いっぽうそのころ。



≪理の力≫が歪められている不可思議な異世界、ザナドゥ。その不可抗力な力によって運がほぼなくなってしまった男クロウは、現在人気のない場所で真剣な表情をしていた。手元には数枚のカード、そして地べたに座り込む目の前にも馴染みのカードが。一人でブレード勝負のシミュレーションを行っていた所なのだが、やがてムガーッと声を上げてカードを放り投げていた。

「ちくしょう!一人で特訓してても俺は負け続けるのかよ!俺の運どうなってやがんだ!」

何度カードを引いてもしょぼいものしか当たらなくて負け続けてしまうクロウは頭を抱える。元の世界に帰れない今、出来る事といえばこのブレードぐらいなのにろくに勝てもしないのは大変つまらない。これでは賭けにもならない。何を賭けても多分悪運のせいでひとつも勝てないのだろうけど。
一度放り投げたカードを律儀に拾って揃えながら、クロウはため息とともに呟く。

「はあ……結局この世界で俺が勝てるのは、全力とか言いながらアホな事ばかりするあいつだけか……」

例えどんなにカード運が悪くとも、相手が全力で自爆し続けてくれればクロウとて勝てる。そんな相手がこの世界に一人だけ存在していた。あの無駄に元気な笑顔を思い出していれば、まるで呼ばれるように聞き覚えのある声が近づいてきた。

「おーい先輩ー!俺のクロウ先輩ー!」
「おっと……噂をすれば現れやがったな」

カードをしまいながら立ち上がり、出迎えるために向き直れば。ものすごい勢いで胸元に黒髪頭が飛びついてきた。半ば予想していたので何とか身構えたが、少しだけよろけたのは仕方がない。

「ぐふっ?!お、おまっいつもいつも言ってるだろうが!んないきなり飛びついてくるなって!」
「無理です!だって俺はいつでも本気全開!俺のクロウ先輩を発見すれば瞬時に飛びつく男リィン・シュバルツァー!」
「その名乗りももういいっての、聞き飽きたわ!それに!」

ぎゅうっと全力で抱きついてくる手加減なしの後輩リィンの頭を抑えながら、クロウは今まで何度か指摘した事をもう一度口に出した。

「何度目か分からねえがその「俺のクロウ先輩」ってのは何なんだよ?!ある日突然言い出しやがったから、俺が他の奴らに変な目で見られただろうが!」
「えっ!だって、クロウ先輩はクロウ先輩のリィンのものだから、俺のクロウ先輩は俺のクロウ先輩って言わなきゃややこしいじゃないですか!」
「余計にややこしいんだよ!意味が全然分かんねえし!」

混乱して叫べば、リィンはきょとんと見上げてくる。クロウがどうして混乱しているのかまったく分かっていない顔だ。勘弁してくれ、といつものように内心困り果てる。
この、やたらと懐いてくる元の世界での後輩は、どうやら随分とこの世界の≪理の力≫に歪められているらしい。本気を出せないどこか控えめな優等生もこの通り、がつがつ全力でぶつかってくるアホの子となってしまっている。もっともまだそれほど学院内で交流を深めていないうちにこちらの世界へ飛ばされてきたクロウは、どうしてリィンにここまで懐かれるのかさっぱりわからない。いや、それを言うならリィンは入学式当日に飛ばされてきたはずなのだからクロウとはまったく面識がないはずなのだが。

「うーん……クロウ先輩も最高だけど、やっぱり等身大の俺のクロウ先輩の胸板に顔を埋めるのが一番だな!」
「俺が女だったら一発でクロスベル警察の奴らにこいつ引き渡してるんだけどなー……」

ぐりぐりと頭を胸元へ押し付けて至福の顔をしているリィンに溜息を吐く。いつもただ全力を出してくるだけの単純なリィンが、たまに意味不明な言動をする事がある。その被害先は大体クロウだった。一番ひどかったのは、頭に飛びついてきたと思えば全力で撫で撫でしてきたあの日だろう。どんなに離そうとしても「俺が俺のクロウ先輩を撫でれば喜ぶってクロウ先輩が言ってたから!」と訳の分からない事を言ってその日一日中決して止めようとはしなかった。そういえば「俺のクロウ先輩」と言い出したのもこの日からだった気がする。いくら思い返してもきっかけなど何も思いつかなかった。強いて言えばリィンが池に落ちた事ぐらいだが、その際頭でもぶつけて余計にアホの子になってしまったのか。
そこまで考えて首を横に振った。この世界では深い事は考えない方がいいと、割と初日から思い知っている。という訳で懐かれる理由とか色々考える事を放棄して、クロウは目の前の頭をなだめるように撫でてやった。それが気持ちよかったのか、リィンが嬉しそうにますますぎゅうとしがみついてくる。

「……しかし今日の勢いはいつにもましてすごかったな。何かあったか?」

少し気になったので尋ねてみる。いつも何かと胸元に飛び込んでくるリィンだったが、今日は何か切羽詰まったものを感じた。顔を上げたリィンは、少しだけ考えた後すぐに答えに行きついたようで、ぱっと破顔する。

「多分、俺のクロウ先輩が恋しくなったんだと思います!」
「は?」
「だってクロウ先輩もクロウ先輩のリィンもとても幸せそうだったから……俺も俺のクロウ先輩と全力で幸せになろうと思いまして!」

相変わらず意味不明な事を言いながら、再び頬を押し付けてくるリィン。とりあえず今のこの状態がリィン曰く幸せらしい。クロウは頭を掻いた。本当にどうして、ここまで懐かれてしまったのだろう。分からない。分からないが。
不思議と悪くないなどと思ってしまうのは、一体何故なのだろうか。

「ったく、甘ったれめ……とにかくこのままじゃ息苦しいし落ち着かねえ、移動するぞ」
「じゃあお昼寝しましょう!また添い寝してください添い寝!俺の胸枕になってください俺のクロウ先輩!」
「抱き枕みたいに言うなよ?!言う相手間違えれば一発でまた警察にしょっ引かれる発言だからなそれ!」
「大丈夫です、俺のクロウ先輩にしか言いませんから!俺はいつでも本気全開!俺のクロウ先輩と寝るためなら全力で口説く男リィン・シュバルツァー!」
「純粋無垢な笑顔で爽やかに言い放っても言葉だけ聞いたらこの上なくいかがわしい事を言うのは止めろ!」

いつまでたっても離れようとしないリィンをずるずる引き摺りながらクロウは歩き始めた。このくっついて甘えてくる後輩のために、良い昼寝場所を探すために。甘ったれと言いながら甘やかしているのは誰だ。心の中で苦笑すれば、輝く笑顔でリィンが見上げてきた。

「先輩!俺は、クロウ先輩とクロウ先輩のリィンと同じぐらい今幸せです!俺のクロウ先輩は幸せですかっ」

言葉で、表情で、全身で。全力で幸せなのだと訴えかけてくるその笑顔に。クロウは一度だけ立ち止まってから、小さな声で答えた。
その表情は……ザナドゥの理に歪められたせいだと、言い訳をしながら。リィンに負けず劣らず。


「……ま、それなりに、な」








15/03/13

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