「黙れ、劣化野郎」
「っ!あ……」
途端に、ルークの動きが止まる。顔を少し青ざめさせ、凍り付いたように足を止めたルークを、アッシュは無言で見つめた。しばらく絶望したような顔でアッシュを見ていたルークは、やがて何かを諦めたように俯く。
「ご、ごめん……俺はただ、アッシュが心配だっただけなんだ。不快に思ったなら、本当にごめんな」
必死に謝るルークの言葉を、アッシュはやはり無言で受け止める。しばらく二人の間に重い沈黙が流れた。うららかな天気に似合わない空気をしばらくの停滞からやがて動かしたのは、アッシュの声だった。
「……いつまでも立ち止まってないで、行くぞ」
「う、うん」
ルークは躊躇いながらも頷いた。ぷるぷると顔を横に振った後、にっこり笑顔を作って顔を上げてくる。
「変な空気にしてごめんな!さっそく行こうか!」
空元気にしか見えないルークはそれでも前を向き、再び歩き始める。アッシュはこの場所が一体渓谷のどのあたりなのか皆目見当もつかなかったが、ルークの話によるとおそらくずっと奥の方になるらしい。ルークとてタタル渓谷の全てを知り尽くしている訳ではないので、今の歩みはほぼ勘に頼った適当なものだ。それ故に足の進みは早くなく、むしろ遅い。考える時間が欲しいアッシュにとってはそれが逆に有難かった。
「くうーっ!ほんと、今日はいい天気だな。魔物も出てこないし、すっごく平和を感じるよなあ」
前方でぐいっと伸びをしながらルークが呑気な声を上げている。気を取り直すことが出来たらしい。確かに非常に平和な時間だった。強すぎない日の光は徐々に傾きながらも二人の頭上へ平等に降り注ぎ、そよぐ風も大変心地よい。目の前に立ちふさがる魔物の気配も辺りにはなく、ルークがいなければアッシュも同じように腕を空へ伸ばしていたかもしれない。考え事ばかりに没頭していたら、うっかり眠くなりそうな天気だった。
そう思っていた傍から、前方でルークが大きな欠伸をかましている。気持ちは分からんでもないが気が緩みすぎだと思った。いくら魔物の気配がないからと、いつ危険が迫るか分からない。アッシュは少しだけ歩みを速めて、ルークに近づいた。
「おいレプリカ」
「んー?なに?」
「大層な余裕っぷりだな、そのまま魔物にでも襲われるかできそこない」
「危ないじゃないか、あまり油断はするなよ。可愛いお前が傷つく姿は見たくない」
「大口開けて間抜け面晒して油断するな屑が、隙を突かれて襲われでもしたらどうする」