瘴気の満ちる坑道の1番奥、封印されたセフィロトの入口でヴァンは今からここに来るであろう愚かなレプリカドールを待っていた。先遣隊はすでに始末した。後はこのアクゼリュスのセフィロトを超振動の力で吹き飛ばし、聖なる焔の光……レプリカルークがここで消えれば、それで一見預言が成立したと見せかけられる。消えたのは紛い物の方だという事に世界は気付く事はないだろう、そうすれば後はヴァンの思い通りだ。ヴァンは1人ほくそ笑んだが、1つだけ、ちょっと不安な事がある。実の妹、ティアの事だった。
たった1人の大事な肉親だ、ここで失う訳にはいかないのでティアがこの場にこないように手は回しているが、それでも心配だった。バチカルのファブレ公爵邸で出会った時の妹は、すでにヴァンの知っている妹ではなかった。実の兄に本気の一打を与え足蹴にし髭と吐き捨て何故かルークと意図的に擬似超振動で消えてしまったのだ。その後もちょくちょく会ったがその度に命を(本気で)狙ってくるのだ、にっこり笑って慕ってきていたあの可愛い妹はどこへ行ってしまったのだろう。ヴァンは思い出しながらちょっと泣きたくなった。
それに、会うたびルークが変わっていったのがまた少し心配の種だった。相変わらずこっちを慕ってくれているのだが、髪型は毎回変わっているし(ティアの作品だろう)ひどい時はリボンまでついていた。世間知らずの子だから自分で変だと思わないらしい。最後にバチカルで会った時なんて服まで変わっていた(公爵家で見繕ったに違いない。もちろんティアが)。しかも騙すために吐いた嘘を誰にも話すなと言った時にすごく真面目な顔で「ティアにも言っちゃ駄目なんですか?」と当然のように尋ねられた時は1人そっと遠い目になった。ああ、すっかり教育されてる。消える前に笑いながら言ったティアの言葉が脳裏をよぎる。あの言葉に嘘も偽りも無かった訳だ。ティアは本気でこの赤毛の青年(中身は子ども)を育てようとしているのだとその時ヴァンは悟ったのだった。今、そのルークがティアにどこまで教育されているのか、それがちょっと心配なのだ。
「師匠!」
その時、今しがた考えていた子どもの声が聞こえてヴァンは微笑みながら振り返った。やはりルークはヴァンの元へ来た。私の勝ちだ!(?)
「こんなところにいたのかよ!」
「ようやく来たか、ルー……ク?!」
ヴァンは思わず口から何かを吹き出していた。そこにいたのは確かにルークだった、だったのだが……。
「馬鹿な!今の時点で入手は絶対困難な上にルークの称号ですらないというのに……!何故「ねこねここねこ」なのだルーク!」
ねこにんの着ぐるみを着こなすルークはヴァンの言葉に首をかしげた。何故ヴァンが驚愕しているのか理解できないといった顔だった。ヴァンの求める答えは、ルークの後ろから放たれた。
「見くびらないで、私は可愛いものとルークのためなら海も称号の壁も越えてみせるの」
ヴァンは今度こそ固まった。何故、何故ここにいるのだ……ティア!
「当たり前でしょう、知らない人と髭の男の所には1人でいくなと言ってあるんだもの」
「なあティア、これ終わったらヴァン師匠とダアト行く約束してるんだけど行っていいか?」
「いいわよ、ああでも兄さんは色々忙しいかもしれないから私と色々見て回りましょう」
「ティアも行くのか?!やったー!」
「ふふっダアトには詳しいから、案内してあげるわ」
自然に心の声を読んでみせたティアにヴァンは戦慄を覚えた。というかルーク、あれほど誰にも言うなと言ったのにあっさりとティアにダアト行きの嘘を喋ってる!一瞬ティアの氷のように冷たい目がヴァンを射抜いたが、ルークを見るときにはすでに溶けきっていた。はしゃぐルークの頭を恍惚の表情で撫で撫でする。あのルークの懐き様、恐るべき勢いで教育してみせたようだ。ヴァンをも越えるかもしれない。さすが兄妹。
「でもその前にやる事があるの。ルークはちょっと向こうに行っててちょうだい」
「何かするのか?俺ヴァン師匠と瘴気を消さなきゃいけねーんだけど」
「それは私が何とかするわ」
「そっか、分かった」
すでに絶大な信頼を寄せているらしいルークはティアの言葉にこっくりと頷いて向こうの方へ駆けていった。ガイー俺も手伝うーという声と一緒にものすごく嬉しそうな使用人の声も聞こえたが、すでにヴァンは聞いてはいなかった。聞く余裕も無かった。目の前に立つ、妹の存在によって。
「さあ兄さん、覚悟はいい?最後に何か言っておく事はある?」
「ま、待て、誤解だティア!私はお前を巻き込まぬように……」
「黙って」
ヒュンと杖を払ってみせたティアの瞳は、暗い怒りの炎で燃え上がっていた。その奥深くには、深い悲しみも存在していた。
「そうやって兄さんはルークを切り捨てたのね。無条件で慕ってた、裏切られてもなお尊敬していた純粋なルークを。ただのレプリカだって、出来損ないだって……!」
ティアは自らが痛いほどギリッと奥歯を噛み締めた。そうしなければ、身の内で暴れる怒りを抑える事が出来なかったのだ。衝動を抑えながらティアは、それでも激しい口調で叫んだ。
「そこまで懐かれるなんて、羨ましいにもほどがあるわ!」
「て、ティア!?心の声が今ものすごく表に出ていたぞ?!」
思わずヴァンは叫んだが、ティアは聞いていなかった。無慈悲な表情で杖を掲げて見せただけ。
「今だって邪魔なのよ……私とルークのために、消えてちょうだい」
「おっ落ち着けティア!話せば分か」
「ジャッジメント!」
「またしても譜歌無しでごはあああっ!!」
ヴァンは派手に吹っ飛んで天井と壁と床に叩きつけられて、ピクリとも動かなくなった。それを見届けたティアはそれはもう晴れやかな笑みでパンパンと手を払ってみせる。さーて、地上では事情を話して説得した(譜歌の力で脅した、とも言う)仲間達が住民を避難させているだろうから、後は自然崩落するアクゼリュスに巻き込まれないように譜歌を歌えばいい。いざという時のために生かしてある臨時保護者(ガイ)と愛するルークの元へ歩きかけたティアの足は、ピタリと止まり、瞬時にその場で地面を蹴った。一瞬前にティアのいた場所は、パキンと凍りつく。譜術だった。ティアはすぐに体勢を立て直し、くすりと笑った。
「女の子相手に、随分と容赦のない攻撃ね」
「てめえを女だと思っていたら、こっちが殺されかねんからな」
ティアの声に岩の陰から立ち上がる影があった。その緑の瞳に物騒な光をちらつかせた、鮮血のような真っ赤な長い髪を持った神託の盾騎士団六神将の1人。ティアはキラリと目を光らせた。
「ちょっとねこねここねこ色違いバージョンを着せようとしただけじゃない」
「いきなり譜歌で眠らせてんなこっぱずかしい着ぐるみしかもレプリカとお揃いのもの着せようとする女は女じゃねえ!俺の敵だ!」
恥ずかしさに顔を赤くしながら怒鳴るのはティアが愛してやまないルーク、のオリジナル、アッシュだった。ルークの事を苛めて苛めて苛め抜きやがり、それでもルークに好かれていたというティアにとっての憎き男だが、その顔はオリジナルなだけあってルークとそっくりなのだ。それを見ていたらティアも抑えがきかなくなってしまって、思わずお揃いの着ぐるみを用意しちゃったというわけである。
「私は諦めないわ、あなたとルークの双子ねこにんの姿を写真に収めるまではっ!」
「正気かてめえ?!」
「生憎と、さっきから私はずっと正気よ」
「……ふっ、仕方ねえ、俺の平穏のために貴様のその狂った思考回路荒療治してやる!」
「私が勝ったら双子子爵から双子モンコレまで付き合ってもらうわ!」
「冗談じゃねぇぇー!!」
双方必死の(特にアッシュは命すら賭けた)戦いは、アクゼリュスが耐え切れなくなって崩落するまで激しく続いたという。ちなみに勝敗は……ティアのお宝写真が増えた事で察してやってほしい。
栗色の戦乙女
06/09/21
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