「危ないじゃないか、あまり油断はするなよ。可愛いお前が傷つく姿は見たくない」


びくっとルークの肩が跳ねる。振り返ったルークは、何か恐ろしいものを見るような瞳で見つめてくる。気のせいか、その体も震えているようだった。


「あ、アッシュ?」
「何だ」
「あの、どこか体調悪いとか無いよな?頭打ったとか、熱があるとか」
「んな訳ねえだろ」


アッシュが否定しても、なおもルークはこわごわと様子を窺っている。まるで今まさに目の前に恐ろしい魔物がいるかのような対応だった。やがてアッシュの見た目に変わりは無い事を確認したルークが、納得できないような表情ながらも首を振った。


「確かに見た目的に異常はない、よな。見た目だけは」
「何が言いたい」
「な、何でもない。あー、心配してくれたのはありがとな、ちゃんと気を付けるよ」


顔を正面に戻したルークは確かに背筋を伸ばして緊張感を漂わせている。ただしその注意は周囲というより自分の背後、つまりアッシュへ向けられている気がしないでもない。それが少し気になったが、ルークが先へと進んでしまうので今はその後を追った。気のせいだと思う事にしよう。

それからどれぐらい歩いただろうか。渓谷内をあっちにいったりこっちにいったりしているうちに、日はすっかり暮れ始めていた。元々二人そろって土地勘は無い。このまま野宿は決定的だろうと、アッシュは覚悟した。


「おいレプリカ、ひとまず落ち着けそうな場所を探すぞ」
「そうだな。荷物も何も持ってないけど野宿するしかないか……」


憂鬱そうにルークが空を仰ぐ。アッシュもルークも草むらに埋もれるように倒れていた所から一文無しで、服だって以前のものではなく同じ白を基調とした見慣れないものを揃って纏っていたのだ。何の説明も無いまま唐突に放り出された理不尽ともいえるこの状態、一体何者の仕業なのか。心当たりは一人、いや一意識集合体しかいない。


「くそ、あの屑ローレライ、覚えていやがれ……!」
「アッシュ、ローレライへ文句言いたいのは分かるけど早く野宿する場所探そう」


幸い魔物の類の気配は未だに感じなかった。もしかしたら向こうがこちらを察知して避けてくれているのかもしれない。この場所とのレベル差を考えたら十分あり得る。おかげで二人はちょっと崖の麓のややくぼんだ部分に腰を下ろして、ほぼ警戒することなく落ち着く事が出来た。足を無造作に投げ出して、ルークがどっと息を吐いた。


「あー疲れた……思えば俺たち、ここまで飲まず食わずで歩いてきたんだもんな、そりゃ疲れるよな」
「ふん、そうだな……」


ルークの言うとおり、目を覚ましてから今まで約半日、何も口にしていない。無我夢中で歩いてきたお蔭で空腹を感じる事無くここまで来たが、体を休めた今はそうもいかない。案の定、隣からぐうと情けない音が聞こえる。


「はあ……腹減った……」


さっきまで元気な姿を見せていたルークが腹を押さえて項垂れる。アッシュも腹は減っているがここまで露骨に態度に出すほどではない。溜息をついたアッシュは、立ち上がりながらルークに言った。



「のたれ死なれても困るからな……仕方ねえ、適当に何か見つけてくるからお前はここで大人しく待っていろ」

「俺は俺の食料を探してくる。お前はお前で勝手にしろ」

「可哀想に、俺が何か食べ物を探してくるからルーク、お前はここで待っていてくれ」