ある日の事、ルークがいつもの通りアッシュの家へ遊びにいこうと歩いていると、道端で誰かが泣いているのを見つけた。隅っこの方に座り込んでしくしく泣いているのは、同じ歳ぐらいの女の子のようだった。その泣き方があまりにも悲しそうに見えたので、ルークは思わず女の子に話しかけていた。


「なあ、何で泣いてるんだ?どこか怪我でもしたのか?」


すると目に涙を湛えながらも、女の子が顔を上げてきた。金色巻き毛の可愛らしい女の子だ。ルークが目線を合わせるようにしゃがみこむと、女の子はポロポロと瞳から雫を零しながらも脇に置いてあった虫籠を差し出してきた。


「この中に入っていた蝶が逃げてしまいましたの」
「ちょうちょ?」
「お友達から貰った大事な蝶だったのに……わたくしは友達失格なのですわっ」


顔を覆って再び泣き出してしまった女の子。そんな女の子を何とか慰めたいと思ったルークは、立ち上がってドンと自分の胸を叩いていた。


「俺に任せろ!その大事なちょうちょを一緒に探してやるよ!」
「本当ですか?」
「ああ!今助っ人も呼んでやるから、任せとけって!」


胸を張ってそう言うルークに、女の子はようやく笑顔を見せた。早くその目に溜まった涙を乾かしたくて、ルークはすぐに駆け出した。もちろん、助っ人を呼びに行くのだ。



「アッシュー!虫取り網貸してくれーっ!」
「はあ?いきなり何なんだ、また何か虫取り勝負でも挑まれたのか?」


唐突に家に転がり込んできたルークに一歩も動じる事無くアッシュが応対した。しかも文句を言いながらさっそく虫取り網を用意し始めている。最早慣れたものだ。アッシュを玄関先で待ちながら、ルークが急かすように足踏みをする。


「アッシュ早く!早くしないとちょうちょが逃げちゃうだろ!」
「蝶?蝶を捕まえるのか?」
「ああ、逃げちゃったんだ!早くしないと大事な蝶がいなくなっちゃうんだ!」


本当に急いでいる様子のルークを見て、アッシュも素早く虫取り網を用意した。そして虫取り網を受け取った途端に駆け出すルークの後を慌てて追いかける。訳が分からないままだったが、今のルークに何を聞いても明確な答えは出てこないだろう。仕方なく何も言わずに後をついていくと、道端の隅に立つ誰かの前でルークが足を止めた。


「ほら、連れてきたぞ助っ人!あと虫取り網も!」
「まあ!ありがとうございます!わたくしのためにわざわざ……」
「……あ?」


アッシュはルークと会話するその女の子に見覚えがあった。女の子の方もアッシュを見て、驚きに目を丸くした。


「あら、アッシュではありませんか」
「ナタリアか、一体どうしたんだ、こんな所で」
「え、2人とも知り合い?」


ルークがキョトキョトと2人を見比べる。それにアッシュが頷いた。


「ナタリアは幼馴染だ。隣の家に住んでいる」
「そうなのか!俺アッシュんちによく行ってるのに知らなかったなー」
「あなたがアッシュのお友達だったなんて……そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたわ」
「俺、ルーク!よろしくな、ナタリア」


ルークと握手したナタリアは、しかしすぐに笑顔を引っ込め表情を曇らせてしまった。


「アッシュ、ごめんなさい。あなたにもらった蝶を、わたくしは逃がしてしまったの」
「何だ、大事なちょうちょってアッシュに貰ったちょうちょだったのか!」
「あれは……ちょうど手の届く範囲にいて、お前が捕まえろと言うから捕まえただけだ」


少しぶっきらぼうな言葉を吐くアッシュ。しかしルークもナタリアもそんなアッシュの態度は照れ隠しと、ナタリアに気に病むなと暗に言っているのだと分かりきっていた事なので気にしなかった。


「それでもわたくしにとっては、大事なお友達であるあなたに頂いた、大事な蝶だったのですわ……」
「ナタリア……」


ナタリアが虫籠を抱き締めながら目を伏せる。ナタリアには悪いが、一度逃げた蝶と同じものを再び捕まえる事は不可能に近かった。自由に飛ぶ事の出来る蝶がひらひらとどこへ向かったのか誰にも分からないし、何よりどんな蝶だったのか、覚えていられないからだ。何と言って慰めれば良いか、考えあぐねていたアッシュの隣から元気な言葉がかけられた。もちろんルークだ。


「それじゃあ、今度は俺とアッシュでまたちょうちょを捕まえてやるよ!」
「えっ?」
「アッシュが捕まえてくれたちょうちょはどっかいっちゃったけど、ナタリアのために別なちょうちょ、捕まえてやる!今度はアッシュだけじゃなくて、俺もな!それならいいだろ?何か、お得だろ?」


訳の分からない理屈を述べながらぐっと親指を立ててみせるルーク。ただ再びナタリアのために蝶を取る事には別に反対ではないので、アッシュも無言で深く頷いてみせた。しばらく2人をぽかんと眺めていたナタリアの表情に、じわじわと笑顔が広がる。


「わたくしのために、蝶をまた捕まえてくださるのですか?」
「おう!な、アッシュ」
「ああ。前の蝶みたいに、お前が喜ぶ蝶をまた捕まえられるか分からないが」
「いいえ、いいえ!お2人が連れてきて下さる蝶でしたら、わたくし、とても嬉しいですわ!」


ナタリアがやっと満開の笑顔を見せた。ルークとアッシュも、それを見て笑みを浮かべる。今ナタリアが抱える虫籠には、すぐに美しく可憐な蝶が入る事だろう。それは大事な友達の2人に貰った、大事な蝶なのだ。




   虫籠の蝶

08/08/22