ある日、突然部屋に飛び込んできたルークに、アッシュは大いに驚いた。ルークが突然部屋に飛び込んでくるのはそうびっくりする事ではないのだが、あんなに必死で焦った姿を見るのは初めてだったのだ。おまけにどこか悲壮感漂う表情でよろよろとアッシュに近寄ってきたので、尚更驚いたのだった。
アッシュは慌てて近づいてくるルークに駆け寄った。


「ルーク、一体どうしたんだ、何があったんだ!」
「あ、アッシュ……どうしよう、とても大変な事が判明したんだ……」
「何だ?」


肩を掴めばふらりとルークがもたれかかってきた。そのままどこか涙目で、震える唇を開く。そこから紡ぎだされる言葉を、アッシュは息を殺して待った。


「実は……実は……」
「………!」
「まだ終わってないものがあったんだ、宿題がっ!」


がっ、と勢いで詰め寄ってきたルークに、アッシュは思わずチョップをかましていたのだった。
実に、夏休み終わりの数日前の事だった。




「あれだけ毎日頑張ってまだ終わってないものがあったとは……」
「だって、だって忘れてたんだもん……」
「家でまったく宿題をやらないのが悪い!」
「アッシュと一緒にやった方が家でやるより早く終わるんだもん……」


アッシュに怒られ、ルークは正座で俯いていた。項垂れる頭を見て、アッシュはため息をつく。もちろんアッシュの宿題はもうほぼ終わっている。後は一日一ページのノートぐらいだ。なので今からルークの宿題に付き合っても全然問題は無いのだが、やっぱり怒るものは怒らなければならない。仁王立ちで立ったまま怒りの表情で見下ろしてくるアッシュを、ルークが情けない目で見上げている。
しかしいつまでも怒っているわけにはいかない。宿題は怒っているだけでは終わらないのだ。仕方がないので怒りを納め、アッシュはルークの前に腰を下ろした。


「それで、一体何が終わってないんだ」
「あ、アサガオ観察日記……」
「何故よりによってそういう宿題を忘れるんだ!」
「だっだってえ」


まだドリルやノートであったなら良かった。毎日つけなければならない日記系の宿題は、どうしようも出来ないではないか。しかも観察日記なんて!


「確か絵日記は毎日やっていただろうが、何で観察日記だけ忘れるんだ!」
「絵日記は、毎日アッシュといっぱい遊んだから書かなきゃなーって思い出せたんだよ」
「………」
「あーあ、アサガオもアッシュと一緒に育てればよかったなあ」


ルークの言葉に他意はない、はずだ。しかし聞いているアッシュはどうしても顔を赤らめてしまう。ルークに気付かれないようにさりげなく且つ素早く顔を逸らした。今は固まっている場合ではない、アサガオの観察日記について考えなければ。


「ところで、そのアサガオは今……まさか」
「……き、今日見たら、枯れてた」
「そうだろうとは、思ってた……」


観察日記を忘れていたのだから、肝心のアサガオを忘れていてもおかしくはない。アッシュは重い重いため息を吐いた。ルークも憂鬱な顔をしている。ルークの持ってきたノートには、初日の分しか書かれていなかった。膨らんできたつぼみが大きく描かれていて、明日には咲くだろうと書かれている。もちろん次の日本当に咲いていたのかは分からないままだ。


「どうしても提出しなきゃならない宿題なのか」
「理科の先生が怖い人なんだ……俺、実験の材料にされちゃうかも」
「んな事する先生いるわけねえだろ」


自分で言いながら、やっぱりいるかもしれないとアッシュもちょっぴり心の中で思った。もしかしたら世の中には眼鏡を押し上げ恐ろしい表情でお仕置きですとかほざきながら恐ろしい実験に引っ張り込む鬼畜眼鏡な先生がいるかもしれないではないか。何故か唐突に、そんな気がした。


「……無理矢理、やるしかないか」
「えっ?」
「ノートを広げてみろ。そして鉛筆を持て」


アッシュに言われて戸惑いながらもルークが机に向かう。真っ白な2ページ目を開くと、アッシュがこの通りに書いてみろ、と口を開く。


「『今日は花がひとつ咲いていた。初めての花だから嬉しかった』」
「え?!ええと、アッシュ」
「3日目は三つぐらい咲かせとくか。4日目はそうだな、逆に咲かせなくても……」
「アッシュ!い、いいのか?そんな適当に書いちゃって」


パターンを色々考えるアッシュにルークが驚きの声を上げた。ルークの驚きはむしろ、観察日記を偽装する事ではなくその行為をアッシュ自らが推薦している事にあった。真面目を絵にかいたようなアッシュが、ズルい事を行っているのにびっくりしたのだ。いかにも、「ズルは駄目だ!」とか怒りそうだというのに。
するとアッシュは仕方がないだろうと首を振ってみせた。


「これをやらなきゃ怒られるんだろう。それなら捏造して無理矢理書くしかない」
「そりゃそうだけど、アッシュがやるとは思わなくてさ」
「誰のせいだと思っているんだ」


ギロリと睨まれたので、慌ててルークはノートへと視線を戻した。普段は真面目なのに、時々こっちがおどろくぐらい適当であったり投げやりになったりするアッシュが、ルークは毎回驚いてしまうけど好きだった。アッシュをより身近に思える瞬間だったからだ。思わず笑みを浮かべていたらしく、アッシュに怪訝な表情で見つめられてしまった。


「何をニヤニヤしてるんだ。さっさと終わらせるぞ」
「あ、うん!じゃあ3日目は三つ咲いて、4日目は無しな」
「5日目はバランスよく二つぐらい咲かせるか」
「そんなにアサガオって連続で咲くのか?じゃあ6日目は四つな!最高記録!」
「面倒くせえから適当な日に枯らせるぞ」
「えーっもったいねえよ!」
「実際に枯らせた奴が言うな!」


あーだこーだと言いながら嘘ばっかりの観察日記を2人で仕上げるのも、何だか楽しく思えてきてしまった。アッシュに言ったら絶対に怒られるので、ルークは1人こっそりと笑っておく。
しかし向かいに座るアッシュの表情も、心なしか楽しそうに笑っているのだった。




   宿題忘れた

08/08/27