーからひゅーひゅー熱いねお二人さんーとか若いっていいですねーとか嫌味な言葉がかけられるるがあえて無視だ。
ルークはしばらくうろうろと視線を彷徨わせた後、こっくりと頷いた。


「じゃ、じゃあ俺、髪切らない」
「そうか」


アッシュがほっとついた安堵の息にルークはさらに顔を赤くするのだが、案外鈍い所のあったアッシュには理由が分からなかったようだった。





   もうひとつの結末 19

06/11/12