愛する子どもを遊園地に連れてきた親の気持ちというのはこういう事を言うのだろうか、とそんな事を思いながらティアはものすごく和みつつそこに立っていた。場所は隠された町ナム孤島。見つめているのは、もちろんルークだ。


「うらっ、とりゃっ、ああっくそ、また失敗した!」


現在ルークはゲームに熱中している所だった。ここにいるうしにんが作ったらしい、ドラゴンバスターというゲームだ。どこか懐かしみを感じるアクションゲームで、ルークが夢中になって今攻略をしているところだが、なかなかうまくいかないらしい。一生懸命に取り組んでいるルークの姿が大変微笑ましい。ティアはもはや親のような気持ちでその背中を見つめている。


「いやあ、頑張るルークの姿は微笑ましいよなあ」


しかし隣で同じようにニヤニヤ笑っているガイがうざい。視界の届かないところに排除してしまいたい気分だったが、この楽しげな雰囲気の中、しかもルークが楽しんでいる中でそんな暴挙には出たくない。ティアは健気にも耐えることにしたのだった。その代わり嫌がらせのように杖の先っぽで足や腰をツンツン突いてやるが、ガイはへこたれない。


「あーもうまた負けた……これ難しいなあ」


やがてルークがようやく諦めたのか、こちらを振り返ってきた。


「ルーク、クリアは出来たの?」
「いや、出来なかったんだ……どうしても敵に当たりまくって、体力が減っちゃうんだよなあ」


悔しそうに、名残惜しそうにゲームの不思議箱を見つめるルーク。ティアの中に何とかしてやりたいという思いがムクムクと膨れ上がってきた。このゲーム自体は前の世界……で、「ルーク」がプレイしているのを一通り見ていた。そのときも、ものすごく苦労していた記憶がある。


「なあ、ティア。ティアはこれ、出来るか?」


その時ルークがへにょりと眉を下げて情けない表情でこちらを見てきた。残念ながらそんな一般的に見れば情けない顔をされても、ティアは悶えるだけである。こんな風に頼まれてしまえば、頑張らないわけにはいかないではないか。


「よおしルーク!音機関に詳しい俺が頑張ぐほぁっ!」
「任せて、ルーク。どこまで出来るかわからないけど、頑張ってみるわ」


隣から飛び出そうとしてきた人影を速やかに排除し、ティアは箱の前に立った。後ろからはルークが期待を込めた目で見つめてきている。こんなにルークが期待しているのだから、ここはきっちりクリアしてやりたい所だ。
と、そこでティアは思い出した。かつて「ルーク」がこのゲームを完全クリアした時の事を。
そうだ、あの時、確か。


(クリアしたら、私が駆け寄ってきたのよね、何故か……)


どういう仕組みで何故なのかは未だに分からないが、完全クリアすると、ルークの傍にティアが駆け寄ったのだ。もしかして助け出されたヒロイン的な立場として出てきたのだろうか。と、いう事は、だ。今ティアがこのゲームをクリアすれば、そこへ駆け寄ってくるのは。


(ルークだわ!)


ティアは確信した。ひとつも疑う事無く、躊躇う事も無くそう確信した。根拠は無いが、絶対にルークが駆け寄ってくる。そうに違いない。ティアの頭の中ではすでにルークがヒロインだった。それを助け出すヒーローはもちろん自分だ。
残念ながらそれらは全てティアが頭の中で考えた事だったので、誰もつっこんであげられる人物がいなかった。
ティアの瞳に焔色の炎が燃え上がった。本気だ。


「やるからには、徹底的に、完璧に、やるわよ!」
「ティア頑張れ!」


後ろからルークも応援してくれる。プレイは初めてだったが、負ける気はしなかった。カッと目を見開き、ゲームの箱へと向かう。

さて、結果は……圧勝だった。

どこで学んできたのかと問いただしたくなるほどの動き、次々と消えていく敵たち、どうして覚えていたのかと頭の中を覗き見たくなるほどの正確なルート。最後に出てきたラスボスさえも、一瞬のうちに倒してしまった。愛の力とは、こんなにも強いものだったのか。


「すげえティア!一回でクリアしたぞ!」
「ふふ……ルークが応援してくれていたからよ」


微笑めば、面食らったルークもすぐに微笑み返してくれた。


「俺のために頑張ってくれたんだな、ありがとうティア!」
「いいのよ、ルークのためならたとえ火の中水の中……」


ティアは言いかけていた言葉を止めた。視線は箱の中、つまりゲームに釘付けだった。そこにはもちろんゲームクリアの画面が表示されているのだが、真ん中にいるプレイヤー、つまり自分の隣にいつの間にかやってきていた人物を見て、言葉を失ってしまったのだ。そんな様子のティアに、ルークは不思議そうに首を傾げる。


「そ、そんな、これは一体……?!」


ティアの口から驚愕の声が零れ落ちた。思わず凝視する。そこにはティアの予想と違わず、ルークがいた。それは良い。そのルークの格好が問題だったのだ。以前こうやって同じように出てきた自分の格好は、いつもと変わらぬものだった。しかし目の前のヒロインルークは違った。毎日ルークの服装をコーディネイトしてやっているティアでさえも見た事の無い、その姿。


「うしにんの衣装なんて、この世にある訳が無いのに!」


そう、駆け寄ってきたヒロインルークは可愛らしいうしにんの服を身にまとっていたのである。こんな称号は見た事がない。一体、どうなっているのであろうか。


「ふふふ」


その時怪しげな笑い声が聞こえた。パッと振り返れば、そこには物陰からそっとこちらを伺ううしにんの姿があった。その手には……幻のうしにんの衣装が。


「ゲーム上手な姐さんのために、特別に作らせた代物だよ。そこの坊ちゃんにぴったりなサイズのね」
「……何が、望みなの」
「ちょっと、このゲームを改良、量産するためのお金が足りなくて」


うしにんの目が怪しく光る。ティアの目も怪しく光る。その光が見えなかったルークはきょとんと立っている。ちなみに地にひれ伏したままだったガイはバッチリその二つの光を見てしまったので、震え上がっていた。
しばらく見詰め合った(にらみ合ったとも言う)両者は、同時に笑った。


「良いわ、いくらでも出してあげる。但し」
「但し?」
「二着、用意しなさい!」


ビシッとカメラを突きつけるティア。可哀想な鮮血のあの人を巻き込んでの双子うしにんを撮る気満々だった。うしにんはもうとっくの昔に心得ていたと言わんばかりの表情で、もう一着持ち出してくる。恐るべき予知能力だった。


「さすが、ドラゴンバスターの勇者様。話が分かるね」
「ふっ、あなたもこれ、良い仕事してるじゃない。また何かあったら頼むわ」


じゃらりといくら入っているか分からないずっしりとした袋とうしにん衣装二着分を互いに交換し合い、ガッチリと握手を交わす。取引が終了した瞬間だった。満足そうに裏へ引っ込んでいくうしにんの背中を眺めながら、ルークがテコテコとティアの元へ寄ってくる。


「お金渡してたけど、何か買ったのか?」
「ええ、とっても良いものを手に入れたから、後でルークにも見せるわね」
「おお!楽しみだなあ」


基本的にティアの持ってくるものに何の疑いも持たないルークはにこにこと笑う。一人まだ立ち上がれないガイだけが、静かに震えていた。それはどこか恐ろしい取引を思い出してのものなのか、うしにんルークを想像して悶えていただけなのか、定かではない。とりあえず地にひれ伏すその背中を律儀に踏み潰してからティアはルークを連れてその場を離れる。


「さあルーク、そろそろ行きましょう。もう1人のターゲットを探さなきゃならないから」
「たーげっと?」
「大丈夫よ、多分すぐに見つかるから」


ルークがどこにいて何をしているのか簡単に探る事の出来る彼なら(まったくもって羨ましすぎる能力だ)ちょっと意味深な視線を送ればすぐに駆けつけてくるだろう。というかおびき出せるだろう。ティアはこれからの楽しみにほくそ笑む。また秘蔵のコレクションが増えるし、これからもまたこんなレアな衣装を生み出してくれるかもしれないのだ。


「またちょくちょく、さっきのゲームをクリアしにこなきゃ」
「ティア、あれにはまったのか?」
「ええ、とても」


ルークに頷くティアの笑顔は、それはもうこれ以上無いというほどの満面の笑みであった。




   栗色の勇者

08/09/07