「この色、お前に似ているな……実に美味そうだ、ふふふ」


「は、はあっ?!」


ズザッとルークが後ずさる。驚愕と、若干の脅えまで見え隠れする驚き方だった。過剰な反応にアッシュは眉を寄せる。


「何だ、どうした」
「いっいや、どうしたはこっちの台詞だろ!何なんだよいきなり!」
「何なんだよと言われても、俺は思った事をそのまま言葉にしただけだ」
「そのまま、言葉にしただけって……」


じとりと、ルークが見つめてくる。その手から木の実が零れ落ちなかったのは奇跡だろう。


「思った事は百歩譲るとして、わざわざ言葉にするのはどうかと思う」
「何の問題がある。この赤い実がお前に似て、美味そうだと言っただけだ」
「問題ありまくるだろその言い方!アッシュ、どうしたんだよ……お前はそんな事平然と言う奴じゃなかっただろ?」


とうとうルークが何故か悲しそうな顔になった。何故ルークが悲しい思いをしているのかアッシュには分からない。


「悲しむな、ルーク……お前の悲しむ顔はそれはそれで美しいが俺も胸が張り裂けそうにな……ぐふっ?!」
「えーい、これでも食ってとりあえず黙れー!」


アッシュは言葉の途中で、ルークに無理矢理木の実を口に詰め込まれた。口いっぱいに甘酸っぱいさわやかな味が広がる。不味くはない、むしろ腹も減ってい多分十分美味いその味を、しかし詰め込まれすぎたので味わう暇がない。もごもごと喋れないアッシュを見て、ようやくルークはほっとしたようだった。


「な、とりあえず食べよう!俺腹が減ってたんだった!話はその後にしよう!満腹になればアッシュが変なのも治るかもしれないし……だからどんどん食えよ!」
「……っっ!っはあ、お、おい、分かったから無理矢理詰め込むのはやめ……むぐほっ?!」


自分も木の実を食べながら次々とアッシュの口に詰め込んでいくルーク。その作業は、アッシュが木の実の食べ過ぎてひっくり返るまで続いた。

その後、一通り空腹を満たした二人は、先ほど見つけた場所に再び腰を下ろして身を落ち着けていた。先ほどまで暮れかけていた空はいつの間にかすでに夜空へと移り変わっていて、辺りは月の光が届く範囲しか見渡せないほどの暗闇に包まれている。草むらからは絶えず虫の声が鳴り響き、その澄んだ音に耳を傾けながら、アッシュもルークもしばらく無言で空を見上げていた。
頭上では眩しいほどの月が出ているにもかかわらず、無数の星々が真っ暗な空で一つ一つ輝いている。死んだら人は星になる、と昔童話か何かで耳にしたことがある。その事をぼんやりとアッシュは思い出していた。本来ならば自分も、あの空に散らばった小さな星の一つになっていたのだろうかとも考えながら。
似たような事を考えていたのだろう。折りたたんだ膝に顎を乗せて座り込んでいたルークが、ぽつりと独り言のように話しかけてきた。


「不思議だよな……俺とアッシュが二人で生きて、ここでこうしている事。アッシュと一緒に生きたいとは思っていたけど……そんな未来、絶対に来ないと思っていたのにな」


その横顔はどこか切実で、ルークが本当に今のような未来が来ることは無いだろうと思っていた事が伝わってくる。それはそうだろうな、とアッシュは思った。今日目が覚めて初めて顔を突き合わせたとき、互いの今までの大体の事情はすでに伝え合っている。そこで生じていたアッシュの誤解も、大爆発の真実も、すでに解消済みだ。もしも正しく二人の間で大爆発が起きていれば……ルークがアッシュと「共に」こうして生きている事を想像できなかったのも仕方ないだろう。
ルークは空に向けていた瞳を戻して、アッシュを見つめてきた。目が合うと、心から嬉しそうに微笑む。


「なあアッシュ、今っていつなんだろうな。もし俺たちが死んでから、100年とか200年とか経ってたらどうする?」
「何だと?」
「ありえない話じゃないだろ?もうすでにありえない事ばっかり起こってるんだからさ」


ルークの言う通り、ありえない話ではない。時間の感覚はまったく無く、今まで誰にも会っていないのだから正確な時間を確かめようのない今、あれから数日後なのか1年後なのか、はたまた100年や1000年以上経ってたりするのか、二人には判別のつかない事なのだ。ルークが何を言いたいのか分からず無言で先を促せば、くすくすと微かな笑いが二人だけの空間に響く。


「そうなったら俺たち帰る場所無いよな。知り合いもみんないなくなっちゃってるだろうし……なあ、そうなってたらさ、」
「……何だ」
「アッシュ、俺と一緒に暮らさない?」


予想もしていなかった言葉にアッシュが軽く目を見張ると、ルークは笑みを深めた。


「いいだろ?だって誰も俺たちの事知らないんだからさ。ここで二人のんびり暮らしてもいいし、どこか町に出てもいいな。俺、アッシュとだったらどこでもいい。アッシュと生きてみたいんだ」


希望を語るルークの瞳は、星と月が照らす夜空よりもキラキラと輝いて見えた。思わずアッシュはその光に魅入る。もしも、の話だ。もしもこの世界が、ルークの言うとおり他の誰も知り合いのいない世界であれば。アッシュとルークは互いを知っている唯一の人物となる。その時は……ルークと、二人きりで。
アッシュはしばし目を閉じて、静かに口を開いた。



「ならば新居は早目に買わねばな。結婚式はケテルブルグか、グランコクマも美しいだろう。子供は二人、男の子と女の子が理想だが、どちらでもお前に似て可愛い子になるd」

「……。そうだな、考えておこう」

「冗談じゃねえ、そんなの死んでもごめんだ」