「俺はシロだからまあいいとして、アッシュが2人いるのは不便だよな」
「俺は譲る気無いからな!」
「じゃあおっきい方のアッシュはどうするんだよ」
「はっ、こいつがシロなんだから決まってんだろ」

「お前は今日からクロだ」
「ほう……昔の俺はどうやら自分に動物の名前をつける事に躊躇いがないらしいな」


正面から睨み合う大きいアッシュと若干小さいアッシュ。それを眺めながら、大して大きくないが一応大きいルークと若干小さいルークは仕方が無いようにため息をつくのだった。



1つの出会いと1つの再会の後、混乱しきる場にそれまで傍観していたジェイドが声をかけ、ひとまず艦内に戻る事になった。転がる兵士を脇にどけ(ルークが辛そうな顔をしていたが大きいアッシュに頭を撫でられてひとまず落ち着いた)一室に全員が納まる。ジェイドはともかく、ティアはどこか居心地悪そうにしていた。それを申し訳なく思いながら(同じ顔が4つあったら誰だってそうなる)大して大きくないが一応大きいルークもといシロが大きいアッシュに声を掛けた。


「大きいアッシュ落ち着けよ。確かにアッシュが2人いるのは事実なんだし」
「大きい言うなっ!お前も何犬の名前つけられてるんだ!」
「何年もシロだから慣れちゃったしなあ」


あははと頭をかくシロに大きいアッシュが怒りをあらわにする。その様子をルークが物珍しそうに眺めていた。不機嫌そうに突っ立っていた若干小さいアッシュがそれに気づいて、眉をひそめて尋ねる。


「どうした」
「え?あ、うん、アッシュが……大きいアッシュがあんな風に怒るの初めて見るから珍しいなーって思ったんだ」
「あいつは普段からああじゃなかったのか」
「怒る時は怒るけど、何つーか……大人の怒り方だった」


ルークが何か悪いことをしてしまった時、大きいアッシュはルークの事を静かに諌めた。どうして悪い事なのかを説明して、そして今度からこうしろとアドバイスをしてくれた。頭ごなしに怒鳴られた事なんてなかったのだ。お前は貴族なんだから云々とがなりたてる実の父親よりルークは断然大きいアッシュの怒り方のほうが(こういう言い方も何だが)好きであったし、よっぽどルークのためになった。使用人というよりも父親に近かったその人が今はしかし子どものように大声を上げているので、ルークは少し驚いていたのだ。
2人の会話を聞いていたらしいシロがくわっと大きいアッシュへ振り返った。


「怒鳴らないアッシュ?!……お前本当にアッシュか?!」
「どういう意味だ屑が!」


加減の無い拳骨が下ろされてシロの悲鳴が上がる。もちろんあんな叩かれ方された事もないのでルークがおお、と感嘆の声を上げた。しかし隣に立っていたアッシュは何も言わずにただイライラと舌を打っている。
アッシュだってあんなに落ち着き無くはしゃぐシロは初めて見るのだった。アシュがルークだった頃から時に兄のように、時に弟のように傍にいたシロは、本当に静かにアッシュの隣に存在していた。居場所を失ったアッシュに笑い、泣き、怒り、感情を手放さないよう常に見せてくれていたが、今みたいな完全に子どもみたいな仕草を見せることは無かった。それだけあの大きいアッシュに懐いているという証拠で、彼が何者なのかも知らないアッシュはそれでも殺気に近い視線で大きいアッシュを射抜いていた。
大きいアッシュももちろん気付いているが、ほとんど無視だ。随分と懐かれたものだと心の中で舌打ちしてみせるだけだ。大人の自制心というものが働いているのだろう。


「お前には躊躇いってもんがないのか!」
「だって、んな主張してたらここにいる人間のほとんどが「ルーク」になっちまうじゃんか」
「それでも、てめえはあんなにこだわってただろうが!……そんな簡単に捨てちまえるもんだったのか」


大きいアッシュは若干目を伏せた。こだわっているのは何よりも自分だと自覚があったからだった。しかしここではない別の世界で、自分達が精一杯生きた世界で、シロが"ルーク"であり、その事についてひどく悩んでいたのを大きいアッシュは知っているのだ。自分は本物ではなく偽者だったという事実に、しかしそれでも"ルーク"という1人の存在なのだと、苦しんで苦しんで命をも失いながらやっと掴んだのだ。最後に、ずっと認められなかったアッシュもそれを認める事が出来たのだ。それなのに簡単に自分のことを「シロ」だと言ってのける姿が、大きいアッシュにとって結構ショックだった。その様子をキョトンと眺めていたシロは、やがてくすぐったそうに笑った。


「ありがとな、アッシュ」


さっきから大きいアッシュが怒鳴っているのは自分のためなのだと気付いたのだ。それがシロはすごく嬉しかった。結局最後まで言葉も心もろくに交わす事無くあの時は別れてしまったけれど、今再び出会えたこと、こうやって相手の事を思い遣れる事が、とても幸せだと思った。こんなに幸せでいいのかと思うほどだった。それだけで名前などどうでもいい事なのだが、それはひとまず置いておいて、シロは優しく微笑みながら口を開く。


「でもな、名前は本当に別にいいんだ。だって俺がルークでもルークじゃなくても、「俺」である事に変わりはないだろ?」
「………」
「それにこれはルークが……アッシュがつけてくれたんだ。だから俺はシロでいいんだ」


な、とシロに唐突に笑いかけられてアッシュが内心慌てふためく。それを一瞬大人気なく睨みつけてから、大きいアッシュは長い長いため息を吐いた。それはどこか疲れたような、諦めたような、しかし前向きに仕方が無いなあと言っているようなため息だった。


「……クロで、いい」
「え?」
「俺も別に名前などにこだわりなんて無いからな。クロになってやるって言ってんだよ」


俺につけられたんだからな、とどこか皮肉げに大きいアッシュもといクロが呟けば、顔を綻ばせたシロが感極まって抱きついた。


「クロっ!」
「さっそく呼ぶな!暑苦しい!」
「名前がお揃いみたいで何かいいな!」
「うるせえ!離れろ!」


ぎゅうぎゅう押し合う大きい赤毛たちは片方満面の笑み片方渋面しかしどちらも何だか幸せそうだった。蚊帳の外へと追いやられたアッシュがさらにイライラとした様子で2人を(というよりクロを)睨みつける。その強張った手に温かな何かが触れて、アッシュはびくりと飛び上がって隣を見た。そこには自分と若干違う、しかしほとんど同じの顔が結構似たような表情で立っていた。


「まあ、落ち着けよ」


ルークは前を見たままアッシュの手をぎゅっと握った。やはりその手はいつ繋いでみてもぴったりと合わさって、心地が良かった。その事に安堵しながら、しかしどこか不機嫌そうに頬を膨らませてルークが言う。


「俺だって、悔しい」


ルークの表情にはたとアッシュは理解した。二人は今、同じ思いを抱いているのだった。その事が心の中の嫉妬を和らげていくような気がして、アッシュはため息をついた。そのため息が先ほどクロがついたものと酷似していたので、すぐにまた不機嫌そうな表情へと戻ったが。


「やれやれ、面倒な事になりそうですね」
「……可愛い」


じゃれ合う赤毛と揃ってヤキモチを妬く赤毛を眺めながら肩をすくめるジェイドの背後では、小動物を見るような目で4人を見つめるティアがいたとかいなかったとか。





   もうひとつの結末 1

06/08/23