「なあ、この道をまっすぐ行くと、どこにつくんだ?」


じっと目を凝らして見なければ草と草の間に隠れてなかなか気付けないだろう。そんな道をある日ルークが発見した。いわゆる獣道という奴だ。普段は注意力散漫の癖にどうしてこういうものだけは見つける事が出来るのか、アッシュは常々疑問に思っている。しかし今はそれよりも、ルークの見つけた道だった。


「俺も初めて知ったんだ、知るわけないだろう」
「アッシュの家の近くなのに?」
「こんな道とも呼べない道を見つけるお前が異常なんだよ」
「ひっでえ!」


憤慨するルークが見つけたこの道は、アッシュの家のちょうど裏の方にあった。そこはちょっとした雑木林になっていて、小さく細い道はその中へと続いているのだった。雑木林になんて入る機会もあまり無いから、アッシュが知らなかったとしても仕方の無い事だった。
せっかく見つけたのにあんまりな言い草じゃないかとルークがプリプリ怒っている間に、茶色の地面が見え隠れする雑草の中の道を眺めていたアッシュがふと首をかしげた。


「しかし道があると言う事は、何者かが通っているという事だ」
「え?」
「こういう獣道は、大体踏み固められて出来るもんなんだよ」


野生の動物がよく行き着しているのだろうか。それにしてはアッシュは自宅にいてそんな動物を見た事は無い。ちょうど家の裏にこんな道があるのだから、普段からこの道を作った動物を見かけていてもおかしくないはずだ。


「不思議だ」
「……なあ、この道、どこまで続いているのか、調べてみようぜ!」
「何だと?」


振り向けば、瞳を最大限に煌かせたルークがいた。普段から壮大に溢れる好奇心がまたしても噴火を起こしたらしい。こんなどこに繋がっているか分からない怪しい道を追いかけてどうするんだ、とつっこみの言葉が頭をよぎったが、アッシュはとうとうそれを口にする事無く黙って頷いた。今のルークに何と言っても、諦めさせる事は不可能だと知っているからだ。


「さあっ行くぞアッシュ隊員!ルーク探検隊の壮大な冒険が今幕を開けたのだ!いざ出発ー!」
「今度はお前が隊長か……」
「こら!元気が無いぞアッシュ隊員!気合を入れろ、えいえいおーっ!」
「………」
「アッシュ!えいえいおーっ!」
「えいえいおー」


無理矢理腕をつかまれ振り回されながら、アッシュはルークに引っ張られるような形で小さな道へと踏み込んでいった。地図もコンパスも水筒も何も持たない、小さな探検が始まった瞬間だった。



細いながらも途切れる事のない獣道は、時に曲がりくねったり綺麗にまっすぐだったりしながらも雑木林をどこまでも横切っていた。うっかりすると見失ってしまいそうなぐらいの道を、ルークが真剣な瞳でたどっていく。始めはその後ろをダラダラと歩いていたアッシュだったが、ルークの真剣さが少し移ったのか今は普通に道を追いながら歩みを進めていた。歩いていたら、だんだんとどこまで続いているのか興味が湧いてきたのだ。


「うーん、結構長いなーこの道」
「ああ。すぐに消えるか、林を抜けるかと思っていたが」


辺りを見回しても木や茂みばかりだ。例え頭上に木の葉が生い茂り陰を作り出していても、夏なので雑木林の中でも暑いものは暑い。少々だれてきたのか背中が丸まってきたルークの歩くスピードが、遅くなってきていた。


「ああ、喉渇いた……疲れた……」
「何の準備もせず考え無しに出発するからだぞ隊長」
「うーっアッシュ隊員手厳しいー」


こつんと頭を叩いてやれば恨みがましそうな目が向けられる。それに何か言おうとしたアッシュは、前方に目をやって言葉を止めていた。釣られてルークも顔を上げる。二人の目の前には、太陽のサンサンとした光が見えていた。それは今から向かう場所には空から送られる光が遮られる事なく降り注いでいるという事で、つまり今まで歩いてきた雑木林の終わりを意味しているのだ。


「ダンジョンの出口だ!ゾウキバヤシの森クリアだ!」
「馬鹿な事言ってないで、行くぞ!」
「あっ待てよアッシュ!先頭は隊長だぞー!」


一気に駆け出した2人は、すぐに雑木林から飛び出した。一瞬太陽の強い光に包まれて目の前が真っ白になる。思わずびくりと閉じた目をおそるおそる開いてみれば、そこには、今まで見た事も無いような光景が広がっていた。


「うわあ……!」


ルークがぽかんと口を開けて言葉を漏らす。アッシュは何も声を発する事が出来ないままあっけにとられ立ち尽くしていた。眼下は最早光の洪水と言っていいほど輝いていた。輝いて見えるのは、眩しいぐらいの黄色の花びらだ。無数の黄色い花の絨毯が、目の届く範囲一杯に敷き詰められていたのだ。
瑞々しい緑色の葉を元気よく広げながら、一心に太陽へと花を開かせる美しい夏の黄色い花、ひまわりだった。小さな道をたどった先にあったのは、まるで黄金のようなひまわり畑だったのである。


「すっげえ……!こんなにたくさんのひまわり、初めて見た!」
「こんな所に、ひまわり畑があったのか……知らなかった」


目の前の光景に圧倒されて、一歩も動けなかった。やがてルークがまるで腰が抜けたかのようにストンとその場に腰を下ろす。視線はひまわり畑に未だやりながらも、アッシュもゆっくりとそれにならった。


「ポストカードとかで見た事あるんだ、こういうひまわり畑」
「ああ」
「でもこんなにすごいのは、俺見た事ない」
「そうだな。本物だからな」
「そうか、本物だもんな、すごくて当たり前なんだな」


まるで地面に生えた太陽みたいだ、とルークが零す。そこでアッシュは、以前ルークの事がまるでひまわりのように見えた事があるのを思い出した。隣を見れば、目の前のひまわりたちに負けないような眩しいぐらいの赤い髪があった。今このひまわり畑にルークが迷い込んだら、アッシュは探しきれる自信が無かった。


「あの道が、俺たちをここに連れてきてくれたのかな」


な、とルークが笑いかけてきた。思わず背後を振り返る。雑木林の陰に埋もれて、今まで辿ってきた小道が辛うじて見えた。


「わざわざ俺の家まで迎えにきやがったのか」
「お礼言わなきゃな、ルーク探検隊の隊長として!」
「じゃあ俺も一応隊員だからな……例を言っておいてやる」

「「ありがとう、道」」


小さな探検のゴールの地。汗が滲み出てくるような太陽の下、2人は青々とした草の上に座り込んで、いつまでもひまわり畑を眺めていた。




   小さな探検

08/08/21