ガイがたどり着いたとき、すでにそこは戦場だった。キムラスカが、マルクトが、とか、そんな規模ではない。ガイにとってはこの世界の存亡をかけた戦いと言っても過言ではなかった。
そう、それは、ガイの愛するルークを巡る過酷な争奪戦の真っ只中だったのだ。
そしてその時すでに、戦いに優勢までついていたのだった。




「ルーク」


ガイが呼ぶと、ルークは面倒くさそうに振り返ってきた。ちなみに今は、カイツールを目指して東ルグニカ平野を南へと横切っている途中で、その休憩時間である。ルークは若干疲れたように足を投げ出し、カクンと頭を空へ向けてボーッとしているところだった。


「んだよ」
「いや、いきなり外に飛ばされて、大変だったろ」


ガイはこの我侭坊ちゃんが勝手の違う外の世界にうんざりしているのだと思っていた。今までのルークを見てきていればそう思わざるを得ない。自分の周りが180度変わってしまったようなものなのだ。温室育ちのルークにはきっと辛い旅だっただろう、そうガイは思っていたのだが。


「別に」


そうやって答えたルークは別に強がって言っているわけでもなくて、本当に「別に」大変でも嫌でもなかったような感じだったので、ガイは内心あれっと首をかしげた。ルークはプライドが高いのでよく強がったりするが、嘘はつけない。ガイの長年の世話係の目がこれは嘘ではないと見抜く。これは意外だ。
その時、だるそうに座り込むルークの元へガイ以外の別の者が近づいてきた。眼鏡がトレードマーク、マルクト軍人ジェイド・カーティス大佐だった。


「ルーク」
「何だよ」


ジェイドが呼ぶとルークはすぐに振り返った。ガイは再びあれっと思う。ルーク、俺が呼びかけたときはそんな素早い反応してくれなかったのに!


「いえ、温室育ちのお坊ちゃんがこの程度の旅で疲れ切っている様子でしたので、心配していた所です」
「う、うるっせー!俺は全然へばってねーぞ!」
「おやそうでしたか。それは失礼」
「全然失礼だと思ってねーだろてめえ!」


ジェイドにからかわれたルークは元気よく喚き返す。さっきまであんなにだるそうだったのに。心なしかジェイドもどこか楽しそうだったので、ガイはギリギリと歯軋りしていた。ちょっと離れただけでこの大佐殿はルークを手駒に取りつつあるのだ。まったく油断のならない事だ。ガイが少し慌ててルークとジェイドの間に入ろうとしたとき、再び第三者から声を掛けられる。


「ルーク」


その優しそうな声色にルークが反応した。振り向いて、ルークがわざわざ近くに寄ったのは、にこやかに微笑む導師イオンだった。


「どうした?イオン」
「いいえ。ルーク、本当に疲れていませんか?」
「何だよイオンまで。俺よりお前こそ今にもぶっ倒れそうな感じじゃねーか」
「心配してくれるのですね、ありがとうルーク」
「ば、ばっか、いちいち礼なんて言うんじゃねーよ」


ルークはさっきよりもずいぶんと柔らかい調子でイオンと仲良く戯れていた。その様子は同年代の友達同士のようで(実際に同年代だし)とても微笑ましい。しかしガイは穏やかに見ていられなかった。ルークと楽しげに会話する合間にこちらをちらと見たイオンは、ルークに見られないようにふっと笑ってみせたのだ。いつものあの慈母のような後光の差す笑顔ではない、虫けらでも見るような心から蔑んだ目でこちらを見て笑ったのだった。ガイはそれを宣戦布告の合図と見た。つまり、ルーク争奪戦の。
隣ではジェイドがやれやれと肩をすくめてみせていたが、その目は笑っていなかった。ああやはりこいつも敵か。ガイが少し目を離した隙に、ルークの周りにはいつの間にか敵ばかりが増えている。負けるものか、とガイは意気込んだ。ちょっと今の所ルークの態度を見る限り1番不利っぽいが、伊達に長年も面倒を見てきていない。他の誰も知らないルークのことだってガイは知っているのだ。負ける事は出来ない。何故ならルークはガイの生きる全てだった復讐を簡単に消し去ってしまったのだ。ガイの生きる目的は、最早ルークなのだ。

当人の与り知らぬところで静かに戦いの火蓋は切って落とされた。空中で3人の視線が交差し見えぬ火花が散る。しかし、ガイは知らなかった。若干ずれている自分達のスタートラインよりもすでにずっと先に進んでしまっている、ダークホースの存在を。


「ルーク」


その声が聞こえた瞬間、ルークの見えない尻尾と耳がピクンと立ったように思った。それぐらいあからさまにルークは反応したのだ。体ごとくるりと反転させ、駆け足で声の元へと駆け寄る。(ああ可愛い反応)ルークの向かう先にいた人物を見て、ガイは失念していた自分を呪った。そうだ、俺のルークが何故外に出る事になったのか、忘れていた。敵はあの時から、最初から決まっていたんじゃないか!突如として現れ髭をぶちのめしルークを攫っていった、彼女に!


「何だ?ティア」
「駄目じゃない疲れたときはちゃんと休まなきゃ。そんな時は私に伝えるように言っておいたはずよ」
「うっ……でも俺そんなに疲れてねーよ」
「はいはい、とにかく休みましょ。私が歌ってあげるわ」
「本当か?!」


ルークはぱっと笑顔になって、ティアに手を引かれるがままに歩いた。ガイはポカンとその様子を見つめる。何だ、あのルークの素直な様子は。やがて2人は木陰に入ってその場に座り込んだ。程なくしてティアの澄んだ歌声が響き渡る。ルークは気持ち良さそうに目を閉じて聞き入っていて、ティアはそんなルークを見て微笑みながら時々その赤くて長い髪を梳いてやる。するとルークは照れくさそうに笑うのだ。あんなルークの表情、俺も見たことがないんですけど!ガイは心の中で絶叫した。


「僕もご一緒してよろしいですか?」
「ええどうぞ、導師イオン」


いつの間にかちゃっかりイオンも仲間入りを果たしている。なるほど、これはもうティアとイオンの間ではすでに一悶着あって、決着がついているのだろう。いわゆる、同盟を組んでいるものである。ガイは己の望みの薄さに眩暈がした。こんな中で着々と自分の株を上げる算段を立てているジェイドが眩しく見える。


「……でもルーク、俺は諦めないからな……!」


そうやって1人心の中で固く決心をしたガイラルディア・ガラン・ガルディオス。その夜の野宿中、林の中までティアに呼び出された彼は、その日帰ってこなかった。


「私が見たとき、すでに彼はティアの下僕に成り下がってました」
(旅途中で仲間に加わった導師守護役アニス・タトリン奏長より)




   栗色の女王

06/10/10