「夏って毎日暑いなあ」


ルークが当たり前の事を言ってきた。しかし事実なので、緩慢な動作でアッシュも頷く。


「そうだな」
「家の中だとクーラーや扇風機があるけどさ、外には無いだろ?何か外でも涼しくなるようなものって無いかなあ」
「そんな都合の良いもの、無いだろう」


木陰に身を寄せてルークがわがままな事を言う。同じく少し冷たく感じる木の幹に寄りかかりながらアッシュは軽くルークの頭をはたいた。外で遊ぶ事は沢山の刺激もあってとても楽しいのだが、暑さだけはどうにもならない。
しばらく休憩がてら大きな木の下で休みながらグダグダ話していた二人に、唐突に声がかけられた。


「こらこらー!男の子がこんな真昼間からグダグダしてたら格好がつかないよっ!」
「へっ?」


ルークが驚いて声の聞こえた方へ急いで振り向くが、アッシュはその声で誰かが分かっていたのでゆっくりとそちらを見た。そこには予想通り、ツインテールの同じ歳ほどの女の子が仁王立ちで立っていた。そのちょっと後ろには桃色のやはり同じ歳ほどの女の子が隠れるように控えている。二人の態度はとても対照的だったが、その肩にぶら提げていたり手に持っていたりするどこか不気味な人形はお揃いと言っても差し支えないほどどこか似ていた。人形を揃えるぐらい仲が良いのだろう。


「アニス、あっちの子はアッシュ、です」
「え?あっ本当だ。アッシュが誰かと一緒にいるなんて珍しいじゃん。しかも同じ歳ぐらいの子と、さ」
「……放っとけ」


物珍しそうな四つの視線から逃げるように顔を逸らすと、ルークの瞳とぶつかった。戸惑いながらも、この二人は誰なのかと目が問いかけている。アッシュが答えようとすれば、先に二人が答えてくれた。


「そっちの子、初めて見るけどアッシュの親戚の子?私はアニス、気軽にアニスちゃんって呼んでもいーよ☆」
「お、俺ルーク!アッシュの親戚じゃないぞ」
「そうなの?なーんか似てる気がしてさ、髪の色とか。あ、ちなみにこっちはアリエッタね」
「よろしく……です」


元気一杯の様子でよく喋るツインテールの子がアニス、人形をぎゅうと抱きしめている桃色の髪の子がアリエッタというらしい。クラスメイトだ、とアッシュが手短にルークへと説明を付け足した。とりあえず悪い奴では無くてアッシュの知り合いらしいと分かって、ルークも警戒心を解いた(元から警戒心なんてほとんど無いようなものだが)。


「で、一体何の用だ?」


アッシュが視線を寄越せば、アニスがわざとらしくショックを受けたような仕草をした。隣でアリエッタが真似ている。


「ひどーいアッシュ!用がなきゃ声もかけられないって言うわけー?!せっかく可愛い子二人で声かけてあげたのに!」
「クラスメイトなのに……ひどいです、アッシュ」
「そうだぞアッシュ、ひどいぞ!」
「なっ?!何でお前までそっちにつくんだ!」


アニスとアリエッタの言葉に続くルークにアッシュが思わず声を上げる。単純だからもしかしたらあのわざとらしいショックを受けた演技に感化されたのかもしれない。一瞬のうちに慌てふためくアッシュに内心噴き出しそうになりながら、アニスがケロリと演技を解いた。


「ま、アッシュの言う通り用事があって声かけたんだけどね」
「てめえ、先にそれを言え!」
「だってアッシュが慌てる姿ってあんまり見れないしー。それはそうとして、はいこれ」


身を乗り出しかけた所にアニスから何かが押し付けられる。勢いを削がれたアッシュが隣を見れば、ルークが少しオドオドしたアリエッタからそれを同じように受け取った所だった。ルークは目を丸くしながら、手の中のそれを頭上に翳してみせる。


「うちわ?」
「そう、うちわ!ほら、そこに書いてある文字をちゃんと読んでよね!」


促されて、手渡されたうちわに視線を走らせて見れば、確かにそこに何か書いてある。アッシュが黙読する間に、ルークが声を上げて読んだ。


「えーっと、はな・び・たい・かい……花火大会?」
「その通りっ!今度花火大会が河原であるから、私たちは宣伝のためにこうしてうちわを配ってるって訳!」
「お手伝い、です」
「違うってばアリエッタ、これはお手伝いじゃなくてアルバイト!私たちはちゃんとした仕事をしてんの」


得意げに胸を張るアニスの顔はどこかにやついていた。おそらくアルバイト代を貰うのだろうと、アッシュががめつい所のあるクラスメイトへ白い目を向ける。ルークはといえば、食い入るように夜空に浮かび上がる花火の絵がプリントされたうちわを見つめていた。


「そういう訳だから、花火大会よろしくね!そのうちわはあげちゃうからさ」
「うちわがあれば、涼しいと思います」
「そうそう、自分で扇いで涼しくなっちゃってね。さあアリエッタ、次行くよ!」
「あっ、ま、待ってよアニスぅ」


一方的に捲くし立てた後、二人はすぐにこの場を立ち去っていった。おそらくまだまだ花火大会の宣伝のためにうちわを配るのだろう。それにしても素早い立ち去りに、アッシュはポカンとしながらも内心感心していた。随分と仕事熱心なものだ。そんな宣伝しなくても、この町の者なら花火大会がある日など分かっているだろうに。


「騒がしい連中だったな……」


ブツブツ言いながらも貰ったうちわを有難く使わせてもらうことにした。扇げば多少の風が送られてくる。太陽の熱が暑いことに変わりはなかったが、無いよりはマシだった。
そういえば、さっきからルークが静かだ。その事に気付いたアッシュが扇ぎながらそちらを見ると、まだルークはじっとうちわを見つめていた。暑さも忘れた様子で、汗を流しながら。随分と暑そうなのでルークへと風を送りながら、アッシュが声をかける。


「おい、一体何を見てるんだ」
「アッシュっ!今度花火大会があるのか!」
「あ?ああ」


いきなり顔を上げてきたルークにとりあえず頷く。毎年同じ時期にある、この町馴染みの花火大会だ。規模は大きいとはいえないが、それなりに綺麗な花火が上がるのだ。するとルークは新緑の瞳を輝かせながらたまらないと言った様子で足踏みをする。


「俺っ俺、花火大会行きたい!花火見たい!アッシュ!」
「花火なんて、タダなんだからいくらでも見ればいいだろう」
「アッシュ、一緒に行こう!」


えっ、とアッシュの動きが止まった。その様子に、ルークの顔が不安そうに傾ぐ。


「えっと、駄目か?何か用事があるのか?それとも花火嫌いなのか?」
「あ、いや……。用事は何も無い、それに花火は嫌いじゃない」
「それじゃあ、俺と見るの、嫌か……?」
「嫌じゃない!」


即答したアッシュにルークとアッシュ本人両方が驚く。思わずうちわで扇いでいた手が止まった。再び固まるアッシュに、ルークがそろそろと尋ねる。


「じゃあ、花火大会、一緒に行かないか?」
「………。……行く」
「!いいのか?一緒に行って良いのか?」
「そ、そう言っただろ、今」
「やったー!ありがとうアッシュ!花火大会、楽しみだなあ!」


途端にうちわを振り回しながら喜び始めるルークから、アッシュは視線を逸らして口元を押さえた。その頬も耳もいつもより赤い。はしゃぐルークに気付かれませんようにと祈るしかない。

ルークに一緒に行こうと言われた時アッシュが固まったのは、耳を疑ったり少しでもためらったりしたからではない。すでのアッシュの心の中では、ルークと一緒に花火大会に行くものなのだと決定付けられていたからだ。改めて一緒に行こうと言われて、その事に気がついたから思わず固まってしまったのだ。


「俺は……いつの間にこんなに……っ!」


自分の心が信じられないアッシュは、とにかく顔の火照りを少しでも冷やすために慌ててうちわで扇いだ。それでもしばらくは、この熱さが取れる気がしない。




   うちわ

08/07/20