ルークはその目で初めてバチカルの全体像を見た。話には聞いていたが、今まで自分はあんな高い所で生活していたのかと考えて思わず頭がくらくらする。町の中を行きかう同じバチカル市民だってルークにとっては見知らぬ異世界の人々だ。あの静かで広くて狭い屋敷のすぐ外にはこんな世界が広がっていたのだ。自分がいかに狭い場所で生きていたのかを思い知ったルークは、最早ため息を零す事しかできなかった。
ふとルークが隣を見ると、そこに立っていたアッシュも同様に複雑な表情をしていた。ああそうか、アッシュは帰って来たのか。納得したルークはアッシュの心情を思って1人沈んだ。互いに望んだ事ではないが、居場所を奪い奪われた関係なのだ。アッシュだって少なからずルークの事を憎んだりしただろうと思うと胸の奥が痛いほど締め付けられる。故郷への帰国は、とても複雑で重い気持ちと共に行われた。
「うわー懐かしいなー。久しぶりに闘技場行きてえ」
「んな暇あるわけないだろ屑が」
ルークとアッシュが沈んでいるのにシロとクロはとてもリラックスした様子だった。明らかに帰国を楽しんでいる。自分達の未来だと言うのなら少なからず何かあるだろうと思うのだが、微塵もそんな様子を見せない。何かずるいなあとルークは心の中で1人愚痴った。こっちはぎこちない心地を味わっているというのに、気にした様子も無く自然体でいる2人がとても羨ましかった。
しばらくブラブラした後最上層にあるバチカルの城に皆で押しかけると、大詠師モースが国王に戦争をほのめかしている所だった。色々あってすっかり忘れていたが、戦争を回避するためにマルクト皇帝からキムラスカ国王への親書を渡す事が、今回の旅の目的なのだった。急いで止めて親書を渡してしまわなければ。
「なあ!ここであいつぶちのめしとけば後々楽じゃないかな!」
「公衆の面前で仮にも大詠師を殺す訳にもいかねえだろ」
後ろで物騒な事を話している2人がいるがみんな気にしないことにした。シロはすでに剣を抜いていたり、クロは諌めながらも手がうずうずしていたりしていたがそれも気持ちよく無視する。先陣きったルークがバンと扉を開けると、モースがぎょっとしてこちらを振り返ってきた。そしてますますぎょっと目を見開いたようだ。
「そいつの言ってる事は全部でたらめだ!」
「ぶっ無礼者!誰の許しを得て……!」
ルークがびしっとモースを指すと、大臣が慌てて駆け寄ってきた。それを国王が止める、前にアッシュが足払いで転ばせた。一瞬びっくりした国王は、うろたえながらもルークを見る。
「そ、その方は……ルークか?シュザンヌの息子の」
「えーっと、そうです」
一応、とルークは心の中で付け足す。一方一同を見渡した国王は赤毛が何人もいるのでびっくり仰天していたが、一国の王が簡単にパニックを起こすわけにもいかないし、一応肯定されたのでルークをルークと思おうと決めたのか、何とかそのまま椅子に座っている事ができた。
脇に押しやられたモースも何か口答えしようとするのだが、やけに目つきの悪い赤毛に睨まれて何もいう事が出来ない。というか見覚えのある六神将の1人まで一緒に睨みつけてくるので、頭が混乱していたのだ。
「御前を失礼します、陛下」
その隙にジェイドが国王の前へと進み出て、親書を大臣へと手渡した。それを読んだ国王がマルクト帝国の軍人であるジェイドと、ダアトの導師であるイオンを見てとても複雑なため息をつきながら、よくよく考えねばなるまいと呟いた。
「答えはすぐに出せぬ。ますはゆっくりと旅の疲れを癒されよ」
こうしてひとまず、親書を手渡す事に成功したのだった。
部屋を用意してあるという大臣の言葉をルークの屋敷が見てみたいと一蹴したイオンの一言をきっかけに一行は城を出てきた。ルークはどこか焦るようにそわそわしていた。去り際に国王から、母が病に倒れた事を告げられたのだ。まず間違いなくルークがいなくなったためだろう。何気に母思いのアッシュもどこか急いでいるような様子だった。
「でもルークが4人に増えたの見て余計に倒れちゃったりして……」
冗談めかしたアニスの言葉をしかし、だれも否定する事が出来なかった。可能性はとても高い。ルークだけ行った方がいいのではないかという話も出たが、結局なし崩しに全員でシュザンヌ夫人を見舞う。
一行を見てシュザンヌが放った第一声。
「おおルーク……ルークなのね?母は心配しておりましたよ。いつの間に2人に分裂してしまったのです」
「分裂って!」
思わずルークが叫ぶが、シュザンヌはルークの元気な姿が見れてすごく嬉しそうな顔をするだけだった。ルークとアッシュを指しての言葉のようだった。残りの赤毛を見ても、シュザンヌは嬉しそうに頷くだけだ。
「あら、アッシュまで分裂してしまったのですか?ああよく見ればいつの間にかいなくなっていたシロではないですか。お帰りなさい。今日はとてもいい日ですね」
屋敷にいる間はアッシュで通していたクロと、シロを指している。動じてないよすごいよと後ろでこそこそ話をする声が聞こえてきた。何を隠そう、先ほど玄関先で顔を合わせたファブレ公爵はそりゃもう腰を抜かすほど驚いたというのに。あれ、こんなに強い人だったっけとシロは思わず遠い目になる。何と説明すればいいのか考えあぐねるルークの隣からティアが前に進み出て、シュザンヌの前に跪いた。
「奥様、お許しください。私が場所柄もわきまえず……」
「あなたがティアさんね、顔を上げて頂戴。ルークが無事に、しかも分裂して戻ってきてくれたのだから、わたくしは喜んでいるのです」
とりあえずこの公爵夫人は溺愛する息子が増えた事が嬉しいようだ。ルークとアッシュは複雑な表情で目を合わせる。シュザンヌは、どちらが本物のルークなのかと、決して問いかけては来なかった。
混乱は収まらなかった。大丈夫だからとシュザンヌに言われ部屋を出てきた一行を応接室で待っていたのは、かのお姫様であった。
「まあルーク!あなたいつの間に分裂してしまったのです!」
「王族って皆こうなの……?」
口元に手を当てて驚いたナタリアを見てティアが半分呆れた様子で呟く。まずは人間が分裂してしまう事に驚いて疑問に思ってほしい。その間にもとりあえず分裂は置いといてナタリアはガイに詰め寄っていた。
「ガイ!ルークを探しに行く前に私の所に寄るようにと申し伝えてあったでしょう!どうして黙って行ったのです!」
「おっ俺みたいな使用人が城にいけるわけないでしょう!それにクロの奴が先に出発したものですから」
「まあアッシュ、あなた改名したの?それよりあなたも!私に黙って出発しましたわね!」
「もっ……申し訳ありません」
クロが罰の悪い顔で頭を下げた。アッシュがぎょっとしている。シロも驚いている。クロってナタリアに弱かったんだ?見慣れた光景にケロリとしているルークに、はたと何かに気がついたナタリアが振り返る。
「そういえばルーク、あらこちらがルークかしら?まあとりあえず、大変ですわね、ヴァン謡将は」
「え、師匠がどうかしたのか?」
「あなたの今回の出奔は、ヴァン謡将が仕組んだものだと疑われているの」
大切な師匠の一大事に、しかしルークは、
「へえ」
としか反応せず、やっぱりシロだけが過剰に反応するだけだった。だから、何でみんな師匠に異様に厳しいの?!
もうひとつの結末 11
06/09/28
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