一緒に宿題をしようとスイカを食べながら縁側で約束した日から、ルークは毎日アッシュを訪ねて来た。笑顔で玄関先からアッシュの名前を大声で叫ぶルークに、朝っぱらから人の名前を大声で叫ぶなとか、少しは自力で宿題をするという意志はないのかとか、毎回憎まれ口を叩くアッシュだったが、いつもルークが訪ねてくる時間帯に玄関付近で待ち構えるように待機しているのは家族内での周知の事実であった。(アッシュからはルークの事をたまたま知り合った里帰り中の子どもだとしか聞いていなかったが、誰がどう見ても二人は友達である)
それをルークは知らないはずだが、いつも笑顔でぶつくさ言うアッシュの言葉を受け入れている。何となくアッシュも本気で言っているのではないと分かっているのだろうか。


「アッシュ!今日はじゆーけんきゅーしようぜ!」


今日のルークは大きな画用紙を持って来ていた。アッシュの綺麗に片付いた部屋に上げてもらってすぐに、さっそく床に広げてみせる。


「自由研究?ああ、確かにあったな……」
「俺、いっつもギリギリになってお父さんに怒られながら手伝ってもらうんだ。今年こそは自力でやってやろうって思ってさ!」


得意そうに胸を張ってみせるルークだったが、自力でやる事は当たり前のことなので威張れたものではない。じろりと睨みつければ、ルークはごまかすようにバシバシと画用紙を叩いてみせた。


「だ、だからさ、アッシュ、一緒にじゆーけんきゅーしようぜ!」
「一緒に?」
「きょーどーせーさくって奴だよ!俺とアッシュの名前をここに書いてさ」
「共同制作なんて、してもいいのか?」
「学校が違うから、きっと大丈夫だって」


何の根拠も無くルークが笑う。確かに提出する学校は違うが、名前を書いては意味が無いのではないのだろうか。自由研究の共同制作自体を学校が許しているのかと尋ねればやっぱりルークは分からないと首を振る。アッシュは大人みたいにため息をついてみせた。


「分からないなら、俺の名前は載せない方がいいんじゃないか?」
「え!それじゃあ駄目だって!」
「別に一緒にしないとは言ってないだろ。ただ名前を載せずにだな」
「だから、アッシュの名前を一緒に載せないと、アッシュと一緒にじゆーけんきゅーしたって証明にならないだろ!」


ルークはどうしても譲らなかった。今にもペンを握って画用紙の上の方にアッシュの名前を書き出しかねない勢いだ。どうしてそんなにアッシュの名にこだわるのか、アッシュは分からなかった。どうせ今まで自分の名前だけで父親と共同制作した自由研究を提出していたんだから、それと同じようなものではないのか。
そうやって言えば、ルークはとんでもないとばかりに勢いよく首を横に振った。


「お父さんは手伝ってもらっただけだもん、アッシュとはきょーどーせーさくで、手伝いじゃないんだ!」
「ああそうか分かった、分かったから」


憤慨した顔で迫ってくるルークをアッシュは何とかあしらいながら押し返した。手伝ってもらった分は共同制作のうちに入らないらしい。そして共同制作するにはどうしても名前を入れることがルークのこだわりなのだろう。そこまで言うのならアッシュだって反対はしない。毎年何を自由に研究すればよいのか頭を悩ませていたから、むしろ内心では嬉しいぐらいだ。それが顔に出ないのが幼いながらも無愛想さが板についているアッシュの悲しい所だ。
アッシュが折れたのを見てルークは手を上げて喜んだ。(これはアッシュもなのだが)ルークは一度言い出したらなかなか曲げない頑固な面があるのだった。


「よっしゃー!ありがとな、アッシュ!」
「別に、礼を言われるような事では……」
「へへ、これで学校に持っていった時、自慢できるなっ」


ルークがあんまり嬉しそうに言うので、ちょっと照れていたアッシュは聞き逃す所だった。自慢?一体どういう事だ。


「何だ、その自慢と言うのは。自慢するために俺の名前を書く、と?」
「だってアッシュの名前がなきゃ、学校の友達にアッシュと一緒に作ったんだって見せられないだろ?」


さも当たり前の事のようにルークが言う。アッシュの事をまったく知らない学校の友達にアッシュと一緒に作ったと自慢しても意味がないだろう。アッシュはそう思うのだが、ルークは絶対に自慢するんだとにこにこ笑っている。アッシュと一緒に自由研究を行うことが嬉しいのだと、全身で表現していた。


「ヨミガエ……じゃなかった、サトガエリした先で一緒に遊んだ友達と作ったんだって、ぜーったいに自慢してやるんだ!」


まったく隠しもしない真っ直ぐな好意に、そんな素直な態度に慣れないアッシュは密かに頬を赤らめて俯いてしまった。今は最初の頃より大分慣れたけど、やっぱりどうしてもルークのこの笑顔を直視できない。当のルークはアッシュの様子に気がつかずに、どんな研究にしようかさっそく考え始めている。アッシュはこの無自覚能天気な子どもに振り回されている事をはっきりと自覚した。


「先に名前だけ書いておこうな。俺とアッシュの名前!」


ルークが嬉しそうに画用紙の上の方に(決して上手くはないが)自分の名前を書く。もし調べられるならば、この隣で鼻歌なんぞを歌っている朱色の頭の友達の事を研究してみたいものだと思いながら、アッシュも隣に自分の名前を書くのだった。

そうしてアッシュは気付かない。ルークがさり気なく言った「アッシュは友達」宣言に、もう自分の中で何も動揺しない事に。
照れくさくていつもならめったに認めようとしないアッシュ自身もそれほどまでに、ルークの事を友達なのだと認めている事に。




   自由研究

08/07/13