河原で行われる花火大会。前日別れる前、その日の夕方に待ち合わせをしようと提案してきたアッシュが言った場所は、何故か河原と正反対の山の麓だった。


「何で?」
「何でもいいから、ちゃんと時間までに来るんだぞ」


聞いても教えてくれなかったので、とりあえずルークは頷いておいた。アッシュなりの考えがあるのかもしれないし、何よりルークはこの町にあまり詳しくない。待ち合わせ場所だってわざわざルークが知っている場所をアッシュが指定してくれたのだ。ここで逆らっても仕方がない。


「分かってるって、遅刻なんてしない!ほら、約束するから」


小指を差し出せば、何故かアッシュはうろたえた。ただ遅刻はしないという誓いのための指きりなのに何故そんなに動揺するのだろう。ルークが首をかしげていると、視線を泳がせたアッシュがようやく小指を絡めてきた。


「ゆーびきーりげーんまん!嘘つーいたら叩かれたり踏まれたり投げつけられたり振り回されたりこのブタザルと罵らーれる、指切った!」
「いつ聞いても理不尽な指きりげんまんだな……」


勢い良く腕を振り回してから小指を放す。しばらくじっと自分の手を見つめていたアッシュは、すぐに踵を返して走り出した。


「約束したからな、遅れるんじゃねーぞ!」
「アッシュもな!」


いつになく慌てるように帰るアッシュに手を振って、ルークも帰路についた。頭の中は、花火大会のことで一杯だった。楽しみで仕方がなかった。
だから翌日、落ち着かなくて約束の時間よりも結構早く待ち合わせ場所まで来てしまったのだった。


「へへへ、これで約束守れた事アッシュに自慢出来るなーって、あれ?」


駆ける足そのままに目的地へと目を向ければ、そこには先客がいた。夕方と言えど変わらぬ暑さに目を細めていた人物、アッシュが、近づくルークに気がついて体をこちらへと向けてくる。ルークは目を丸くしてアッシュの元へ急いだ。


「アッシュ!まだ早いのにどうして」
「お前こそ、随分と早いじゃねーか」
「だって、約束したしな!絶対に遅刻しないって」


胸を張って笑ってみせれば、アッシュも少し笑ってくれた。しかしその笑顔もすぐに収めてしまう。アッシュが笑えばルークも嬉しくなるし何より綺麗なんだからもっと笑えばいいのに、とルークは心ひそかに思っているのだが、直接言ったら何だか怒りそうな気がするのでまだ言っていない。いつかちゃんと言ってもっと笑ってもらおうとこっそり決意している。


「それじゃあ、行くぞ」
「おう!ってアッシュ、そっちは河原の方向じゃないんじゃないか?」


歩き出したアッシュが向く方向はどう見ても山の方である。いくらこの辺の地理に疎いルークでも河原がどちらの方向にあるかぐらいは知っているのだ。しかしアッシュは何も問題ないといった表情で頷いた。


「知っている。だが、花火は河原じゃなきゃ見えないって訳じゃないだろう?」
「えっ?そりゃ、そうだけど……」
「いいから、黙ってついて来い」


ずんずんと先へ進むアッシュに、慌ててルークはついていく。アッシュにはどうやら企みがあるらしい。内容はやっぱり教えてくれないけど、言われた通り黙っておく事にした。
そうして坂を上り階段を上り辿り着いたのは、一本の大きな木だった。この小さな山の頂上に生えた、それなりに頑丈そうな木だ。その前までやってきたアッシュは、何と唐突に木の幹に足をかけ、登り始めたではないか。


「あ、アッシュ?!」
「何だ、まさか木登りは出来ないのか?」
「いや木登りは出来るけど……何で木に登るんだよ」
「この木の上は、見晴らしが良いんだ」


それっきり何も言わずに登っていってしまうアッシュに、仕方なくルークは後へと続く。木登りはわりと得意だったので、落ちかける事も無くするすると登ることが出来た。この木が登りやすいのもある。そうして木の頂上へと近づけば、そこにあったちょっとやそっとじゃ折れなさそうな枝に腰掛けたアッシュが手招きしていた。


「ここだ。ここに座れ」
「分かった……よ、っと!うわあすっげー眺め!」


いつの間にか夕焼け色に染まっていた空が闇に塗りつぶされている。その下に、光溢れる町が広がっていた。きっと昼ならばもっと遠くまで見渡せただろう。しかし夜でも十分街を見下ろすことが出来た。


「すごいなアッシュ!全部見下ろせちゃうぞ、ここ!」
「ああ。この町で一番高い場所かもな」
「へえー!」


しばらく歓声を上げながら足をバタつかせて景色を眺めていたルークだったが、ふと隣のアッシュがポケットから何かを取り出した。それは時計だったようで、時間を確かめたアッシュは空を指差してみせる。


「もうじきだ。よく見ておけ」
「へ?」


何がもうじきなのか分からなかったが、アッシュの手に釣られてルークが空を見る。木の上にいる今、空はほとんど垂直上にあるので正面を向けばいいだけだ。そうして正面を見たルークの目の前に、光り輝く火の花が鮮やかに咲いた。


「っわあ……!花火だ!」
「花火大会が、始まったな」


二人の目の前で、花火はまあるい姿を損なう事無く次々と花開いていった。当たり前だ、視界を邪魔するものは何も無いのだから。ルークは目の前で繰り広げられる花火の乱舞に、ただ息を呑んで見つめていた。こんなに鮮やかにはっきりと花火を見るのは、これが初めてだった。


「どうだ、よく見えるだろう」


やがて花火が一時止んだ時、アッシュが声をかけてきた。ルークは花火を凝視していた瞳そのままでアッシュへと振り向き、ぶんぶんと何度も頷いてみせる。


「すっげえ……!こんなにはっきりと花火を見たの、俺初めてだ!」
「そうか」
「ああ!アッシュ、ありがとう!」


心の底から嬉しそうにお礼を言うルークに、アッシュがどこか満足そうに微笑む。その表情は夜空に咲く花火のように綺麗に見えたので、ルークはますます嬉しくなった。笑うアッシュと一緒に花火を見ているこの時間が、限りなく大切なもののように思える。きっといつまでも忘れる事の出来ない、夏休みの思い出になるだろう。

再び打ち上げが始まった花火を、ルークはアッシュと並んでいつまでも眺めていた。目の前の美しい光景と思い出を、大事な記憶に焼き付けるように。





   花火大会


08/07/21