「死ね」


「確かにアッシュは口の悪い子だが、それは言い過ぎかもしれぬな。ああ見えてアッシュは優しさも兼ね備えた、もう少し空気を読む男だ。
それでは、本番だ」







くしゅん、とアッシュは一つくしゃみをした。別に風邪気味ではなく、かといってアレルギーの類でもなく、強いて言うなら妙な寒気を感じて出てきたくしゃみだった。何故だかとても嫌な予感がする。誰かが面白半分に自分の事を噂しているような、そんな予感が。


「アッシュ、大丈夫か?風邪か?」


一度きりのくしゃみを聞きつけて振り返ってくる翡翠色の瞳。その顔からは純粋な心配の色しか見いだせなくて、どう答えて良いか分からずアッシュはとっさに口をつぐんだ。この場で目が覚める前までは心底憎んでいたはずの存在だったはずだ。いや、一度死ぬ前にぶつかり合ったおかげで、何とかその存在を認める事が出来たのだった。しかしそれがあったからって、今の自分にあの時のどす黒い感情が一ミリも残っていないのはどういう事だろう。黙々と歩きながら今まで、アッシュはずっと戸惑っていたのだった。
アッシュが己のレプリカと共に目を覚ましたのは、太陽の光が降り注ぐタタル渓谷の一角であるらしい。アッシュにはあまり馴染みのない場所だったが、絶対にそうだと自信を持って豪語したのは前を歩いている朱色の頭だった。どうやら随分と思い出深い場所だそうで、絶対に間違いないと語っていた。そんな訳で道案内もかねて前を歩かせていた所である。一度は死んだはずの自分たちがどうしてこの世界で再び目覚めたのかは謎だが、とにかく渓谷を抜けなければ何も分からないままだ。
思考に沈んでいた頭をふと持ち上げると、振り返った心配そうな瞳が未だにじっと見つめていた。そういえば問いかけられて何も答えていなかった事を思い出し、アッシュははっきりしないもやもやとした心を持て余しながら、目の前に立つ己のレプリカ、ルークへ向き直る。その髪は目覚める前まで確かに短く切られていたはずだが、今はアッシュと同じぐらいの長さになっていた。その事にどういう意味があるのかはまだ分からないが、とりあえずルークは久しぶりの長髪に落ち着かない面持ちだ。
微かに振られる首に合わせて宙に踊る焔色の髪に知らず注目しながら、アッシュは答えた。



「別に、何でもねえよ。いちいちそんな心配そうな顔するんじゃねえ、屑が」

「大丈夫だ、心配してくれてありがとうルーク!」

「黙れ、劣化野郎」