「なあアッシュ、アッシュはこの後何か用事があるのか?」


ラジオ体操が終わり、きちんとスタンプカードにスタンプを押して貰った後、傍に寄ってきたルークが何かを期待するような瞳でアッシュを見つめてきた。それに少しどぎまぎしながら、今後の予定を考える。帰ったら朝ごはんを食べて、そして宿題をするつもりだった。宿題なら、まだ夏休み初日なのでやる時間は沢山ある。アッシュは首を振っていた。


「特に無い」
「じゃあさ!俺この町昨日来たばっかりで、よく分からないんだ。色々教えてくれよ!」
「……朝飯を、ちゃんと食ってからな」


普段なら面倒くさいと一蹴していただろう頼みに、アッシュは頷いていた。途端に目の前で湧き上がる満面の笑みを、やっぱり直視できない。何度も頷いたルークが、ご飯を食べてからここに集合しようと言うので承諾して、とりあえずその場は別れた。昨日来たばかりという事は、ここ以外に集まれそうな場所を知らないのだろう。
自分の知っている限りのこの町の地図を頭に思い浮かべながら、アッシュの足は自然と駆け出していた。早く、朝御飯を食べなければならないからだ。



用意されていた朝御飯を全部口の中に詰め込んで、アッシュは再び外へと飛び出した。ラジオ体操の後はいつも宿題をするのが普段のアッシュなので驚いた母が何か尋ねたそうな顔をしていたが、あえて無視してきた。何と説明をすれば良いのか分からなかったのだ。たまたま知り合った子を町案内してくる、では何か怪しい気がするし、しかし友達と呼べるほど知り合った訳でもない。幼いくせにこういう所だけはやたらと律儀なのだ。

いくら朝早い時間でも、夏場となればすでに太陽がこちらを焦がさんとするかのように照り付けている。さっそく滲み出てきた汗を拭いながら、まだ人通りの少ない道をアッシュは足早に駆け抜けた。相手よりも早めに到着しようと思って駆けてきたのだが、ラジオ体操のために集まった広場にはすでにルークが待っていた。少し残念に思いながら、隅の方で座りこんでいるルークへと近づく。
ルークは、先程別れた時とは格好が少々違っていた。服装は同じだったけれど、その太陽のような頭の上に麦藁帽子が乗っかっていたのだ。まるでひまわりだな、と心ひそかに思っていれば、ルークがこちらに気がついた。


「アッシュ!早かったなー」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
「だって、家が近かったんだ」


だから待ってた、と笑顔で言うルークの額には汗が見えた。近いのならば少しぐらい家で待っていればいいのに、と思いながら、アッシュは何だか申し訳ない気持ちになっていた。そのお詫びの気持ちも込めて、麦藁帽子を少しだけ上にあげてから汗を拭ってやる。一瞬きょとんとしたルークは、嬉しそうに笑った。


「っへへ、ありがとう」
「ふん」
「なあ、最初はどこにいくんだ?俺、いっぱい遊べる所がいいなあ」


歩き始めたルークは、ごく自然にアッシュの手を握ってきた。驚いたアッシュが動かないままでいると、不思議そうな顔が振り返ってくる。


「どうしたんだ?アッシュ」
「お、お前……何も断りもなくいきなり……!」
「何が?」


ルークはアッシュが手を繋いだことに対して驚いている事が分からないようだ。アッシュと手を繋ぐ事に一ミリも疑問を抱いていないのだろう。その様子を見ていたら、慌てているこっちが逆に恥ずかしい様な気がしてきた。
思えば、自分があまり手を繋がないだけで、他の同じ歳の子どもはこうやって当たり前のように手を繋ぐものなのかもしれない。アッシュは受け入れることにした。少し恥ずかしいけど、嫌ではなかったから。


「向こうに、少し小さいが公園がある」
「公園!なあなあ、何があるんだ?滑り台もブランコもあるのか?ジャングルジムは?」
「うるせえ、見れば分かるから大人しくしろ」
「じゃあ早く行こうぜアッシュ!早く早く!」
「ひ、引っ張るな!」


つい厳しい言葉を投げかけても、それをものともせずにルークはひたすら笑いかけてくる。麦藁帽子に彩られたその笑顔を、アッシュは好ましいと思った。握り締められた手が頭上で輝くお日様の様に熱くても、手放したくないと思うほどに。






   麦藁帽子

08/07/06