きゅうせいしゅ。



その決定的な一撃を喰らう瞬間、世界が止まってしまったような錯覚を起こした。巨大な緋色の騎神から放たれた無数の攻撃をダブルセイバーで凌いだすぐ後、隙をついて死角から撃ち込まれてきた奴の鋭い尾が。オルディーネの機体に深々と刺さるその一瞬。ああ、無理だと。それでも何とか誤魔化さなければと。一瞬のうちにそれだけを思う事が出来たのはきっと時間が止まっていたからだ。全てが制止する世界できっと、頭だけが働いたのだろう。体は微動だにしないまま、その急所を狙う一撃を正面から受け止める事しか出来なかったが。背後に控える唯一無二の悪友を案ずるその瞬間だけは、確かに時間が止まっていた。

『クロウっ?!』

ヴァリマール越しにリィンの驚愕した声が届く。その声にクロウはとっさに答えた。

『カスっただけだ!』

そうして、立ち止まるなと。お前にしかできない事をやれと背中を押してやれば。少しだけ躊躇った後、リィンはクロウが望んだ通りに前へと進んでくれた。ここにきて今までで最高の一撃を叩き込み、核を無理矢理取り出して皇子を救出する。その一部始終をクロウは見つめていた。貫かれて動けないオルディーネの中から、ただ黙ってじっと見守っていた。緋の騎神が断末魔の声をあげながら消えていくのを見届けた後、ようやくかすれた声を上げる。

「オルディーネ……無事か……?」
『損傷ハ、甚大。修復ニハ、困難ヲ、極メルガ……時間ヲ掛ケレバ、恐ラクハ。……クロウ、ハ、」
「俺、は……」

途切れ途切れに何とか答えてくるオルディーネに申し訳なく思いながら。クロウは恐る恐る自分の胸元を見下ろす。そこには。オルディーネと同じように心の蔵を真っ直ぐ貫かれた己の胸が……。
無かった。

「……は?」

代わりにそこに見えた物体に、思わず時と場所を忘れて間抜けな声を上げる。今度こそ気のせいだと、走馬灯の一種だと思ったのに。三度目の正直か、二度ある事は三度あるのか。前者を必死に祈っていたクロウの目の前に、後者の事実が突きつけられる。
あの、刺される瞬間。コクピット内に光が満ちたと思ったら、悪い意味で聞き覚えのある声が響き渡ったのだ。

「俺はいつでも本気全開!愛する胸板を全力で守り切る男、リィン・シュバルツァー!!」

そして、これである。見下ろす自分の胸にべったりとくっついた小さな頭だ。見慣れたくなかった見慣れた光景だ。ここにきて、この展開は一体何なんだ。しかも光の中で何をしたのか知らないが白髪に覚醒しているし。
クロウが動けないでいる間に白銀に染まったくせ毛頭はすうっと黒色へと変化した。胸元に埋まっていた顔が持ち上げれば、向けられた瞳は興奮が収まり切らない、若干紅混じりの輝く薄紫だった。

「無事ですか!クロウ先輩の胸板!」
「胸板だけかよ?!」

うん無事だな!と満足げにばしばし胸元を叩いてくる小さなリィンに、クロウは呻き声を上げる。

「待て、お前、一体どこから……どうしてきやがった」
「分かりません!ただ、クロウ先輩の素晴らしい胸のピンチを感じた瞬間守らなければと思って全力を出しただけです!気付いたらここにいたので、何かよく分からないけど危険そうな攻撃を神気合一で弾き飛ばしました!」
「お前の胸への執念は一体何なんだ……」

呆然と呟くクロウ。こっちの様子はお構いなしに存分に胸板の具合を確かめた小さなリィンは、ぱっと弾けんばかりの笑顔を向けてきた。

「でもクロウ先輩が無事で良かったです!」

そこで、クロウはようやく気が付いた。己が無事である事を。目前に迫ってきていた命の危険から守られた事を。信じられない思いで己の傷一つない胸に手を置いて、にこにこ笑う小さなリィンを見下ろす。

「……俺、生きてんのか?」
「そうですよ!」

力強い肯定。その時外から、今度は良い意味で聞きなれた声が己の名を呼ぶ。

「クロウ!」

いつの間にかヴァリマールを降りていたリィンの声だった。リィンの視線が、仲間たちの視線がこちらへ集中しているのが分かる。当たり前だろう。大きな穴の開いてしまったオルディーネから、いつまでたってもクロウが降りてこないのだから。
クロウは何となく悟っていた。きっと本来ならば、これから情けない姿を皆の前に見せなければならなかったはずだと。力の入らない体でこの場所から這い出して、皆の顔を、誰よりも愛しい顔を悲しみに歪ませてしまう事になっていたのだろうと。しかし待ち受けていたはずの未来は今、粉々にぶっ壊された。目の前のふざけた生命体によって。

「クロウ先輩!クロウ先輩のリィンが呼んでますよ!早く行ってあげてください!」

くっついていた胸から離れて、膝の上に移動した小さなリィンが外を指差す。未だ実感は沸かないままだが、このちまっこい生き物が守り抜いた胸の向こうでどくどくと脈打っているのは確かに自分の心臓だった。生きている。間違いなく今、クロウは生きている。じわじわと、こみ上げてくる何かを飲み込んで、クロウは小さなリィンへと腕を伸ばした。

「……不可思議な出来事すぎるが、少なくともお前のおかげで俺は助かったわけだ。ありが……」
「駄目ですっ!」

その小さな頭を撫でてやろうと広げた手の平を、勢いよく弾かれる。まさか拒否されるとは思っていなかったクロウが目を丸くすれば、小さなリィンは胸を張って堂々と宣言した。

「俺の頭は、俺のクロウ先輩専用です!クロウ先輩はクロウ先輩のリィンの頭を撫で撫でしてくださいっ!」

えへん、と偉そうに仁王立ちする小さなリィンに、ぽかんと口をあけたクロウは。以前自分が小さなリィンに言った言葉を思い出して、笑った。

「ックク、そうか、そうだったな、悪い。そんじゃま、俺は俺のリィンを撫でてくるか、思いっきりな」
「そうしてください!俺は俺のクロウ先輩に全力で撫で撫でしてもらいます!」

クロウの体が光に包まれる。コクピットから出るためだ。同時に小さなリィンの体も光り出すが、何となく光の種類が違う気がする。きっと帰る場所が違うためだろう。クロウはクロウの帰る場所へ、小さなリィンは小さなリィンの帰る場所へ、それぞれ戻るために暖かな光が迎えに来たのだ。

「それではクロウ先輩!クロウ先輩のリィンと全力でお幸せに!」

ばたばたと手を振る小さなリィンに、クロウも片手をあげた。

「ああ。お前も、お前ん所のクロウも、な」



負傷した蒼の機体から零れ落ちた光の中より現れた銀髪に、一番最初に黒髪が駆け寄った。恐怖に震える声が、二言三言会話を繰り返すたびに徐々に収まり、次には喜びに震え出し、やがて。感極まって全力で、愛しい命を抱き締める。
胸元に頬を寄せて良かったと繰り返す黒髪をまた、全力で抱き締め返した銀髪が、その頭を慈しむように撫でる姿を。
小さな光はいつまでも見守っていた。
天高く昇り、空に溶け、自らの帰るべき世界へ戻るその時まで。
祝福するように、羨ましがるように、いつまでも見守っていた。








15/03/13

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