「この色、お前に似ているな……って何言わすんだ屑がっ!」


「えっ何が?!」


一人で何か呟いて一人で何かにつっこんでいるアッシュにルークがびっくりする。それ以上にびっくりしているのがアッシュだった。なぜ今素でルークを連想してしまったのだろうか。確かにさっきからずっと一緒にはいるが、それにしたって何かがおかしい。ちょっと前まで憎んでいたはずの相手を、こんな赤くて美味しそうな木の実を見て思い浮かべるなんて。
木の実を手に脳内で葛藤し始めたアッシュを、ルークが怪訝そうに覗き込んできた。


「アッシュ、どうした?その木の実がどうかしたのか?」
「赤くて、美味しそう……じゃねえ!そんな事思ってねえ!」
「え?!いや、俺は赤くて美味しそうに見えるけど?!」


そこでようやくアッシュはハッと我に返った。動揺のあまり変なことを口走ってしまった。ちょっと手遅れのような気もするが、手に持っていた木の実をがぶりと食べて誤魔化そうとする。


「……ん、少し酸味もあるがなかなかいけるな。空腹のあまり幻覚が見えていたようだ、俺としたことが……」
「え、それってやばくね?大丈夫か?」
「ふん、心配されるほどではない。それよりお前もさっさと食え、腹が減っていたんだろうが」
「う、うん。まあアッシュが食えるなら俺も食えるしな!いただきまーす」


抱えた木の実の中から一つを齧り、ふにゃりと笑顔になるルーク。お腹が空いていた分その美味さもひとしおだろう。アッシュも食べかけの木の実を齧り、あっという間に食べつくしてしまった。一個がそんなに大きくないのですぐに食べ終わってしまうのだ。アッシュがもう一個手に取っている間にルークも食べ終わり、二人で次々と木の実を消費していく。


「美味いなこれ。腹も減ってたし、いくらでも食べられる気がする!」
「おい少し自重しろ、お前のが一つ多く食ってるだろうが」
「いやそんな事ねえよ!アッシュの方がむしろ今の時点で多く食べてるだろ絶対!」
「んな訳ねえだろ!見ろこの大口、俺より倍は食ってる口だろうが!」
「いひゃいいひゃい!っほっぺ摘まむなよ!別に大きくねえし!俺アッシュのレプリカなんだから同じぐらいのはずだし!」
「同じだと、嘘つけ!これだけ柔らかい頬をしておいてどこが俺と同じだ!」
「柔らかい?そうかなあ、じゃあアッシュも柔らかいんじゃねえの?どれどれ」
「おっおいこら、俺のを摘まもうとするんじゃねえ!」
「えーっ俺のばっかり摘まんで逃げんなよー!ずるいぞー!」


木の実の取り合い合戦からいつの間にかほっぺた摘まみ大会になっていた二人の争いは、木の実が全て腹の中に消えてなくなった後もしばらく続いた。

その後、一通り空腹を満たした二人は、先ほど見つけた場所に再び腰を下ろして身を落ち着けていた。先ほどまで暮れかけていた空はいつの間にかすでに夜空へと移り変わっていて、辺りは月の光が届く範囲しか見渡せないほどの暗闇に包まれている。草むらからは絶えず虫の声が鳴り響き、その澄んだ音に耳を傾けながら、アッシュもルークもしばらく無言で空を見上げていた。
頭上では眩しいほどの月が出ているにもかかわらず、無数の星々が真っ暗な空で一つ一つ輝いている。死んだら人は星になる、と昔童話か何かで耳にしたことがある。その事をぼんやりとアッシュは思い出していた。本来ならば自分も、あの空に散らばった小さな星の一つになっていたのだろうかとも考えながら。
似たような事を考えていたのだろう。折りたたんだ膝に顎を乗せて座り込んでいたルークが、ぽつりと独り言のように話しかけてきた。


「不思議だよな……俺とアッシュが二人で生きて、ここでこうしている事。アッシュと一緒に生きたいとは思っていたけど……そんな未来、絶対に来ないと思っていたのにな」


その横顔はどこか切実で、ルークが本当に今のような未来が来ることは無いだろうと思っていた事が伝わってくる。それはそうだろうな、とアッシュは思った。今日目が覚めて初めて顔を突き合わせたとき、互いの今までの大体の事情はすでに伝え合っている。そこで生じていたアッシュの誤解も、大爆発の真実も、すでに解消済みだ。もしも正しく二人の間で大爆発が起きていれば……ルークがアッシュと「共に」こうして生きている事を想像できなかったのも仕方ないだろう。
ルークは空に向けていた瞳を戻して、アッシュを見つめてきた。目が合うと、心から嬉しそうに微笑む。


「なあアッシュ、今っていつなんだろうな。もし俺たちが死んでから、100年とか200年とか経ってたらどうする?」
「何だと?」
「ありえない話じゃないだろ?もうすでにありえない事ばっかり起こってるんだからさ」


ルークの言う通り、ありえない話ではない。時間の感覚はまったく無く、今まで誰にも会っていないのだから正確な時間を確かめようのない今、あれから数日後なのか1年後なのか、はたまた100年や1000年以上経ってたりするのか、二人には判別のつかない事なのだ。ルークが何を言いたいのか分からず無言で先を促せば、くすくすと微かな笑いが二人だけの空間に響く。


「そうなったら俺たち帰る場所無いよな。知り合いもみんないなくなっちゃってるだろうし……なあ、そうなってたらさ、」
「……何だ」
「アッシュ、俺と一緒に暮らさない?」


予想もしていなかった言葉にアッシュが軽く目を見張ると、ルークは笑みを深めた。


「いいだろ?だって誰も俺たちの事知らないんだからさ。ここで二人のんびり暮らしてもいいし、どこか町に出てもいいな。俺、アッシュとだったらどこでもいい。アッシュと生きてみたいんだ」


希望を語るルークの瞳は、星と月が照らす夜空よりもキラキラと輝いて見えた。思わずアッシュはその光に魅入る。もしも、の話だ。もしもこの世界が、ルークの言うとおり他の誰も知り合いのいない世界であれば。アッシュとルークは互いを知っている唯一の人物となる。その時は……ルークと、二人きりで。
アッシュはしばし目を閉じて、静かに口を開いた。



「ならば新居は早目に買わねばな。結婚式はケテルブルグか、グランコクマも美しいだろう。子供は二人、男の子と女の子が理想だが、どちらでもお前に似て可愛い子になるd」

「……。そうだな、考えておこう」

「冗談じゃねえ、そんなの死んでもごめんだ」