「大口開けて間抜け面晒して油断するな屑が、隙を突かれて襲われでもしたらどうする」


お説教のついでに、その後頭部をぺしんと叩く。いてっとつぶやき振り返ってきたルークが文句でも垂れてくるかと思ったが、振り返ってどこか驚いたように見つめてきただけだった。その心底意外そうな反応は何なのだろう。


「何だ、何か文句でもあるのか」
「いや、文句じゃなくて……へへっ」


アッシュがじろりと睨み付けると、何故かルークが笑い始めた。予想していなかった反応に内心びっくりする。睨み付けた相手に笑われるのはあまり無い体験だ。アッシュが少し怯んだのを気配で感じたのか、慌ててルークが弁解してきた。


「ああっえっと、今のはその、アッシュの言葉が嬉しかっただけで!」
「はあ?嬉しかっただと?」
「だって、心配してくれたんだろ?俺の事」


にっこり笑顔でそう言われて、思わずあっけにとられる。己の今の言葉を頭の中で再生させて確認みると……確かに、ルークが言うような意味に取れないでもない、かもしれない。アッシュは足を止めて反論していた。


「ち、違う!今のはあまりにも間抜けた姿だったから、情けなくて腹が立っただけだ!思い上がるなよ!」
「はいはい、分かってるって」
「な、何だその態度はー!レプリカのくせに生意気だ屑が!」
「うわっごめんって!アッシュがあまりにもアッシュっぽくて和んだだけだってばー!」
「どういう意味だー!」


二人で揉めながら進む渓谷の細い道。二人共にこの世から消えたはずのあの時からどれほどの時が経っているのか定かではないが、こうして触れ合う未来が来るなどと思ってもいなかったなと、頭の片隅でアッシュは思った。

それからどれぐらい歩いただろうか。渓谷内をあっちにいったりこっちにいったりしているうちに、日はすっかり暮れ始めていた。元々二人そろって土地勘は無い。このまま野宿は決定的だろうと、アッシュは覚悟した。


「おいレプリカ、ひとまず落ち着けそうな場所を探すぞ」
「そうだなあ。荷物も何も持ってないけど野宿するしかないか……」


憂鬱そうにルークが空を仰ぐ。アッシュもルークも草むらに埋もれるように倒れていた所から一文無しで、服だって以前のものではなく同じ白を基調とした見慣れないものを揃って纏っていたのだ。何の説明も無いまま唐突に放り出された理不尽ともいえるこの状態、一体何者の仕業なのか。心当たりは一人、いや一意識集合体しかいない。


「くそ、あの屑ローレライ、覚えていやがれ……!」
「アッシュ―、ローレライへ文句言いたいのは分かるけど早く野宿する場所探そうぜー」


幸い魔物の類の気配は未だに感じなかった。もしかしたら向こうがこちらを察知して避けてくれているのかもしれない。この場所とのレベル差を考えたら十分あり得る。おかげで二人はちょっと崖の麓のややくぼんだ部分に腰を下ろして、ほぼ警戒することなく落ち着く事が出来た。足を無造作に投げ出して、ルークがどっと息を吐いた。


「うはあー疲れた!思えば俺たち、ここまで飲まず食わずで歩いてきたんだもんなーそりゃ疲れるよな」
「ふん、そうだな……」


ルークの言うとおり、目を覚ましてから今まで約半日、何も口にしていない。無我夢中で歩いてきたお蔭で空腹を感じる事無くここまで来たが、体を休めた今はそうもいかない。案の定、隣からぐうと情けない音が聞こえる。


「はあ……腹減った……」


さっきまで元気な姿を見せていたルークが腹を押さえて項垂れる。アッシュも腹は減っているがここまで露骨に態度に出すほどではない。溜息をついたアッシュは、立ち上がりながらルークに言った。



「のたれ死なれても困るからな……仕方ねえ、適当に何か見つけてくるからお前はここで大人しく待っていろ」

「俺は俺の食料を探してくる。お前はお前で勝手にしろ」

「可哀想に、俺が何か食べ物を探してくるからルーク、お前はここで待っていてくれ」