ルークは混乱していた。いきなり屋敷に知らない女が侵入してきたかと思ったら師匠を躊躇無くブチ倒し自分を抱きしめよく分からない眩しい光に包まれたかと思ったら全然知らない場所に立っていたのだ。混乱するなという方が無理である。ルークが立っているのはどこかの渓谷らしかった。足元には輝くような白い花々が闇夜の中咲き乱れている。その美しい光景にルークが思わず見惚れていると、背後から声が聞こえてきた。あの女の声だった。
「ルーク、大丈夫?飛ばされたときどこか怪我しなかった?」
「ぎゃあっ!いっいきなり話しかけてくんな驚くだろうが!何にもねえから離れろ!」
「そう?それならいいけど」
ルークが飛びずさると女、ティアは伸ばしかけていた腕を下ろした。何故か若干残念そうな顔をしている。それに(幸いにも)気付かず、ルークはじと目でティアを見つめた。
「大体、お前は何なんだよ、どうして師匠の命を狙いやがったんだ、そしてここはどこなんだ!」
「私はティア。ここはタタル渓谷という所ね。それと、あんな髭を師匠なんて呼ぶ必要は無いわよルーク、今殺しておかねばならない男なんだから」
ルークの質問にティアは律儀に答えてみせた。だがルークには分からない事だらけだ。
「な、何で師匠をこ、殺すんだよ!?そんなの俺が許さねえぞ!」
叫んだ自分の声が少し震えていたのでルークは心の中で舌打ちした。恐れが表に出てきてしまったのだ。するとティアはハッと口元を押さえてみせる。
「そうよ……まだ初々しい何も知らない純粋なルークの目の前で「殺す」なんて乱暴な言葉を使ったら駄目よね、私ったら……ルークを怯えさせてしまうわ」
「お、おい?」
「ああ何でもないわ。そう、あの髭……じゃなかったあの人は私の兄なんだけど」
「兄?!お前妹なのかよ!」
「そうよ。でもあの人は悪い事をしてしまったから、私はお仕置きをしにきたの」
「わ、悪い事?」
「あなたは知らなくていいことよ、ルーク」
ティアはにっこりと微笑んで見せた。しかしその柔らかそうな微笑とは裏腹に目はまったく笑っていなかったので、何故か恐ろしく感じたルークはこくこくと頷いておいた。深くつっこんでは駄目だと本能が告げている。
「あなたを巻き込んですまなかったと思ってるわ(私が仕組んだんだけど)。私が責任もってちゃんと屋敷に送り届けるから、心配しないで」
「お、おう……今小声で何か聞こえた気がしたけど気にしねえ事にする」
ルークは素直に頷いて、先へと進もうと足を踏み出した。屋敷へと帰るためだ。しかしティアは立ち止まったままルークへ話しかけてくる。
「見て、ルーク」
「ああ?何だよ」
「海よ」
海、ルークはティアの指差す方向へ顔を向けた。そこには、月明かりに照らされ光り輝く水平線がはっきりと見えた。ルークは目を見開く。本やお話でしか見たり聞いたりした事の無かった「海」が、今ルークの目の前に広がっているのだ。夜中に渓谷から覗く海は決して見やすいものではなかったが、それでもルークが見る初めての海だった。ルークは言葉も出す事が出来なかった。
「綺麗ね」
すると隣でルークの気持ちを代弁するかのようにティアが言った。その顔は優しく微笑んでいる。それはルークと一緒に海を見たことに感動しているような、海を初めて見るルークを認めてくれているような、包み込むような優しさを秘めた笑顔だった。だからルークも、素直に頷く事ができた。
「ああ……綺麗だ。思ったよりすごく大きい」
「そうね」
ティアはルークの言葉ににこりと笑って、腕を伸ばしてきた。海に気をとられていたルークが避けないままでいると、その頭にそっと触れてくる。ぎょっとルークが気がついた時には、ティアの手はルークの頭をゆっくりと撫でていた。慈しむように、限りなく優しく。
「な、ななな何しやがるっ!」
「何って、頭を撫でたのよ」
「んなの分かってんだよ開き直んな!こっ子ども扱いするなよな!」
プンスカ怒るルークは、ティアが「ごめんなさい」と謝っている間も『ああ可愛い可愛いツンデレルークも可愛いわ』と心の中で思っている事は知らないままだった。
「ルーク、大丈夫?もうすぐ出口だから、頑張りましょう」
「い、いちいち心配そうな顔すんじゃねーっつーの。俺はそんなに柔じゃねーぞ!」
タタル渓谷を順調に下ってきた道すがら、ティアは常にルークを気にかけてきた。それがルークにとって恥ずかしくて仕方が無い。心配される事は嫌ではないが、最初から弱いと決め付けられているような気がするのだ。しかしティアはゆっくりと首を横に振る。
「あなた屋敷から初めて外に出たのでしょう?でこぼこの獣道を歩く事にも魔物と戦う事にも慣れていないんだから、心配するのは当たり前よ。」
「う……」
「……勘違いしないで、あなたの実力は認めているのよ。それでも実戦は初めてなんだから」
「わ、分かった、分かったって!」
まだ話し足りないようなティアの言葉をルークは慌てて遮った。いくら夜で辺りが薄暗くても、これ以上顔が赤くなればさすがにばれてしまいそうだった。恥ずかしくて死にそうだ。
顔を背けたルークは、恥ずかしくて仕方が無かったけど、それでもやっぱり嫌だとは思わなかった。どうしてだろうかと考えて、ぽんと思いつく。ティアは最初からルークが「何も知らない」ものだと接してくれていて、それを馬鹿にするのではなく丁寧に一つ一つ教えてくれているからだ。何で記憶喪失の事を知っているのか、どうして親切に接してくれるのか、それはルークには分からなかったが、ティアが悪い奴ではないという事だけは分かった。
その後、渓谷の入口で運良く辻馬車の御者に会うことができた。これに乗せてもらえればすぐに屋敷に戻れる、とルークは安堵したのだが、世の中そう簡単にはいかないものだった。
「代金は前払いになってるんだが、持ち合わせはあるのかい?」
「それならこれで」
すると躊躇いも無くティアがペンダントを差し出した。不思議な光を放つペンダントで、そこら辺の安物ではないと一目見ただけで分かる。御者はそれで承諾してくれた。
しかしルークは今のペンダントとティアが気になって仕方が無い。ティアはいつも通りの平静な表情だったのだが、ペンダントを手渡す一瞬、瞳が揺らいだような気がしたのだ。
「おい……」
「何?」
「今のペンダント、あいつにやってもよかったのかよ」
「!」
ティアはひどく驚いた顔でルークを振り返ってきたので、ルークもびっくりしてしまった。目を丸くするティアは初めて見たのだ。ティアは言葉も出ないほど驚いたようだったが、すぐに気を取り直して口を開いてくる。
「大丈夫よ(後ほど取り返しに闇討ちに行くから)。心配してくれてありがとう、ルーク」
「なっばっ別に心配したわけじゃぬぇーよ!か、借りを作るのが嫌だったんだ!」
ティアの心の声を知る由もないルークは、告げられた礼の言葉に顔を赤くして顔を逸らしてしまった。だからルークは知らない。ティアが本当に嬉しそうな顔で笑った事を。ティアが与えた愛の分、ルークが返してくれるのが本当に嬉しかった事を。
ティアは思わず、両手でルークを思いっきり抱きしめていた。
「!!!??な、なななな何しやがんだっ!」
「ごめんなさい思わず」
「謝るなら離せーっ!」
「それはしばらく出来そうに無いわ」
「何でだよ?!」
2人がしばらく揉め合っているのを、御者は止めることもできずに無言で見守るだけであった。
その後、ジェイドやイオンに出会う頃には、ルークがすっかりティアに絆されていた事は言うまでも無い。
栗色のお姉さん
07/02/12
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キリ番「232323」23さん、ティアに構われ絆されるルークのリクエストでした