町の中は酷い状態だった。道の脇に転がる虫の息の人々、むせ返るような紫色の瘴気、まるで地獄をこの世にそのまま具現化してきたような光景だ。思わず呆然と立ち尽くす仲間達の中で、クロは眉をひそめて隣で固まる頭を一回叩いてみせる。その後、背後の仲間へと振り返った。


「お前達はとりあえずこの町から人間を全員連れ出せ。なるべく遠くに、早くな」
「全員?しかもなるべく遠くに早くにって、難しくないか?」
「やらなきゃ全員死んじまうんだ、やるしかねえだろ」


クロの言葉に声を上げたガイは元より全員の顔が強張る。今でさえ死の色の濃いアクゼリュスであるが、はっきりと言葉に出されると恐ろしい。戸惑いながら、それでもティアが一歩進み出た。


「分かったわ、やってみる。けれど……あなたたちは何をするの?」
「俺たちは」
「師匠を止めてくる」
「……って事だ」


シロは一言残すとすぐさま駆け出した。まっすぐに、1番濃い瘴気が吹き出している坑道へと。それをため息と共に見送ったクロは、自分も駆け出しながら指を突きつけてくる。


「邪魔する奴らは神託の盾騎士団だろうが髭だろうが容赦なくぶっ飛ばせ。全員移動させたらお前らもすぐここから離れろ、いいな!」
「あっちょっとー!どこいくのよー!」
「いってしまいましたわ……」


紫色の空気の中でも鮮やかな赤色を放つ髪はすぐに消えてしまった。やれやれとため息をつきながら、ジェイドが眼鏡を押し上げる。


「仕方がありません、我々も動きましょう。今は時間が惜しい」


頷きあった皆は、言われた通り住民の避難を開始した。胸の中に広がる嫌な予感が、現実にならないことを祈りながら。





坑道の中にはより一層瘴気が立ち込めていて、駆け込んだシロは思わず咳き込んだ。しかしこの先に行かなければ何も止められない。足を止めずに前へと突き進むシロは、すぐに隣にもう1人の気配を感じる。追いついてきたクロはただ前を見据えて走るだけだった。


「ヴァン師匠は、もういるかな」
「さあな。こっちもかなり急いだが、ルークの件が気になる。先に出発したはずなのにバチカルの屋敷に現れるとは……」
「師匠もしかして天使の羽根が生えてて空を自由自在に飛べるんじゃ」
「止めろ、俺に髭の天使姿を想像させるな!」


走りながらも喋ったり怒鳴ったりしていると、ふとクロが剣を抜いた。一瞬後にシロも戦闘態勢に入る。前方に敵の気配がしたのだ。坑道といえど野生の魔物がいてもおかしくはない。が、取り乱すようにシロはうろたえてみせた。こちらに敵意を向けてくる気配は、魔物ではなかったのだ。


「何で?!どうしてここに神託の盾兵がいるんだよ!」
「ちっ、ヴァンの差し金か」


隙を見せてしまったシロの前方にクロが躍り出た。こちらへ斬りかかってくる兵士に躊躇無く剣を叩きつける。その瞬間、クロも目を見開いた。


「馬鹿なっ!」


驚愕した理由は息絶えた兵士にあった。即死したはずの兵士は地面に倒れこむ前に、眩いばかりの光に全身を包まれた。それが晴れると、そこにはもう死体はない。まるで空中に溶けるかのように消えてしまった兵士に、シロが顔色を青くしながら呟く。


「レプリカ……?!」
「今の時点でレプリカ兵はいないはず……一体どうなってやがんだ!」
「やはり、レプリカというものは便利だな」


吼えたクロの問いに答えがあった。何十ものレプリカ兵の向こう側から、ゆっくりとこちらへ歩いてくる人物。あの髭と眉毛を間違えるわけがない、ヴァンであった。冷笑を湛えるその顔を、クロが青筋を立てながら睨みつける。


「髭、説明しろ!」
「髭ではないヴァンだ。見れば分かるだろう、フォミクリーを使って神託の盾兵のレプリカを作り出したのだ」
「それは分かってんだよ!何故「今」のお前がレプリカ兵を使ってやがるんだ!」


怒鳴りながら、クロは嫌な予感に心の中で舌打ちをしていた。現れるはずの無い場所に現れたヴァン。この場にはいないはずのレプリカ兵。「過去」に飛ばされた自分達。考えたくない可能性が頭を掠める。ただ今は一刻も早く前に進まなければならない。おそらくアクゼリュス崩壊に使うであろうルークが、この場にいないのだ。


「おい、お前は先に行け。俺があの眉毛を足止めしておく」
「眉毛ではないヴァンだ」
「で、でも……!」


一刻を争う事態だと分かっているだろう、それでもシロは躊躇った。目の前に立ちふさがるレプリカ兵を斬る事に躊躇しているのだ。クロだって、必要以上に何もかも抱え込んでしまうシロに同じ存在であるレプリカを斬らせたくは無い。譜術でも使って辺りを一掃してしまおうかとクロが考えていると、背後から急スピードで何かが近づいてくるのを感じた。一瞬後、横を一陣の風がすり抜け、真っ直ぐヴァンへと突撃していった。


「食らえ髭ーっ!」
「私はヴァンだぐはあっ!!」


ヴァンは顔面に文字通りの飛び蹴りを食らってぶっ飛んだ。壁に当たってバウンドするのを呆然と眺めていると何かをぶら下げてきた怪鳥が旋回し戻ってくる。ぶら下がっていた何かは、ストンと地面に着地するとそのままクロへ掴みかかってきた。その翡翠色の瞳が怒りに燃えている。


「てめえよくも俺1人置いていきやがったな!おかげでぶら下がっていた腕が痛くてたまんねえだろうが!」
「アッシュ!?どうして鳥にぶら下がってたんだ?!」


シロが驚きに声を上げる。バチカルから真っ直ぐ飛んできたアッシュがようやく追いついたのだ。そうこうしている間に、数頭のライガが勢いよくレプリカ兵へと飛び掛っていく。魔物の主が、アッシュと同じように怪鳥にぶら下がってやってきた。


「間に合った、です」
「アリエッタ……それに、シンクも!」
「成り行きでこんな所まできちゃっただけだよ」


憎まれ口を叩きながらもちゃっかりヴァンの上に着地したシンクは、足元でぐふうとか言ってるものを完全に無視したまま赤毛三人を見た。掴みかかっていたアッシュがいつの間にかクロに押さえ込まれて地面に伏せているのにもつっこまずに、奥を指してみせる。


「ほら、あんたらやる事があるんだろ?さっさといきなよ。僕はここで遊んでるから」
「あ、足止めしてくれるのか?何で……」
「シロ……苦しそう、だから」


シロが戸惑う目で見ていると、アリエッタがシロの袖をきゅっと掴んだ。驚いて視線を向けると、アリエッタは抱きしめているぬいぐるみに顔をうずめてしまった。


「シロに、たくさん助けてもらったから、今度はアリエッタが助ける、です」
「アリエッタ……!」
「……いくぞ。ぐずぐずしているとここも落ちる」
「おい何が起こってるんだ。あの奥にルークがいるのか?!」


先を急ごうとする中でアッシュが尋ねてくる。今更な質問に思えたが、よく考えたらアッシュにはほとんど何も説明していなかった事に気がついて、質問に答える余裕も無いシロの変わりにクロが簡潔に答えた。


「このままではルークの超振動によってアクゼリュスが崩壊させられちまうんだよ、分かったらさっさと……」
「崩壊だと?!しかもルークを使って?!そんな重要な事は早く言え!急ぐぞ!」


聞いた途端アッシュが駆け出した。一瞬あっけに取られて、慌ててシロとクロも後を追う。レプリカ兵はシンクとアリエッタのおかげで、前方に立ちふさがる事もなかった。もちろんヴァンも起き上がってこない。


「おい待て!1人で先走るな!」
「うるせえ先に急かしたのはそっちだろうが!ルーク待ってろ今行くからな!」
「アッシュ……若いなー」


今の状況何もかも忘れて、シロは前を走るアッシュの背中を見つめながらそんな事を呟いていた。隣で複雑そうな顔でクロが押し黙ったのは言うまでも無い。





   もうひとつの結末 16

06/10/27