やっぱり見ちゃう





「……トワ会長?どうしたんですか、その荷物!」
「あ、リィン君!これをね、ちょっとジョルジュ君の所に持っていく所で……あっ大丈夫だよ!私こう見えても意外と力持ちなんだか、らっ?!」
「危ない!……ほら、ふらついているじゃないですか。これとこれとこれは俺が持ちますから、一緒に運びましょう」
「ええっそれじゃ私の持つ分がほとんどなくなっちゃうよう!」
「いいですから。こういう仕事は後輩に任せてくださいよ」
「ううー、リィン君は過保護なんだから……分かった、ありがとう」

最早渡すものか、と言わんばかりにトワから大部分の荷物を奪い取ってしまったリィンはにっこり笑う。こうなるとこの後輩は何を言っても譲らない頑固者である事を知っているトワは、実際助かる事ではあるので仕方なく受け入れた。こうしてリィンが忙しそうに働くトワを見かけては手伝いに声を掛けてくるのは最早日常茶飯事で、こうして連れだって歩くのも別段珍しい事ではない。しかし最近は一つ、変わった事があった。
前を歩いてくれるリィンの後ろからとことことついていくトワは、ついその変わったものに目がいってしまう。

ぱた、ぱた、ぱた。

(うーん……歩くたびに尻尾が揺れるから、つい見ちゃうなあ)

リィンに増えたそのふさふさが左右に揺れる様を、後ろからじっと眺めてしまっては慌てて目を逸らす。最近のトワの日常だった。
ある日突然黒い犬の耳と尻尾が生えてしまったリィンは、今でこそ普通に過ごしているが最初はさすがに大騒ぎだった。ベアトリクス教官に診てもらっても、やはりその見た目以外何も異常は無いという結果だったのだ。トワだって心底驚いて、本当に体調は大丈夫なのかとしつこいほど尋ねてしまった記憶がある。周りも何かと心配していたが、数日も経てば「何か似合ってるし」とたちまち違和感はどこかへ去り、皆当たり前のように今のリィンを受け入れていた。数日前それを「有難い事だけど何か悲しい」と嘆いていたリィンを慰めてやったばかりだった。
そこまで考えて、またしてもトワはハッと我に返った。上記をつらつらと考えながら目線はやっぱりリィンの尻尾と耳を、交互に眺めていた。無意識だった。最近リィンと一緒にいると、どうしてもあのふさふさの耳と尻尾に意識が集中してしまうのだ。

(い、いけないいけない、リィン君が気にしている部分をこんなに見つめるなんて、失礼だよね……!)

生真面目なトワは我に返るたびに止めよう、止めようと思うのだが、頭とは裏腹に他の器官は全力で注目しにいってしまう。今日もダメだと悟ると、急いでリィンの前に出た。

「リィン君!私が先に行くからっ!後ついてきてね!」
「え、でもここから技術棟ぐらい俺でも分かりますよ?」
「い、いいからっ」

ほぼ強引に早足で前を歩くと、怪訝に思いながらもリィンは素直に後ろについてくれた。気付かれないように溜息をつく。もうちょっとあのよく動く耳と尻尾に慣れたら、こんなに意識しないで済むようになるだろうか。
そうこうしている内に、二人はジョルジュの待つ技術棟へ辿り着いていた。敷地内に足を踏み入れるとジョルジュはアンゼリカと共に建物の外にいて、どうやらちょうど導力バイクについて話し込んでいた所らしい。おそらくトワを待っていてくれたのだろう、すぐに気付いたジョルジュが笑顔で話しかけてきた。

「やあ二人とも、わざわざありがとう。重くなかったかい?そこに置いてくれていいよ」

いつの間にか増えてたリィンの姿に驚く事も無いまま受け入れたのは、一緒に運んでくることを半ば予想していたからかもしれない。トワとリィンが二人でよいしょよいしょと持ってきた荷物を置いていると、その姿をアンゼリカがじっくりと眺め回してくる。

「アン?どうしたんだい」
「いやあ、可愛らしい少女と大型犬という実に和む光景だが、非常に惜しいと思ってね」
「まあ和むのは分かるけど、惜しいって?」
「リィン君、君のその犬の耳と尻尾を生やす方法というのは、判明したのかい?」
「……えっ?!」

突然話しかけられたリィンは耳と尻尾をびくりと跳ねさせながら振り返り、すぐに首を横に振った。

「い、いやいや、その前にこれを失くす方法を知りたいですよ。原因さえはっきりと分からないままですし」
「そうか、やはり惜しいな。トワにもそのふさふさの耳と尻尾がついていれば、さぞかし映えただろうと思ってね!」
「え、ええっ?!私?!」

今度はトワが飛び上がる。どうやらアンゼリカの脳内では耳と尻尾を生やしたトワが輝いている所らしい。大変素晴らしい笑顔でぐっと親指を立てられて、慌てて手を振り上げて否定した。

「そっそんな訳ないよ!あの耳と尻尾は、リィン君だからあんなに似合ってるんだよきっと!」
「会長それどういう意味ですか?!」
「まあ私もそれは否定しきれないけどね。トワ、君だってきっと良く似合うさ、自信を持つんだ」
「アンちゃん……そんな事言われても、やっぱり私にはリィン君ほど耳と尻尾は似合わないと思うなあ」
「だから会長それどういう意味ですかっ!」

頑なにあの耳と尻尾はリィンだから似合うのだという姿勢を崩さないトワに、色んな衝撃を受けるリィン。トドメにジョルジュに肩を叩かれて、「大丈夫、すごく似合っているから」とフォローになってないフォローを入れられ、しゅんと耳を垂れさせる。それを眺めながら、アンゼリカは笑った。

「ふふ。いやしかしトワ、君は本当にリィン君に懐かれてるな」
「えっ?ど、どういう意味?」
「前々からトワをよく手伝ってくれるなと感心してはいたんだが、リィン君はその手伝いを本当に快く引き受けているんだと見た目で良く分かるじゃないか。微笑ましい限りだよ」
「そ、そうかな……?リィン君、無理してるんじゃないかなあ」

いつも何かを頼む側なので、断れない後輩に無理難題を押し付けているのではないかという思いを抱いていたトワは眉を寄せる。そんなトワの頭を、アンゼリカが優しく撫でた。

「思い出すと良い。トワと一緒にいる時のリィン君の耳や尻尾の動き」
「へっ?!」
「何だかいつも、嬉しそうに動いていないかい?」

言われて、思い出してみる。確かに思い浮かんでくる姿は、どのふさふさも元気よくピコピコ動いている光景で。もし内心嫌がっていたとしたら、あの正直な器官はきっとあんなに嬉しそうには動かないだろう。
あいつの耳と尻尾を見とけよ、マジで正直に動くからな、と面白おかしそうに教えてくれた、ここにはいないもう一人の友人の言葉が浮かぶ。ムリなんてしてない、むしろ望んでやっている事なのだと、まるでトワに教えてくれるようなあの耳と尻尾が。
耳と、尻尾が……。

「……!も、もうっアンちゃん!そんな事言われたら、もっとあの耳と尻尾に注目しちゃうよーっ!」

何故だか恥ずかしくなって赤くなった顔を覆うトワをおかしそうに愛しそうに見つめるアンゼリカ、また何かアンがトワにちょっかいかけてるなーと見守るジョルジュ、そんな先輩方を耳と尻尾と首を傾げながら眺めるリィン。
しばらくトワの視線は、あのふさふさから離れられそうにない。


14/02/12


 |  | 


戻る