夏は、暑い。それは当たり前の事だ。暑くなければ夏ではない。しかしそれでも暑くてやってられない気分になるのは仕方のないことだと思う。少なくともアッシュは思った。あんまり暑いものだから、ミンミンジリジリうるさいセミの大合唱を聞きながら、小さな公園のブランコに腰掛けて顎を伝って流れ落ちる汗をボーっと眺めているぐらいだ。隣では同じくブランコに座って軽く揺れながら、ルークが大口開けて眩しい位に晴れた空を仰ぎ見ている。

別に二人でただ何もせずに夏の暑さを体感しているわけではない。今まで近所の子どもたちと一緒にサッカーをやっていて、今は休憩中なのだ。
朝方いきなりルークがアッシュの元へ飛び込んできて、喧嘩を売られたと憤りながら喋り始めたのがそもそもの始まりだった。どうもこの辺りのガキ大将とその一味にあまり見ない顔だなと話しかけられたらしい。最初からルークを小馬鹿にしたような態度だったらしく、ついうっかりそのまま口喧嘩となり、何故かサッカーで決着をつけようという事になったそうで。さすがにサッカーは一人では出来ないとアッシュに助けを求めに来たという訳だ。
正直馬鹿らしいと内心アッシュは思ったが、噂のガキ大将は歳の割りに落ち着いたアッシュの事を日頃から目の敵にしていてウザかったし、サッカーは苦手ではない。しかも瞳を潤ませて両手を合わせ、どこか上目遣いでアッシュの事を頼るルークの姿(これを天然でやっているのが恐ろしい所だ)を見れば、断れるはずもなかった。

結果だけ言えば、アッシュとルークはガキ大将チームに勝った。あっちは三人、こっちは二人、どちらもキーパー無しでボールをゴールに入れたもの勝ちという滅茶苦茶なルールだったが、圧勝だった。ガキ大将ズが負け惜しみを言いながら逃げていったのは今から十数分前。さすがに動きっぱなしの試合に疲れて、休憩中という訳だ。
しかしこんなにも暑いと、休んだ気にもならなかった。


「あっちい……」


ぶらぶらとブランコを揺すりながらルークが呟く。アッシュも言葉を返す気力無く、頷くだけで同意した。俯いているので後頭部がジリジリと太陽に焼かれて、暑い。燃える様な赤い髪を持つアッシュだが、今触れれば本当に燃え上がるように熱いかもしれない。それはルークの明るい赤の髪も同じだろう。
そこまで考えてアッシュはルークを見た。空に向けていた視線を今度は正面に戻して、ダルそうに町並みを眺めている。その髪は太陽の光を吸収して、本物の炎のように思えた。触ると、熱いのだろうか。アッシュの心にそんな疑問が湧き上がる。
触れてみたい。


「あっ!アッシュ、あれ!」


思わず手が伸びかけたアッシュに突然ルークが声をかけた。びくりと目に見えるほど飛び上がったアッシュを、不思議そうな視線が見つめてくる。


「どうしたんだ?アッシュ」
「い、いきなり大声を上げるからびっくりしただけだ!お前こそ何なんだ」
「そうそうあれ!あれ、アイス売ってんのかな?」


キラキラと目を輝かせながらルークが指差したのは、今いる公園の正面に建つ一軒の小さなお店。駄菓子なんかが売ってあるので、よく学校帰りの子どもたちが寄っていくお店だった。アッシュ自身は立ち寄ったことは無いが、存在は知っている。そしてそのお店の前に、ひとつのアイスボックスがあった。


「中を見てみようぜ!」


ひょいとブランコから飛び降りて駆け出すルークの後を慌てて追いかける。ボックスまで辿り着き中を覗いてみれば、確かに袋に入ったアイスがいくつも入っていた。ずっと暑い中に身を置いていたせいか、ずいぶんと美味そうに見える。


「なあなあアッシュ!アイス買って食べよう!」
「でも、金は持っているのか?」
「うっ」


ルークは口をつぐんでしまう。どうやら一銭も持っていないようだ。アッシュがポケットを探れば、アイスが一個ぐらい買えるほどの金額しか出てこない。その様子を見て、ルークはガックリと落胆した。少なくともルークのアイスの分のお金はどこにもないのだ。


「アッシュー、一口でいいから、食べさせてくれよ?」


諦めた様子で懇願してくるルークを横目で見て、アッシュはひとつのアイスを手に取った。それをお店の中にいたおばさんに見せて、金を払う。まいどーという元気な声を背中で受け止めてさっそく袋を破く、前に、アイスをパキリと二つに割った。


「あ、アッシュ!そんなひとつをふたつにしなくても俺一口でいいから」
「馬鹿、これは元からひとつをふたつにしてから食べるアイスだ」
「へ……?あっ」


手渡されたアイスにはちゃんと棒が刺さっている。見るとアッシュが持っているアイスにも棒が刺さっていた。最初からふたつに分けられる様なアイスをわざわざ選んで買ってくれたアッシュに、ルークは胸がいっぱいになった。


「ありがとうアッシュ!」
「別に、礼を言われるようなものじゃない」


そっぽを向きながら答えるアッシュの頬は暑さからなのか照れからなのか、若干赤い。それを見て笑いながらルークはアイスを口に含んだ。冷たいソーダの味が口いっぱいに広がって、体全体が冷やされていくようだった。


「うっめー!やっぱり暑い日にはアイスだな!」
「そうだな」


はしゃぐルークの方を向いたアッシュの目に、また心を焦がす炎が飛び込んできた。いくらアイスを頬張っても、髪が冷やされる事は無い。柔らかそうな朱色の髪は今にも火を噴き出しそうに見えた。やっぱり、触ってみたい。
再び手を伸ばしかけたアッシュはハッと気がついて慌てて腕を引っ込めた。一体何を考えているのだろう。いくら赤くても髪が燃え上がるわけが無いし、熱そうに見えるのなら触れようなんて思わないはずだ。それなのに何故こんなにもルークの髪に自分は触れたがっているのだろう。アッシュは自分が理解できなかった。それでも触りたいと言う気持ちは引っ込んでくれない。美味そうにアイスを舐めるルークから、目が離せなくなってしまった。

ふと、視線に気がついたのかルークが目を向けてくる。心臓が跳ねるが視線は一向に離れようとしなくて、アッシュは内心ものすごく焦った。こんなに見つめられれば誰だって疑問に思うだろう。しかしどうしたと尋ねられたら、何と答えたらいいのか。
慌てるアッシュは、右手に冷たいものを感じた。その事にようやく視線を外してそちらを見れば、アイスが溶けかけている。この炎天下の中ずっと放置していたのだから当たり前だ。慌てて口の中に入れようとしたアッシュだったが、髪に何かが触れてきてそれも出来なかった。


「アッシュの髪って俺より綺麗な赤で、しかも真っ直ぐで、いいなあ」


触れたのはもちろんルークだった。アッシュがルークの髪を見ていたようにルークもアッシュの髪を見ていたのだろうか。以前は痛いぐらい強く掴まれた長い髪を、今度は優しく、梳くように触れてくる。その感触にアッシュは完全に固まった。


「太陽の光がすっごく強いからもしかして燃えてんじゃねーのとか思ったけど、そんなに熱くないな」
「な……なっ……」
「だってアッシュの髪って、炎みたいに真っ赤だからさ」


同じことを考えていたらしい。にっこり笑うルークの顔からアッシュは視線が離せない。何故だか先程よりも全身が暑いような気がした。楽しそうに固まるアッシュの髪に触れていたルークが、その時アッシュの右手を見る。


「あっ!アッシュ、アイスが!」


驚いた声に再び右手を見るが、遅かった。夏の暑さに溶かされたアイスは、ずるりと滑り無残にも地面へと落ちていってしまった。
もしかしたらこのアイスはルークに溶かされたのではないだろうか、残念そうなルークの声を聞きながらアッシュは思った。少なくとも今のアッシュの暑さを生み出しているのは間違いなくルークという名の太陽だ。




   溶けたアイス

08/07/18