「ガイ」


後ろからかけられた声にガイは思わずビクリと飛び上がっていた。何とも情けない姿だが、例え見ていたとしても誰も彼を責める者はいなかっただろう。ガイに声をかけてきた人物は、飛び上がるべきものをお持ちだったからだ。持病(女性恐怖症)が反応する前に恐怖に反応したセンサーは、その名も「ティアセンサー」だった。


「な、何だいティア?」


ガイは振り返りながらも自分の顔が引きつっている事を自覚していた。普通に声をかけられていれば、いくら相手が普段から女王と化しているティアだとしてもガイだって普通に答えていたのである。ガイの名を呼んだその声がどことなく怒りを含んでいるものだったからこそ、現在進行形で怯えているのだ。
恐る恐る振り返れば、そこには(当たって欲しくはなかった)予想通りお怒りのティアが据わった目でガイを睨みつけていた。


「ちょっとそこに座って」


地面を指差され、ガイは迷わず正座した。ここで少しでも拒否したり躊躇ったりすればそれだけでジャッジメントだ。座り込んだガイを見下ろして、ティアは容赦の無い視線を向けた。


「まったくあなたには失望したわ。少しでも信じていた私が馬鹿だった」
「ティ、ティア……一体何に怒ってるんだ?俺何かしたかな」


大きなため息をつくティアにガイがなるべく当たり障りの無いよう恐る恐る尋ねる。いつもなら理由も聞かずに土下座するところだが、今回ガイにはまったく心当たりが無かった。ガイが怒られる原因(というかティアが怒る原因)といえば100%ルークの事なのだろうが、今までルークとは少し話をしたぐらいでガイは何もやっていないのだ。だってルークは今の今までティアと仲良く談笑していたのだから。それなのにどうしてティアはこんなに怒っているのか。


「もうすぐ、クリスマスね」


するとティアは一見脈絡の無いことを口にした。そういえば、とガイも思い出す。旅をしていると行事なんてめったに祝える事などないのだが、確かにもうすぐクリスマスだ。屋敷にいる頃はガイもルークのために毎年サンタクロースになったものである。寝顔を堂々と見れる良い日だよなあとガイが半分トリップしていると、鼻先掠って目の前にカンッと杖が突きたてられた。言うまでも無くティアのものだ。ガイは恐怖に身を震わせながら思考をこちら側に戻した。


「その事で今ルークと話をしていたのだけど」
「あ、ああ……」
「ルークはサンタクロースをまだちゃんと信じていたわ。そこはいいのよ、そこは」


ティアはしばし拳を震わせながら悦に浸っているようだった。今年はサンタさんは一体なにを持ってきてくれるんだろうなとキラキラした笑顔で話すルークの姿がガイも容易に思い描く事ができた。ああさぞかし可愛かったのだろう。しばらく脳内の何かを堪能していたティアはすぐにキリっとした表情に戻った。


「その後ルークが何て言ったか分かる?」
「な、何て言ったんだ?」
「『知ってるか?サンタって白いひげとかはえてなくて金髪なんだぜ!俺昔見たんだ!』って得意そうに言ってたわ」


ガイはうなだれた。ティアが怒るのも無理はないと思ったのだ。自分でも情けない。ルークはおそらく、サンタクロースとなったガイを見たことがあるのだろう。顔まで見えなくとも目立つ金髪は隠しようもない。ちゃんと毎年サンタクロースの衣装まで用意してプレゼントを置いていたのに(そのおかげでサンタは信じてもらう事が出来たのだが)。ルークだって伊達に毎年「サンタさんを見るぞ!」と頑張って夜更かししていた訳ではないのだ。


「あなたが不甲斐ないせいでルークが勘違いしてしまっているじゃない」
「すみません……」
「……まあいいわ。これから関係なくなるのだから」


はい?とガイは顔を上げたが、ティアはもうガイを見ていなかった。決意の瞳をどこか遠い空に向けている。ガイは何だかとても嫌な予感がしたのだが、彼にティアを止める力など無いのだった。

かくして、クリスマス・イブがやってくる。





「なあガイ、サンタはいつ来るんだろうな」
「どうだろうなあ、ルークが寝たら来るんじゃないか?」
「俺今年こそ絶対にサンタの奴に会うって決めてるんだ、寝たりするか!」


宿屋の一室。ガイは同室となったルークを微笑ましく眺めていた。今年はガイはサンタ役をお休みする事となっていた。それもこれもティアの命令なのだが。


「今までうとうとしながら見たことはあるけど話したことはないからな……楽しみだな」


ルークはベッドの上に座りながら待ち遠しそうに窓の外を眺める。今にもサンタに会いたい様子が隠しきれてなくて、ガイはその姿を見ているだけで幸せだった。やはり子どもには、サンタクロースを信じてもらいたい。いつか真実に気付くのだろうが、その間だけでも大人に綺麗なサンタの幻を見せて欲しい。
ガイは時間を確かめて、そわそわと落ち着かないルークの頭を撫でてやった。


「ほら、もう寝る時間だぞ。眠っている振りをしないとサンタが来てくれないだろ?」
「あ、そうか!ガイもちゃんと寝とけよ!」
「はいはい」


ベッドの中に滑り込んだルークの肩まできちんと毛布をかけてやって、ガイも自分のベッドに横たわった。一体ティアが何をする気なのかガイは一切知らないが、特に何かをしろとは言われていないのでとりあえず眠った振りをする。
静かな闇が横たわり、しばらく時が経った後。うつらうつらしている様子のルークをこっそり眺めていたガイは、窓の外に誰かが立った事に気付いた。すぐその後にルークも気がついたようで、目をこすりながら起き上がる。ガイは寝た振りを続けながらそれを見守った。窓の外に立った人物が敵ではない事を知っているからだ。


「……サンタ?」


ルークがポツリと呟く。窓を静かに開けて部屋の中に入ってきたのは、確かに赤い服を着て黒い長靴を履き、白い大きな袋を持ったサンタクロースの格好をした人物であった。しかしそれだけだった。他はどう見たって、ティアだった。


(いいのか!?あんな変装でいいのか?!)


ガイは心の中で心配に声を上げた。金髪のサンタクロースよりもひどいじゃないか。栗色の長い髪は赤い帽子から出しっぱなしだし、顔にも何も細工なんてしていない。まんま、サンタの格好をしたティアだった。


「……ティア?」


さすがのルークも気がついたようで、怪訝そうにティアの名を呼んだ。言わんこっちゃ無い!ガイはベッドの中でひたすらハラハラしながら見守る。するとティアは、大きく頷いたのだった。


「そうよ、私はティア。よく分かったわねルーク」

えええーっ?!


いいこいいことルークの頭を撫でるティアにガイは心の中で叫んでいた。それでいいのか?!


「あったりまえだろ!俺がティアの事分からない訳ないじゃんか!」
「ふふ、そうね。ごめんなさい」


2人は微笑ましそうに会話をしているが、ガイには訳が分からなかった。ティアの目的が見えてこない。わざわざサンタの格好をして正体をばらすなんて、一体何がしたいのだ。


「でもねルーク、少し違うわ」
「え?」
「今の私は、ティアサンタよ」


ティアサンタでたー!

ガイはもう言葉も無かった。ただティアとルークの様子を見守る事しかできない。


「ティアってサンタだったのか?!」
「ええ。ルーク専属のサンタクロースよ。今まで代理の者を行かせてごめんなさい……私が直接持って行きたかったのだけど、時と次元とその他の関係でちょっと無理だったの」
「あの金髪のサンタは代理だったのかー」


ガイは代理にされてしまった。ここでガイにもティアの思惑が理解できた。ティアはいくらサンタといえども、ルークが身元不明のどっかのおじいさんを待ち望むなんて我慢ならなかったのだ。それなら私がサンタになってやるわ、という事だろう。ティアの壮大な計画にガイは目の前が真っ暗になる思いだった。


「じゃあクリスマスにはティアが俺にプレゼント持ってきてくれるのか?」
「そうよ。だって私はティアサンタだもの」
「あっありがとうティアサンタ!」


しかしこれで計画は大成功だろう。ルークはこれからクリスマス・イブにはサンタクロースではなく「ティアサンタ」を待つ事になるのだ。今年はティアサンタは何を持ってきてくれるのかなーと目をキラキラされるのだ。今年もティアサンタに会うぞーと夜更かししてもらえるのだ。


(ううっ羨ましい……!)


ガイはギリギリ歯軋りした。ティアに聞こえないように。
ティアはさっそく袋の中から大きなプレゼントを取り出してルークに渡している所だった。ルークは満面の笑みでそれを受け取り、やったやったとはしゃぎまわる。ああ可愛い。こっそり覗いているガイもプレゼントを渡したティアもうっとり見入っていた。だからこそ両者とも不意を突かれた。ルークは貰ったプレゼントをとりあえずその場に置き、ティアへと近寄ると、そっと顔を寄せた。
……え?!


「ありがとな、ティア」

ちゅっ


一瞬本気で呆けたティアは、次の瞬間頬をおさえて一気に顔を赤らめた。不意打ちにもほどがあった。ガイはベッドの中でまだ呆けている。ルークは自分が何をしたのか自覚の無い笑顔でにこにことしているだけだ。平常心、平常心と自分の中で念仏のように唱えながらティアは何とかルークへと向き直った。


「る、ルルルルルーク、今のは、一体何、かしら?」
「何って、お礼のキス」


ルークは当然の事のように答えた。あれはティアが教えたものではないのか、とガイは呆然としたまま考える。キッとティアにこっそり睨まれたので、慌てて首を振っておいた。あれを教えたのはガイでもない。では誰が?


「それ、誰に教わったの?」
「え、クリスマスにプレゼントを貰ったら感謝の印としてほっぺにキスするもんだって」


「ジェイドが言ってた」

「ジェイドオオォォォ!!」


あの眼鏡!
聞いた途端ガイがベッドから飛び上がりすごい勢いで外へと出て行った。目指すは、ちょっと用事がとか言いながら今晩留守にしているジェイドだ。いつそんな危険な事ルークに教えやがったんだあのおっさん!

駆けていったガイをルークはポカンと見送った。その隣に立つまだ顔を赤くしたままのサンタクロースは、思いがけないクリスマスプレゼントにまだしばらくその場から動けそうもなかったという。


「今回ばかりはしてやられたわ大佐……。GJね」
「え、何か言ったかティア?」
「いいえ何でもないわ。それより、メリークリスマスルーク」
「ん!ティアも、メリークリスマス!」




   栗色のサンタクロース

06/12/21