「もうすぐ、夏休みが終わるな」


ある日の帰り道、空が真っ赤に染まりだした頃。今まで元気良く遊んでいたルークがふと、夕焼け色の空を見上げてそう呟いた。その横顔が、初めて見るような表情をしていたので、アッシュは考え込んだ。そして、思いついた。




それぞれの家へと帰る前に、アッシュがルークへと話しかけてきた。


「ルーク。今日の夜は時間あるか?」
「えっ?あるけど……」


ルークがびっくりした様子で振り返ってくる。その驚きがアッシュにはよく分かった。二人は自由研究で星座について調べているので夜に待ち合わせをするのは珍しい事ではないが、いつもルークから誘っていたのだ。


「もうすぐ、自由研究終わるもんな!」
「ああ。それと、行きたいところがある」
「行きたいところ?夜にどっかいくのか?」


頷くアッシュに、ルークが目を輝かせてきた。明らかに興味津々といった様子だ。しかしアッシュは今その場所を教える気は無かった。


「どこ行くんだ?」
「秘密だ」
「えーっ何だよ!いいじゃん教えてくれたって、どうせ行くんだから」
「駄目だ、行くまでのお楽しみという奴だ」
「ちぇっアッシュのケチ」


不満そうに唇を尖らせるルークだったが、すぐに笑顔になった。きっと楽しみなのだろう。その勢いに任せて駆け出そうとするルークへ、アッシュが忘れずに声をかける。


「懐中電灯を忘れるなよ、いつもより暗い道を通るからな」
「分かってるって!」


元気な返事であるが、こんな返事を毎回しながらルークはよく懐中電灯を忘れてくるのだ。暗い中だと危ないからと何度言い聞かせても忘れる事の方が多いぐらいだ。少しだけ考えたアッシュは、良い事を思いついてにやりと笑ってみせた。


「もし忘れたら、連れていかないからな」
「えええ!それはずるいぞアッシュ!」
「ずるくなんてねえだろ、懐中電灯を忘れさえしなきゃいいんだからな」
「ううっ」


そう言われてしまえばルークも反論できない。ぐっと言葉を詰まらせて、決意をともした瞳でしっかりと頷いてみせた。これで大丈夫だろう。アッシュはようやく安心する。


「いつもの場所に、いつもの時間だ」
「もちろん!それじゃあアッシュ、またな!」
「ああ、またな」


大きく手を振って、ルークは駆けて行った。その元気な背中を見つめながらアッシュは動かしていた手を止める。夕方の影が濃くなってきた。もうすぐ夜が来る。自らも帰り道を歩き始めながら、アッシュは自分の手を見下ろした。脳裏に、手を振り返すさきほどのルークの笑顔が思い浮かぶ。

毎日、明日を約束する「またな」の挨拶。この挨拶を、後何回ルークと交わす事が出来るのだろうか。




「おかーさんっ懐中電灯!懐中電灯どこだっけ!」
「そこの戸棚の奥よ。またアッシュ君と出かけるの?」
「うん!アッシュが秘密の場所に連れてってくれるんだ!」


家に帰ってきた途端にバタバタと部屋の中を探し回るルークに母が声をかけた。満面の笑みで楽しみだと語る我が子に、笑みがこぼれる。ルークが言われた通り戸棚の奥を探ると、確かに懐中電灯が出てきた。その日懐中電灯を出してもきっと次の日には母がすぐに奥へと片付けてしまうのだ、だからすぐに持っていくのを忘れてしまうのだ、とルークは心の中で責任転嫁する。口に出して言うと拳骨が飛んでくるので言わない。


「へへ、アッシュはどこに連れてってくれるのかな」


懐中電灯を抱き締めて、ルークは色んな場所を想像した。しかしきっと今ルークが想像したどんな場所よりも、アッシュが連れて行ってくれる場所は素敵な場所に違いない。それは、アッシュが連れて行ってくれる場所だからだ。
だからそのために忘れてはならない懐中電灯を、ルークはしっかりとその手に握り締める。約束の時間まで、もうすぐだ。




   懐中電灯

08/08/24