「あれ、アッシュじゃないか。何してるんだ?」


あっちにあれがある、こっちにはこれがある、とルークを町案内していたアッシュに不意に声がかけられた。聞きなれたその声に振り返れば、爽やかに笑う見慣れた青年が立っている。人の良さそうなその笑みを、隣のルークはキョトンと見上げていた。


「ガイか」
「お前がこんな時間にこの辺りをうろうろしているのは珍しいな。ん?」


傍に寄ってきた青年、ガイはすぐにアッシュの隣にいるルークに気がついた。驚きに軽く目を見開いてみせる。


「何だ、初めて見る顔だな。アッシュの新しい友達かい?」
「お、俺、ルーク!今アッシュに案内してもらってるんだ」
「俺はガイ、アッシュの幼馴染だよ、よろしくな」


ガイが腕を伸ばすと、ルークはその手を取って握手をした。アッシュの知り合いだと分かって警戒心が一気に無くなったらしく、にっこりと微笑んでみせる。アッシュと正反対の子だなと直感的にガイは思った。アッシュは人見知りが激しくて、なかなか心を開いてはくれない子だからだ。


「しかし町の中を案内って、ルークはこの辺に引っ越してきたのか?」
「違う、ヨミガエリで来てるだけだ!」
「だからヨミガエリじゃなくて里帰りだって言ってるだろうが」


横からアッシュが小突くとそうだったとルークが笑う。咎めているアッシュも呆れた顔ながら表情は柔らかい。傍から見ていて今日知り合ったばかりの間柄とは思えないぐらいの仲良しなその様子に、内心ガイはびっくりしていた。先にも言ったようにアッシュは人見知りで、滅多な事では会ったばかりの者に心許すことはない。それなのに、この和みようは何なのだ。
ルークのこのひまわりのような笑顔のおかげかな、と思いながら、何だか嬉しくなったガイは二つの赤い頭にぽんぽんと触れながら、言った。


「よーし二人とも、今まで歩き通しで疲れただろ。俺の家に涼みにこないか?」
「え、でも……」
「ちょうど、美味そうなスイカもあるんだがなあ」
「行くっ!」


スイカの三文字に瞬時に反応してみせたルークに、ガイと、こっそりとアッシュも思わず吹き出していた。




「くうーっ!やっぱり夏はスイカだよな!」
「そうだな」


ガイの家に上げて貰ったルークとアッシュは、縁側に並んで切ってもらったスイカを頬張っていた。その後姿を、自分もスイカを手にガイが微笑ましく眺めている。二人のスイカの食べ方がまさに正反対で、見ているだけで笑いがこみ上げてくるのだ。
豪快にそのままスイカに齧り付いて種をプップッと吐き出しているのがルーク。スプーンでひとつひとつ種を丁寧にほじくってから食べているのがアッシュ。これはそのまま性格までも反映しているように思えた。


「なあアッシュ。アッシュは勉強得意なのか?」


唐突にルークが尋ねてきた。種をほじくり出す作業をひとまず中断してルークを見れば、どことなく真剣な瞳でこっちを見ていた。しかしその口の周りがスイカの汁でベトベトなのでそちらが気になって仕方がない。今すぐタオルか何かを持ってきて口の周りを拭ってやりたい衝動に囚われながらも、アッシュは何とか答える事が出来た。


「それなりには」
「そうか、よかった!俺さ、勉強というか、宿題が苦手でさ」
「だろうな」
「う、うるさい!……それで、嫌じゃなければ、なんだけど」


しばらくジッと手元のスイカを見つめたルークは、何かを決意した表情で顔を上げた。アッシュは次に飛び出してくるルークの言葉が何となく分かっていたが、まさかと思っていた。
だって、まさか。


「一緒に、夏休みの宿題、しないか?いつも俺やる気出ないんだけど、アッシュが一緒なら出来そうな気がするんだ」


一緒に宿題したいな、なんて。同じ事を思っていたなんて。


「……くそ、何で同じ事を……」
「え?アッシュ、俺と一緒に宿題しようって思ってくれてたのか?」
「ち、違う!どうせ里帰りをヨミガエリとか何とか言ってたぐらいだから勉強は苦手なんだろうと思っていただけだ!だからまあ、分からない所があれば、教えてやらんでも無いと思っていただけで」
「教えてくれるのか!ありがとうアッシュ!」


いつの間にか皮だけになっていたスイカを放り出して、ルークはアッシュに飛びついてきた。その真っ直ぐな喜びの体当たりをまともに受けたアッシュは動揺して言葉が上手く出てこない。スイカが押しつぶされないように避難させるので精一杯だった。
そんな縁側の光景を、ガイは始終笑いながら眺めていた。今年の夏は、自分の小さな幼馴染にとってとても賑やかなものになるのだろう。




   縁側とスイカ

08/07/11